最終話・〈不感懐刀〉
「お疲れ、ふくろう」
血だらけの伏間に、試刀寺璃瑠華はそう労いの言葉を掛けて、彼の体を強く抱き締めた。
「お嬢……いや……」
血が付着している伏間を抱けば、自らの体も血に汚れてしまう。
そう口に出そうとしたが、伏間はそれを最後まで言う事は無かった。
この血は、彼女の元懐刀である一刀谷義了によるものだ。
処刑する事にはなったが、少なからず一刀谷義了に対する感情もあるだろう。
だから、汚いや、汚れる、なんて言葉は、彼女の前で使うのは止めた。
「……」
錆月季咲良は、人知れず涙を流していた。
声を出す事もなく、粛々と、その死を受け入れて、泣いている。
親しい間柄であったのか、仲良くしていたのか、それは分からない。
踏み込んではならない領域と言うものもある。
「……璃瑠華」
ふと、伏間は彼女の名前を呼んだ。
唐突な名前に、試刀寺璃瑠華は驚いて目を開いていたが、すぐに目を細めて口を横に引いて笑う。
「どしたん、フクロウ」
「これから先は、俺がお嬢を守ります」
「え?なに、急に、そんな当たり前な事、言って来て」
茶化す様に、試刀寺璃瑠華が言う。
それでも、伏間は真剣な表情を浮かべて続ける。
「……俺の生きる意味、俺の人生は、お嬢が居てくれたから、ここにある……当たり前だからこそ、忘れてしまいそうな事もあるんだ。……試刀寺家が無くなっても、お嬢だけが、一人だけで、味方が居なくなっても、俺だけがお嬢の側に居る」
それは契りの様に。
伏間は彼女の目を見て、そして言う。
「俺が最後の懐刀だ」
それは、生涯を共にする意味の様に。
試刀寺璃瑠華はごまかす様に、金色の髪を指先で巻きながら。
「やっぱ。当たり前な話じゃんか。あんたは私の懐刀。もうそれ以上もそれ以外も必要ない。あんたが終わりで、ここからが始まりだから」
試刀寺璃瑠華は離れて、彼女を待つ十剣騎衆と斬人衆の前に立つ。
そして振り向いて、試刀寺璃瑠華は伏間昼隠居に手を指し伸ばした、
「来てよ。私の懐刀。あんたが居てくれるのなら、私はもう、何もいらない」
伏間は彼女の元へ向かい、その手を強く握り締める。
決して離れる事のない掌の繋がり。
彼女が居なければ、死んでいたかもしれない伏間昼隠居。
彼が居なければ、早々に死んでいて……生涯不感であり続けただろう試刀寺璃瑠華。
共に足りないものを補う様に、あるいは差し出して、それを持って共有する様に。
二人は歩く。
ゆるりと風を楽しみながら……二支え逢う様に、未来へと向かって進み出した。
二日後、両者の死が確認された。
第二章『斬神切人』・完。
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