第2話・二十夜目の深〈駄々っ子〉



結局、到着したのは深夜の二時頃だった。

軽い倦怠感を帯びる伏間昼隠居は顔見知りの門番と軽く話をして病院に入る。

総合病院を統括する外部術師は現在休息しているらしく、朝頃に尋ねるのが宜しいと、術師関係者が言う為にそれに従う事にした。


総合病院には、術師の為に一人一部屋の病室が置かれている。

試刀寺璃瑠華の病室で、今日の活動は終了だと思うと、伏間昼隠居は安堵の息を零した。


暗い病院施設の廊下を歩く。

既に儀式都市内部の電力は死んでいて、施設内を徘徊する為に、懐中電灯が配布されていた。

伏間昼隠居が受け取ったのは、普通の懐中電灯よりも細いペンライトで、足元を照らしながら試刀寺璃瑠華の病室を目指し出す。

階段を登って、七番目の病室が、試刀寺璃瑠華の寝床だが。


「だーるい。おんぶしてよ、ふくろう」


駄々っ子の様に地面に座る試刀寺璃瑠華。

もう動けないと言いたげに、床に座っている様は誰が見てもみっともない。

伏間昼隠居は首筋に手を添えて擦る。風呂に入っていないからか、どうにも体が痒くて溜まらなかった。


「お嬢、俺もだるいんで、歩きましょうよ」


「はーやーく、ほら、女体の柔らかさ教えてあげるから」


両手を広げて、手を叩きながらお願いをする。

子供の様な仕草をして、口に咥えた棒キャンディーが左右に揺れていた。


「はぁ……仕方無いすねぇ」


伏間昼隠居は屈んで背中を向ける。

先に折れた彼の行動に試刀寺璃瑠華は体を前に倒して伏間昼隠居の背中に乗る。


「ッ(重た)」


「……は?なんか失礼な事考えた?」


棒キャンディを口から出して、一回り小さいキャンディを伏間昼隠居の頬に押し付ける。


「止めて下さいよ、俺がそんな、失礼な事を考える筈がない」


「昨日は珍しくさぁ、スイーツあったんだよねぇ、思わず食べ過ぎてさぁ」


「あぁ……道理で」


ぐりぐりと、頬に強くキャンディが圧してくる。


「道理ってなんだ道理ってー……やっぱ重たいって思ったわけー?ふくろう」


「あ、違ッ、卑怯ですよ、誘導尋問じゃないですか、法律で禁止ですよ」


「いいのいいの、ほら、私がさ。法だから」


「横暴な法じゃないですか、秩序は保たれませんよ」


頬にねちょりとした飴の粘液が残っている。

手の甲で拭いたくなったが、今はおんぶをしているから、取る事は出来ない。

頬の感触に苛まれながら、総合病院が用意した病室へと向かう。

現地の術師である試刀寺家と、協会から送られてきた窮號術師の常坂黄泉は協力体制を取っていた。


常坂黄泉率いる総合病院は、試刀寺家が支配する斬人衆によって救われた住民を保護する様になっていて、その代わり総合病院は、治療及び食事の配布を行う事で対等な関係を築いていた。


「つんつん」


後ろに乗る試刀寺が、伏間昼隠居の頭の天辺をヤスリで整えた長い爪で圧している。


「……何してるんですか?」


頭皮から伝わる刺激に苛まれながら伏間は聞く。


「んー?あぁ、ツボを圧してんの」


「ツボ……?あぁ、マッサージですか。なんのツボですか?」


疲労回復効果のあるツボか、それともストレス軽減のツボか。

どちらにしても、ツボを圧す以上は人体に良い効果を現すと思っていたが。


「ここね、圧すとハゲになるツボ」


「なに圧してんですか!!」


思い切り叫んで、伏間はおぶる試刀寺を離した。

尻餅を突く試刀寺は、痛そうにしていたが、自分がした事を考えれば妥当だろう。

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