四十七夜目の夕〈二週目〉
そして試刀寺璃瑠華は目覚める。
其処は見慣れた天井、もとい、自室ではなかった。
壊れた建物の中、敷かれた衣服の上で眠っていた試刀寺璃瑠華は体を起こす。
「痛ッ……夢、?……違う、あれは……針生」
その夢の内容を、試刀寺璃瑠華は思い出す。
三十七夜目の時。試刀寺璃瑠華と伏間昼隠居は殺された。
狂気に笑う、十剣騎衆である針生狐々の手によって、だ。
あの時、完全に油断していたのだろう。
『炎命炉刃金』を使役した針生狐々による行動制限によって肉体に多大な針を受けた試刀寺璃瑠華。
針が致命傷を与えて、意識が途絶えそうになっていた彼女は、最後に伏間昼隠居に口づけをする針生狐々の姿を見たのだ。
「……とにかく、取り返しに行かないと、昼隠居、を」
体を起こそうとして。
「―――璃瑠華さまぁ」
そんな、懐かしい声を耳にした。
まさか、そんな、ありえない、彼女は、自らの手で殺した筈。
ハッ、となって声のする方に顔を向ける。
黒い髪に目尻に泣き黒子の少女が其処に居る。
「……なんで、生きてんの?キミ」
彼女の名前を、旭日君夜の名前を口にする試刀寺璃瑠華。
その言葉に、旭日君夜は口を開けて絶句していた。
「……まさか、記憶が戻ったんですねぇ……」
「記憶って……どういう意味?」
試刀寺璃瑠華が立ち上がろうとして、バランスを崩す。
体が何処かおかしくて、違和感を感じていた。
彼女は自らの体を確認して……。
「右足、なくなってんじゃん」
自らの足が欠損しているのを確認した。
「……最近の事も、分からなくなったんですねぇ、璃瑠華さま。……今は、四十七夜目です」
それが意味するのは、針生狐々が奇襲を仕掛けて、十日後……と言うワケじゃないらしい。
「試刀寺家は現在、璃瑠華さまと一刀谷さまの二つの派閥に分かれています。今回の一刀谷さまは、璃瑠華さまを含める派閥、全てを葬る算段でして……混乱されるかも知れませんが、璃瑠華さま」
旭日君夜は溜めて、そして告げる。
「璃瑠華さまは二週目なんだと、思われます」
「意味、分かんないんだけど……なんで、キミは、生きてるの?」
「百物語が、最初からになったんですよぅ……君夜は、前回の記憶を引き継いでます、……あの時の言葉を信じて、君夜は、璃瑠華さまの側に付いているんですよ」
百物語が最初から始まった。
それを聞いて、彼女は伏間昼隠居を思い出す。
「……昼隠居は?」
「………残念ですが、今回は、璃瑠華さまと邂逅なされず、傍には居ません……」
「そんな………なんで……なんでッ!」
苛立ち、焦り、そして、試刀寺璃瑠華は涙を溢す。
己が望んだ愛しい人と出会った事にはならなかった。
それが、現在の物語。
「……行かないと、昼隠居、に……逢わないと」
「……駄目です。璃瑠華さま」
「なんで?……キミ、あんたが欲しいものは、私が全部あげる、けど……昼隠居だけは駄目……邪魔をするなら」
彼女を切ると、近くに置かれた石の破片を掴んだ所で。
「もう既に、他の女性が伏間さまの傍に居ます……最早、手遅れなんですよぅ」
悲しそうに、旭日君夜が告げる。
彼女は立ち上がり、そしてバランスを崩して、床に転がる。
刀を握り締めたまま、前へ、伏間昼隠居の元へ向かおうとする。
「いや……いやッ、そんなのッ!なんで、なんでそんなッ、私、私が、居るのにッ!他の女に渡したくない、昼隠居は、私の、私の懐刀、なのにッ!!」
「……璃瑠華さま」
泣きながら動く姿は見ているだけで心苦しい。
「……どちらにせよ。一刀谷さまを斃さねば……伏間さまの元へは向かえません……」
「………なら、ならさ……倒すよ。義了も、十剣騎衆も、試刀寺家も……元から、そうするつもりだったんだ」
憎しみの矛先が、試刀寺家に向けられる。
彼女は顔を上げて、旭日君夜の顔を見る。
その眼は、試刀寺家に対する憎しみによって生まれた菱形の眼となっていた。
髄宝術具『賽眼』が、開眼していた。
「終わらせてあげる……キミ、連れて行って……倒すから、全員、私の邪魔をする奴、全部」
旭日君夜は、哀しみを背負う試刀寺璃瑠華を痛ましく思い……。
そしてその命令を順守する為に体が動く。
「待っててよ、昼隠居。すぐに、終わらせて、行くから……」
もう既に、彼は彼女のものではない。
けれど、その事実を受け入れたくないが為に、半ば狂乱気味に、試刀寺璃瑠華は突き進む。
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