第7話 写生大会

「どこにする?」

 木田が二人を見る。いつもの三人は校舎から離れ校庭の端の方をうろうろしていた。今日は写生大会で、生徒がそれぞれ、校内の好きな場所に散らばり絵を描くことになっていた。

「この辺でいいんじゃねぇか」

 真人が校庭の端を見て、適当なことを言う。

「俺は真希ちゃんの見えるとこ」

 石村は自分勝手なことを言っている。

「お前はなぁ」

 真人が呆れる。

「おっ、ここがいいんじゃねぇか」

 木田が言った。そこは校庭の端に並んで立つ木々の下だった。

「おお、いいんじゃねぇ」

 真人も同意する。ちょうど、木陰になって日も避けられる。

「真希ちゃんがいないだろ」

 しかし、石村一人が不満を言っている。が、残りの二人は石村を無視してもう座り込んでいた。

「お前校舎描くのかよ」

 校舎の方を見て、何やら描き始める真人を見て木田が驚く。

「ああ」

 真人が不思議そうにそんな木田を見て答える。

「滅茶苦茶、ややこしいだろ。窓とかいっぱいあるし」

 木田が信じられんといった表情で言う。

「いいんだよ。俺は校舎が描きたいんだ」

「変わってるねぇ」

 そう言いながら、木田が今度は反対の石村を見る。すると、石村はどこか遠くを見つめながら、何や探している。

「お前まだ真希ちゃん探してんのかよ」

 木田が呆れる。

「ああ、真希ちゃんどこにもいねぇんだよ。どこ行ったんだろ」

「お前はほんと病気だな」

 同じ真希ファンの木田も呆れる。

「しかし、真希ちゃんてほんとどんな子なんだろうな」

 石村が呟くように言う。

「もう一か月だっけ、真希ちゃんが来てから」

 木田が言う。

「ああ、そうだな」

 真人が答える。早いもので真希が転校して来てから、もう一か月が経とうとしていた。真希は相変わらず一人だった。友だちを作ろうとせず、教室の中でいつも一人でいた。

「謎だよな」

 石村。

「謎だな」

 木田。

「天才的頭脳の美人転校生、何も語らずいつも一人、か」

 木田が呟くように言う。

「でも、その謎なとこがまたいいんだよな。美人で頭よくて、そして、神秘のベールに包まれたセーラー服美少女」

 石村がうっとりとした表情で言う。

「そこがたまらんのよ。なんか魅かれちまうよ。あの何とも少し陰りのある感じ」

 もうたまらんといった仕草で石村が一人おどけて言う。

「でも、ほんと真希ちゃんいつも一人だよな」

 木田が言った。

「いや、でも、ほんとは、誰かすてきな彼氏を求めているんだよ」

 石村が反論するように急に真面目な顔で言った。

「でも、心はやさしい。だから、男を顔で選ばないんだ。だから俺を選ぶ」

「理屈が無茶苦茶だぞ」

 真人がツッコむ。

「お前の妄想はもうそこまで行ったか」 

 木田も笑いながらツッコむ。

「そう、俺の妄想の中ではもうすぐ真希ちゃんと結婚だから」

「はははっ」 

 そこで、木田と真人の二人は大爆笑した。しかし、真希に惹かれているのは石村一人ではなかった。真希の人気と熱狂は一か月経っても衰えることはなかった。むしろ、逆にいつも一人でいるその静かで謎な部分と、期末試験で全教科学年一位を取ったという頭のよさが、さらなる生徒たちの興味を引いていた。

「真希ちゃんは本当はやさしくて明るい子なんだよ。きっと何か事情があるに違いない」

 石村が断言するように言った、

「なんだよ。事情って」

 真人が訊く。

「多分だな」

「多分?」

「多分彼女は俺のことが好きなんだ。それで恥ずかしくてだな」

「真剣に訊いた俺がバカだったよ」

 真人が呆れる。

「お前、なんかの漫画の読み過ぎじゃねぇのか」

 木田が笑いながらさらにツッコむ。

「お前、漫画家か小説家になれるよ」

 真人が言った。

「半分本気だけどな」

 石村が笑いながら言う。

「じゃあ、病気だな」

 真人が言うと、三人はまた大爆笑した。

「おいっ、ふざけてないでマジメに描けよ」

 そこに、突然鋭い声がして三人はその方を見た。美術の多田だった。見回りで回っているのだろう。いつの間にか三人の近くにやって来ていた。

「一応授業なんだからな」

 さらに多田がきつめに言う。

「は~い」

 だが、それに対し、石村がバカにしたように返事をした。多田がそれにすぐに反応し、眉をしかめ、目が鋭くなる。

「あっ、すみません」

 それをすぐに察した真人が機先を制して先にあやまる。

「ちゃんと描きます。ちょっとふざけていただけです」 

 真人は反抗なんてしませんと言った目で多田を見た。

「ちゃんと描けよ」

 多田は、しょうがねぇなと言った感じで、仕方なくそれだけ言って去って行った。

「さすが、優等生、学級委員長」

 多田が去っていくと石村が、真人を見ておどけて言う。

「いや、お前、いくら何でも、あの態度はまずいだろ」

 真人が真剣な顔で石村を見返す。

「お前知らないのか」

 すると、石村が真人を怪訝な顔で逆に見返す。

「何を?」

「ほんとお前はそういうとこだめだな」

 木田も真人を見る。

「だから何だよ」

 木田にまで言われ、真人は驚く。

「あいつ、いろいろ噂があるんだぜ」

 石村が言った。

「どんなだよ」

「女生徒に手を出したとかなんとか」

「なんだよそれ」

 真人は驚く。初めて聞く話だった。

「お前マジで知らないのか」

 石村がまじまじと真人の顔を見る。

「ああ」

 真人は真顔で答える。

「滅茶苦茶有名な話しだぞ」

「だからなんだよ」

「あいつの車に、三年の女生徒が乗ってたって」

「マジか」

「ああ」

「それで、なんかいろいろあったみたいだぜ」

「いろいろってなんだよ」

「それは詳しくは知らねぇけど、でも、前の学校でもあいつなんか女がらみで問題起こしてたらしい」

「マジか」

「ああ、それでこの学校に転任になったって」

「多田がいた前の学校に通っていた子の親の親戚がこの学校に通う生徒の親で、そこから、いろいろ情報が流れて来ているらしい」

 木田が言った。

「お前たち詳しいな」

 真人が感心する。

「みんな知ってるよこんぐらい。お前が疎いんだよ」

 木田がツッコむ。

「そうか」

 そこは素直な真人だった。

「あいつがねぇ・・」

 真人が呟く。一見すると、多田はちょっと変わった感じではあるが、そんなことはしなさそうな感じの男であった。小柄でしゃれっ気はなく、頭はいつもぼさぼさで、しかし、顔のつくり自体は悪くない。体育教師のように暴力的な言動もなく、どこか人好きのするキャラではあった。

「あいつがねぇ・・」

 真人はもう一度呟いた。

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