第16話 黒魔術
様々な憶測やうわさが飛び交い、教室の中に確実に真希に対する不穏な空気が漂い始めていた。それはまだはっきりと形になっているわけではなかったが、確実に濃くはなってきていた。
「まだ、偶然ていう線だって可能性としてはあるだろ」
真人が言う。
「まあ、そうだけどさ」
木田が答える。また教室に真希のいないお昼休み、真人たち三人は、他の生徒たち同様真希について語り合っていた。謎の転校生真希は、今やクラスの最大の感心ごとだった。
「でも、偶然にしてはすご過ぎないか?」
木田が真人に反論する。
「まあ・・」
確かにそうだった。
「しかし、あんな深夜に何で学校にいたんだろうな。そこが気になるな」
石村が呟く。
「確かにな」
真人も木田もそれには同意した。
「ほんとなんでそんな深夜に学校にいたんだろうな」
真人が呟くように言う。そんな深夜に学校に生徒がいることなど、通常なら絶対にあり得ないことだった。
「ああ・・」
木田と石村もまったく分からない。そもそも真希という存在が謎なだけに、増々分からなくなる。
「謎だな」
「ああ」
考えてもまったく分からない話だった。
「なんか黒魔術説まで出てるらしいぜ」
石村が言った。
「黒魔術?」
真人と木田が石村を見る。
「ああ」
「あの呪いとか悪魔とかの?」
真人が訊く。
「そう」
「それを神居がやっていたと」
「そう」
「魔女か」
木田がツッコむ。
「でも、そう考えると話の辻褄が合わねぇか」
石村が言った。
「確かに・・」
木田と真人が呟くように答える。
「・・・」
三人は黙った。
「成績がいいのも魔術なのか」
真人が冗談めかして言った。
「案外そうなのかもしれないぜ」
石村は真顔で言う。
「・・・」
そこで何とも言えない沈黙が流れた。
昼休みも終わり、それぞれがそれぞれの席に着く。気づけば真希もいつの間にか自分の席に戻って来ていた。真人は机に座る真希を、さりげなく見る。
「まさかな」
真人は呟いた。
人のうわさも七十五日。しかも、若者にとって、日々の話題など次々と新たに湧き上がって来る。一時期話題になった真希の噂もいつしか、下火になっていた。
だが、そんな時だった。
「おいっ、昨日すごかったな」
木田が今日は先に来て席に座っていた真人の肩を叩く。
「何がだよ」
真人がいぶかし気にそんな木田を見上げる。
「何がって、お前まさか知らないんじゃないだろうな」
木田が驚く。
「だから何がだよ」
「駅前の丸井デパートの火事だよ」
「はっ?」
真人が驚いた顔で木田の顔を見つめる。
「はっ?」
その反応に、木田の方が驚く。
「マジで知らなかったのかよ」
「マジで知らなかった・・」
真人は我ながら唖然とする。
「お前は何かそういう病気なのか?新聞にもデカデカと出てただろう。全国区でテレビでもやってたぞ。親だって気づくだろ。うちなんか昨日から母ちゃんが大騒ぎだったんだぞ」
「・・・」
真人は本当に知らなかった。真人のうちは家系なのか、母親も父親も妹も、誰もが真人と同じくまったく火事のことに気づいていなかった。朝も普通に、いつも通りののほほんとした朝の風景だった。多分、それぞれ、学校や職場で今の真人と同じ顔をしているに違いない。
「すげぇ火事だったんだぞ。俺も昨日遅れて見に行ったけど、まだ燃えてて、消防車とか救急車とかパトカーとかで駅前はごった返してて、野次馬の数も半端なくてさ。消防車とかパトカーとか救急車とかも滅茶苦茶来てて、もうすごかったんだ」
「そんなにすごかったのか?」
「ああ、ほぼ全焼。かなりの死傷者が出たって噂だ。まだ、どのくらいの犠牲者が出たかも分からないくらいだ。とりあえず新聞には二十人死亡とか出てたけど」
「二十人!」
真人が驚く。
「でも、まだ推定だぜ。テレビとか見てたら、まだまだ増えそうな感じの報道だったぜ」
「そうなのか・・」
そんな大惨事が、自分の地元で起こっていたのに、真人はいつも通り昨日普通に飯を食い、風呂に入りテレビを見て、適当に勉強して寝てしまった。真人は昨日のそんな自分にがっかりした。
「まさか、またうちの学校の生徒が犠牲になったとか」
その時、ふと真人が気づいて木田を見る。
「・・・」
そこで木田は黙った。
「いるのか?」
そんな木田の顔を覗き込む。
「まだはっきりとはしていないけど、そんな噂があるみたいなんだ」
「マジか」
「ああ、うちの生徒で昨日から帰らない生徒がいるらしい」
「マジかよ」
「ありうるぞ。普通の平日の夕方の出火だからな。うちの生徒がいてもおかしくないぞ。うちの生徒がよく帰りに寄ったりしてるからな」
「・・・」
真人もたまに時間がある時は寄ったりしていた。確かにありうる話だった。丸井デパートには本屋があり、真人は時間が空くとよくそこに寄った。その時、制服を着た学生など見かけるのは珍しくなかった。むしろいない方が不自然だった。
「またか・・」
自然とそんな言葉が真人の口をついた。このところの事件の連続に、真人は心底不気味なものを感じた。
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