第11話 不穏な空気

「我々はぁ~、国をぉ~、愛するぅ~、者でぇ~、あります」

 駅前で大きな拡声器をもって、がなっている男たちがいた。

「我々はぁ~、非常にぃ~、この国の行く末を憂いてぇ~、おります」

 男は大きな日の丸の鉢巻きを額に巻き、上下真っ黒な特攻服のような服を着ている。そこには、愛国とか、皇国とか、なんだか難しい読めない漢字が刺繍され並んでいた。

「やばいよな、ああいうの」

 石村が、真人に耳打ちする。

「ああ」

 真人もうなずく。

「なんだよ。愛国ってさ」

 木田が声をひそめて言う。

「いつの時代だよ。なあ?」

 石村が、真人と木田を見る。

「ああ」

 二人も眉をしかめ、うなずいた。周囲を通り過ぎていく、通勤途中のサラリーマンや通学中の子どもたちも、みな、目を合わせないように足早に通り過ぎてゆく。

「・・・」

 しかし、真人は、最近彼らのような人たちを見かける機会が多くなったような気がした。先週の日曜日も街中で、彼らのような人たちを見た。真人は一人、そのことを考え首を傾げた。


 チッ

 どこからともなく舌打ちが聞こえた。

「何なのあいつ」

「見下してんのよ。あたしたちを」

「頭いいからね」

 聞こえよがしにクラスの女子たちから、そんな会話が聞こえる。それは麻美たちのグループだった。麻美たちグループの真希を見つめる視線が鋭くなっていた。しかし、聞こえているのかいないのか、真希はまったく動じることもなく、マイペースに今日も一人静かに、休み時間、自分の机で本を読み続ける。

「ちっ」

 グループの中心にいる麻美はその様子を見て、さらに露骨に憎々しげな表情を浮かべた。そういう態度を、麻美たちは隠さなくなっていた。真希の落ち着いた態度は、さらに麻美たちを苛立たせていた。

  

「ちょっと、あんた何とかしなさいよ」

 昼休み、麻美たちが真人の席の前まで来て真人を囲む。

「何がだよ」

 真人が呑気に顔をあげる。

「あの転校生よ」

 麻美が真希の席を見て顎をしゃくる。真希は、昼休み、どこへ行ったのか、今日もいつものように教室からいなくなっていた。

「なんで俺なんだよ」

「あんた学級委員でしょ」

 麻美が仁王立ちで真人見下ろす。

「関係ねぇだろ。そこは」

 真人が言い返す。

「じゃあ、このまま放置なわけ?」

 しかし、麻美は挑み掛かるようにさらに強く言う。

「そう言われたって、俺にどうしろって言うんだよ」

「あの態度はないでしょ。あたしたちがやさしく話しかけてんのに無視すんのよ」

 麻美の取り巻きの一人、加奈が麻美の横から口を出す。

「まあ、打ち解けるのに時間が掛かる子だっているだろ」

「なに悠長なこと言ってんのよ。もう一か月以上経ってんのよ」

 そこに同じく取り巻きの美絵も強い口調で真人に食って掛かる。

「そうよそうよ。今すぐ何とかしなさいよ」

 そこにさらに他の取り巻きたちが、畳みかけるように加勢する。

「勝手なこと言うな」

 さすがに真人も怒る。

「そうだぞ。お前らだって、もう少しやさしくしてやれよ。そうすれば真希ちゃんだって、みんなと打ち解けられるかもしれないだろ」

 そこに真人の前の席の石村が振り向いて、真人に加勢した。

「男子はあの子にやさし過ぎるわ」

 加奈が言う。

「そうよそうよ」

 それに麻美たちグループ全員が同意して声を合わせる。

「美人だからって、おかしいわ」

「そうよそうよ」

 麻美の取り巻きの一人菜穂子が言うと、麻美の取り巻きたちは、口々にさらなる大合唱をする。

「そうじゃねぇだろ。もっと時間をかけてやさしくしてやれば打ち解けてくるかもしれないだろ」

 石村は言い返す。

「ほんと男子はだめねぇ」

「そうそう」

 しかし、麻美たちは、石村の言うことなどまったく聞く耳を持たず、連合軍で言い返して来る。

「あのなぁ」

 石村もこれには、言葉を失う。

「お前らいい加減にしろよ」

 そこに木田も来た。

「何よ。男子はみんなあいつの味方なわけ」

 菜穂子がいきり立つ。

「そういうわけじゃねぇよ」

「ほんと男子は、ダメねぇ」

 加奈が言う。

「そうそう」

 女子軍団全員が同意する。

「だから違うって言ってるだろ」

「違わないわよ」

「そうそう、美人に甘いのよ」

「ほんと最低だわ」

 しかし、一言言い返すと、数に勝る女子軍団からは、わあわあとその十倍返しで返って来る。真人たちは、多勢に無勢で終始劣勢、言い返す隙まで失う。

「ほんと男子はだめねぇ」

「ほんとほんと」

「お前らなぁ」

 もう、女子軍団の勢いに真人たち三人は、言い返す気力まで失っていく。

 結局、その後、さんざん騒ぐだけ騒ぎ、言いたいことだけ言って、麻美たちは去って行った。

「まったく」

 木田が大きなため息をつく。

「すげえなあいつら」

 辟易とした表情で、石村もため息をつく。

「ああ、たまんねぇよ」

 真人も辟易した顔で答える。

「あいつらが年取っておばさんになったら、どんななるんだろうな」

 木田が呟くように言う。

「あれよりパワーアップすんだぜ」

 石田が言った。

「わあ、想像するだけでやだな」

 木田が言うと、三人は同時に思いっきり顔をしかめ、崩れ落ちるようにうなだれた。

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