第13話 帰り道

 クラス内が、真希のことでぎくしゃくし始めていても、やはり、学校生活はいつも通り淡々と過ぎていく。思春期の学生には真希意外に考えなければならないことは山のようにあった。期末テスト、クラスでの自分の立ち位置、進路、異性、それは小規模な世界での話であっても、高校生にとっては、それは今目の前にある絶対的な現実の世界だった。

 しかし、やはり、真希という突然現れた異質な存在は、みんなどこか意識の片隅に引っかかり続けていた。

「やっぱ、お前マジで真希ちゃんと話した方がいいんじゃねぇのか」

 いつものように授業と授業の合間の休み時間、前の席の石村が後ろの席を振り返り真人に言った。

「なんで俺なんだよ」

 真人が不満げに言う。

「学級委員だから?」

「言ってることがあいつらと一緒だぞ」

 真人は麻美たちを見る。今日も、休み時間、何を話しているのか、麻美の席を取り囲むように麻美グループのメンバーは集まり、何が面白いのかやたらとテンション高くバカ笑いしている。

「でも、なあ・・」

 石村は顔を曇らせる。

「やっぱ心配だろ」

「・・・」

 真人の中にも、真希に対して引っかかるものがないとはいえなかった。やはり、どこか同級生として気にはなっていた。いや、それ以上に何か、別の興味があった。あの不思議な彼女の醸し出す異質な雰囲気。その正体を知りたいという欲求が、どこか真人の中にくすぶっていた。

 当の真希は机に突っ伏し寝ていた。最近は、本を読むのではなく休み時間には寝ていることが多かった。

「・・・」

 真人はそんな真希を見る。

「なっ、気になるだろ」

「そういうわけじゃねぇけど・・」

 真人は自分に言い聞かせるように言った。決して、これは、石村たちが言うような、異性に対しての興味じゃない。絶対に違う。真人は自分に言い聞かせるようにもう一度言った。


 その日の帰り道、真人が一人で歩いていると、ふと前方に真希がいるのが見えた。

「何やってんだ?」

 通学路の途中の、マンション脇の植え込み近くで、真希は一人何かを探している様子で歩道脇をうろうろしている。この日、真人は、放課後、各クラスの学級委員の集まりがあったため、石村や木田たちとは遅れて、一人で帰っていた。

「・・・」

 真人は悩んだが、思い切って真希に近づいて行った。ちょうど休み時間石村と真希の話になっていたし、真希のことが気になってもいた。真人自身真希がどんな人間か知りたい好奇心もあった。これはいい機会だと思った。

「何やってんの」

 真人が真希に声をかける。真希が少し驚いたように真人を見る。

「何か探しているのか?」

 真人は務めてやさしく話しかけた。

「何も」

 しかし、真希はぶっきらぼうにそれだけ答える。普段大人しい真希の強気な反応に少し真人は驚く。

「でも、なんか探しているみたいだったから」

「だから何もって言ってるでしょ」

 やはり、つっけんどんに真希は答える。イメージしていた真希のキャラとのギャップに真人も怯む。亜里沙の言っていたことは本当だったのだと、この時思った。

 その時、真人はふと自分は、ナンパな他の男子たちと同じに思われたのではないかと思って慌てた。

「ち、違うからな」

「何が?」

 真希はまた真人を見る。

「俺はその、ただ、その・・」

 真希は、そんな一人慌てる真人をマジマジと見つめる。

「うっ」

 真希の顔を間近であらためて見ると、やっぱり、とてつもなくかわいい。その大きな形のいい瞳が今、真人を見つめている。真人はさらに怯む。他の男子たちが騒ぐのも分かる気がした。

「違うからな、別にそのナンパとかそういう・・」

 しかし、本当にそうか?と、自問している自分もいた。

「そんなこと思ってないわよ」

「えっ、そうなの」

 真人は拍子抜けした。

「で、何なのよ」

「いや、だから・・」

 真希が真人を鋭く見つめる。しかし、やはりその顔はかわいかった。

「何探してんのかなぁって思って・・」

 真人の声は小さくなる。

「別に」

 真希はやはり、つっけんどんに答える。真人は、声をかけたことを後悔し始めた。

「そんなにつっけんどんにしなくてもいいだろ。俺はただ学級委員としてだな、お前が心配で・・」

 学級委員としてなどとまったく思っていなかったが、その場の勢いでつい真人は言ってしまった。

「余計なお世話だわ」

「なんだよ、それ。クラスでお前が孤立しているから、みんなも心配しててだな・・」

「余計なお世話だわ。ほっといて」

 しかし、まったく真希はにべもない。

「なんでそんなに喧嘩腰なんだよ」

 あまりの態度に真人もキレ始める。

「もっと平和的に話しできないのかよ」

「してるわ」

「してないだろ」

 もう、全然話にならなかった。


「おいっ、どうしたんだよ」

 次の日の朝、いつものように前の席に座る石村が振り向き、いつものように話しかける。が、なんか真人の機嫌が悪い。

「もう、俺は知らないからな」

「なんだよ。何の話だよ。何に怒ってんだよ」

 真人の剣幕に石村が驚く。どこか天然でおおらかな真人が、ここまで怒るのは珍しい。

「俺はもうあいつのことは知らないからな。あいつがどうなろうと俺の知ったこっちゃない」

「だからなんで怒ってんだよ。あいつって誰だよ」

「あんな奴知らねぇからな。俺の前であいつの話は一切するな」

「だからあいつって誰だよ」

 真人の興奮する姿に、石村は戸惑うばかりだった。

「どうしたんだよ」

 そこに木田が来た。

「いや、俺もよく分かんねぇんだけど、なんかめっちゃ怒ってんだよ」

 石村が木田を見る。

「俺はほんと知らねぇからな」

 真人は一人怒り続けていた。

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