第8話 亜里沙の話
「真人くん」
放課後、学級委員の仕事と、先生に言われたちょっとした所用で一人教室に残っていた真人は、突然背後から声をかけられた。
「どうしたの」
それは副学級委員長の亜里沙だった。亜里沙とは、同じ学級委員で、しゃべる機会は他の女子よりも多いのだが、しかし、亜里沙はいわゆるお嬢様で、家も金持ち、身だしなみもいつもきちんとしていて、品があり、容姿もきれいで、平凡なサラリーマン家庭の真人はどこか別世界の人間のような気がして、どこか気おくれしていた。だから、真人はあらためて面と向かうとどこか緊張した。
「あの・・」
自分から話しかけておいて亜里沙は言いにくそうに口ごもる。
「うん、どうしたの」
真人は何だろうとそんな亜里沙を見る。あらたまって亜里沙が真人に話しをするんなんて今までになかったことだった。
「あの・・」
「うん」
「あのね」
「うん」
なかなか亜里沙は話を切り出さない。
「なんか、あの真希ちゃんのことなんだけど・・」
やっと要件を言ったと思ったら、亜理紗はそこでためらうようにして黙る。
「神居がどうしたの」
仕方なく、真人が訊く。
「私がこの前、真希ちゃんと一緒の放課後当番になった時にね」
「うん」
放課後当番は、二人一組で順番に回って来るその日の授業の片付けなどをする当番だった。主には、黒板の掃除と、黒板消しの掃除というかんたんなものだった。
「どこに住んでるのって、訊いたの」
「うん」
「もし、方向が一緒なら、一緒に帰れるかなって思って、ほら、真希ちゃんてなんとなくクラスで孤立しているでしょ」
「うん」
亜里沙の言わんとしていることは、詳しく説明しなくても真人にも分かった。
「でも、そしたら」
「うん」
「突然怒り出して」
「えっ、神居が?」
「うん、あなたに関係ないでしょって、すごく強い口調で言うの」
「・・・」
「私、すごくびっくりして」
「そうだったのか・・」
初めて知る真希の一面だった。あの大人しい真希にそんな側面があるとは真人は驚いた。
「それに・・」
また言いにくそうに亜里沙が続ける。
「どうしたの」
「うん、これは私の個人的な印象というか、気のせいかもしれないんだけど・・」
「うん・・」
「なんだか、気味が悪いって言うか・・」
「えっ」
「あの、誤解しないでね、悪口で言ってるんじゃないの。ただ・・」
「ただ?」
「彼女の目が・・」
「目?」
「うん、なんだか、彼女に見つめられると、心を見透かされているみたいな気がするの」
「えっ」
「なんだか、真希ちゃんの目を見ていると、なんか・・、怖くて・・」
「・・・」
「あっ、ごめんなさい。変なこと言っちゃって」
「いや・・」
「やっぱり、おかしいのは私よね。そんなことあるはずないよね。何言ってるんだろう私」
取り繕うように笑うと、亜里沙は照れたようにうつむいた。
「ごめんなさい。こんなこと、でも、すごく気になって、他に相談できる人もいなくて。先生に言うのもなんか変でしょ」
上目遣いに亜里沙が真人を見る。
「うん、いや、大丈夫だよ・・」
真人は女の子にそんな風に上目遣いで見られたことがなかったので、話しと関係なくどぎまぎしてしまった。
「ほんとごめんね、私どうかしてるわ」
「いや・・」
突拍子もない話で少し驚いたが、なぜか真人は亜里沙のその話しが気になった。真人が感じている真希のあの独特な落ち着きも、もしかしたら、そう感じているのは自分だけではないのかもしれない。そう思った。
「・・・」
その日、亜里沙に言われたことを考えながら、いつものように駅へと真人は一人歩いていた。
「あっ」
駅前の信号を待っている時だった。ふと道路の向こう側を見た時だった。そこにちょうど当の真希が歩いているのが見えた。
「・・・」
真希は、駅裏の方へと歩いてゆく。駅裏は飲み屋の林立する歓楽街だった。
「なんでそんな方に行くんだ?」
真人は疑問に思った。しかし、気になりながらも、信号が変わると、電車の時間があったので、真人はそのまま駅へと入って行った。
次の日の朝ホームルームの始まる前のざわついた教室で、真人が自分の席から振り返り真希を見る。真希は相変わらずいつもの真希だった。何ら動じることもなく一人静かに自分の席で本を読んでいた。
「やっぱ、かわいいよな。真希ちゃん」
すると、石村がそんな真人を目ざとく見つけ、真人の肩に手を回して一緒に真希を見る。
「ち、ちげぇよ」
真人はつい見つめてしまっていた自分に気づき慌てる。
「慌てんな、慌てんな、分かってる分かってる」
石村が一人頷きながら、真人の肩を叩く。
「だから」
「大丈夫大丈夫。みんな気持ちは同じだ」
そこに木田も加わって来た。
「あのなぁ」
「分かってる分かってる」
しかし二人は全然真人の話を聞いていない。
「あのなぁ、ちげぇんだよ」
しかし、真人は、昨日の亜里沙の話しをこの二人にする気は起らなかった。話してもなんとなく伝わらないのではないかと真人は思った。だから、昨日のことは二人には黙っていることにした。
「席つけぇ」
そこへ始業のベルが鳴り、それと同時に時間に几帳面な数学の平畑が現れた。生徒たちは自分の席へと慌てて戻っていった。そしてすぐに授業がいつも通り始まった。
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