もしもし、次の電話は "は" でお願いします

ちびまるフォイ

お前のせいでみんなが迷惑している

ブースには電話と、壁にはられた連絡先がある。

ここでの仕事は単純だ。


リストにかかれている連絡先に電話する。


「もしもし。No13ですか」


『ああそうだ』


「連絡網を伝えます。"は"」


『了解』


電話を切ると、リストにある連絡先を黒く塗りつぶす。

これだけだ。


俺の仕事は連絡を受けて、それを次の人にリレーする。

100人ほどの連絡先に同じ内容を伝えると俺の作業は終了。


しばらくすると、ブースのドアから鍵の外れる音がなる。


『最終地点まで連絡網が到着しました。ありがとうございました』


「終わった終わった。今日も楽だったな」


仕事らしい仕事といえば電話をかけているくらいだが、

電話をかけている時間よりも待っているときのほうが長いので楽だ。


翌日、同じようにブースに入る。


昨日と同じ連絡先に対して、昨日とは異なる内容を連絡する。


「もしもし。No1ですか」


『うん』


「今回の連絡は"つ"です」


『さ、ね。おっけー』


同じ内容をリストに書かれている100人に伝える。

自分の作業は終了。あとは鍵があくのを待つばかり。


居眠りしたりしながら時間をつぶしていた。




「……遅いな」


待てど暮せどドアは閉められたままだった。

普段ならとっくに解放されている時間なのに。


「まさか、俺がリストを飛ばしちゃったかな?」


連絡網は全員の連絡が揃わなければ出ることはできない。

流れ作業でやっていたので誰かに電話をかけ忘れていたかもしれない。


ふたたび上から順番に電話をかけて同じ手順を繰り返す。


「もしもし。No1ですか。今回の連絡は"し"です」


『知ってるよ。なんでまた電話してるんだ』


「いつまで経ってもドアが開かないから……」


『同じことを考えていた。お前ちゃんと全員に電話かけたんだろうな』


「当たり前だろ! 電話をかけたところからリストは塗りつぶしている。

 連絡し忘れなんてないけどそれでも念のため確認してるんじゃないか!

 そっちこそ、ちゃんと電話したんだろうな!」


『当然だ!』


「じゃあなんでいつまで経っても出られないんだよ」


『どっかのバカが連絡し忘れていて、そのことにも気づいてないんだろ』


「ふざけやがって。いい迷惑だ」


『そのバカが自分のミスに気づいてくれるまで待つしか無い』


「もうずいぶんと待ってるわ!」


早く解放されたいもどかしさもあいまってイライラしはじめた。

どこで止まっているかがわかれば「あなたのところで連絡網が止まっているよ」とわかるのに。


「そうだ。ひらめいたぞ。No1、お前はリストすべてに電話したんだよな?」


『しつこいな。そう言っているだろ』


「それはお前の連絡先の奴らもそうなのか」


『それは……聞いていないけど』


「じゃあ何人に電話したのか確認してくれ。

 そして電話が終わったら、もう一度この番号に電話をかけて結果を教えてくれ」


『いったい何がしたいんだ』


「どこで電話が止まっているかを見つけてやる」


今までは電話をかける側だったが、今度は電話を受ける側になった。


同じ内容を自分が電話をかける候補者全員にも伝えて、

連絡が終わったなら自分に一報をよこすようにした。


それで気づいたのは、どいつもリストで連絡する相手は同じ人数だということ。

人によって多い少ないはない。


自分が連絡した100人それぞれが、次の100人に伝える。

そうして伝わっていくネットワークがどこで途切れているのか。


『もしもし、こちらNo13012。

 連絡が終わったならお前に電話するように言われたんだが』


「ああそうだ。で、何人に電話した?」


『99人だ』


「なんだって!? 100じゃないのか!? 1人かけてるじゃないか!」


『それが……ずっと電話してるのに返答がないんだ』


「そんなこと知るか。そいつが電話しないせいで連絡網が途中で止まってる。

 いつまで待ってもここから出られないんだよ」


『そんなこと知ってる。こっちだって早く解放されたいからずっと電話してたんだ』


「そいつの連絡先を教えてくれ。俺からも電話する。

 あんたは警戒されているかもしれないし」


『わかったよ』


電話を止めているやつの連絡先を控えると、すぐに電話をかけた。

しかし、コール音がなり続けるばかりで電話はとってもらえない。


「クソ! 電話を無視しやがって!!」


きっと電話を無視して連絡網を途切れさせることで、

まわりに迷惑をかける自分に酔っているにちがいない。なんて迷惑なやつだ。


「ふざけやがって……」


懲りずに電話をかけていると、受話器からふと耳を話したときにコール音が隣の部屋から聞こえるのがわかった。

電話をきれば隣の部屋の壁越しに聞こえてくる音も途絶える。


「まさか、この隣にいるのか!?」


電話の音が切れるタイミングも、聞こえ始めるタイミングも完全に同じ。

隣の部屋にいるのは間違いなかった。


「おいこら、No46! いるんだろ! お前のところで電話が途絶えてる! 早く電話しろ!」


壁越しに叫んでも返事はない。無視を決め込んでいるらしい。


「ああそうかよ。そっちがその気なら……!!」


ブースの壁を思い切り蹴ると穴が開いた。

頑丈な扉を壊すことはできなくても、ブース横の壁なら壊すことができる。


壁をぶちやぶって隣の部屋に出ると、うずくまったままの男がいた。

胸ぐらをつかんで立たせる。


「おい! てめぇのせいで部屋から出られないじゃないか!!」


「ダメだ……ダメなんだ……」


男はうわごとのように繰り返しつぶやくばかりで話が通じない。


「なにがダメなんだ! お前のせいでみんなが迷惑してるんだぞ!」


「ダメなんだ……連絡をしたら……」


「ああもう! どけ! 俺が電話する!」


男をおしのけて自分が代わりに連絡をする。

伝えるべき内容も部屋に用意されていた。


「もしもし、No9か」


『あれ? いつもと声がちがうな。それにずいぶん電話が遅かったじゃないか』


「いつものやつがどうしても連絡しようとしないんだ。

 みんな迷惑しているから、代わりに俺が電話をかけてるんだ」


『それでずっと出られなかったんだな』


「迷惑なやつだよ。ああ、それと伝える内容は"や"だ」


『わかった。その単語で伝えておく』


その後も100人の連絡先に同じ内容を伝えきった。

男は電話を邪魔してくるので黙らせた。


「これでよし。全員に電話かけ終わったから、あとは鍵が開くのを待つだけだ」


しばらく待っていると最終地点まで連絡が行き渡ったようで、

ドアからがちゃんと鍵の開く音が聞こえた。


「ああ、これでやっと自由になれる。まったく、迷惑なやつだったな」


久しぶりの外に出ると、一面の青空が広がっていた。

その青空からなにやら見慣れないロケットがこちらに向かっているのが見えた。




『たった今、核ミサイルの発射指示が出されました!』


男が連絡網を止めていた理由を知る頃にはすべてが消えていた。

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