第1話・十九夜目の夜〈わがまま〉
とても暑い日だ。
もうじき夜に差し掛かろうと言うのに、昼間と変わらない気象に伏間昼隠居は空を睨む。
持ち合わせのペットボトルの中身は既に三分の一ほど減っていて、これを飲み終われば、後は現地調達を行う他無いが、時間帯的に、飲み物を探すと言う行為は難しくなってきた。
夜は、怪異の時間だ。
大和市、山城市、和泉市を覆う様に展開された黒い膜の中は、住民を生贄に捧げられた儀式都市に過ぎない。
約23万人の人間が、怪異と呼ばれる悪鬼に食われるだけの、餌となっていた。
それを防ぐ為に、彼ら、術師と呼ばれる超常の力を扱う異能者が集っている。
「ねえ、ふくろう」
尤も、伏間昼隠居、及び、彼が護衛をする少女は、術師と言う名では無かったが。
彼の肩には、刀が背負われている。鞘の端と端を帯で結んで、肩に掛けていた。
刀身は三尺二寸。太刀に分類される刀は、試刀寺家が用意した特殊術具〈炎命炉刃金〉と呼ばれる異能を秘めた刀である。
「どうかしました?お嬢」
隣に居た筈の試刀寺家当主、試刀寺璃瑠華の姿を見失った伏間昼隠居は、辺りを見渡す。
自然を操る怪異が道路付近を移動していたのだろう。
コンクリートには苔が生えていて、建物には、巨大な樹木が蜷局を巻く蛇の様に張り付いている。
時折、割れたコンクリートの間からは、木の根が張り付いた骨皮の木乃伊となった人間が眠っていて、樹木は人の養分を吸収して成長しているのが分かった。
それだと言うのに、試刀寺璃瑠華は生えた木の上に乗って休息をしている。
怪異が作った樹木は大変危険なモノで、接触は厳禁だと、伏間昼隠居が口を開く。
「あむ……なんだか疲れたからさぁ……少し休んで行こうよ」
伏間昼隠居と同じ
その内の一つを取り出して、試刀寺璃瑠華は薄桜色の唇を開いてオレンジ色の飴を咥える。
ごろごろと、口の中を動かす試刀寺璃瑠華は、甘味に舌鼓をうっていた。
「あの、もうじき夜なんですけど……」
気怠い彼女を、心配する様な目で見つめる伏間昼隠居。
今は休んでいる場合ではない。あと数十分もしない内に、辺りは完全な夜に変わるのだ。
そうなってしまえば、基本大人しく粛々と活動を続けている怪異は大胆且つ豪気な性格へと変わり狂暴性を増していく。
だから、無駄な戦闘を避けるべく、夜になる前に到着していたかった。
「これ以上歩けないって言うかー……もう寝ない?」
首に巻いた城塞高校のネクタイを緩める。
これ以上の行動は難しいと、そう言っているかの様だった。
「ダメですって……頑張りましょうよ」
あと五キロ程歩けば、其処に総合病院があると言うのに。いつもこれだ。
既に一週間と数日の付き合いである伏間昼隠居でも、彼女の性格が段々と分かりつつあった。
とにかく、彼女は自堕落で常に暇である。
刺激に飢えているのか、常に危ない綱渡りをしだす。
それは身近な人間ですら巻き込んでしまうからたちが悪い。
「ぼう。「ぼう。「ぼう」
ずしずし、と。
大地を揺らす足音が聞こえた。
それが、怪異が訪れたのだと理解するのに秒も要らず。
試刀寺璃瑠華は面白そうに笑みを浮かべて、口の中に放り込んだ棒キャンディーを取り出して、丸い飴を怪異の方に向けると。
「ふくろう、怪異ー」
見れば分かる事を口にする。
伏間昼隠居は溜息を吐くと、肩に背負う刀を引き抜いた。
術理としての処置が施されている為に、柄に手を添えるだけで、鞘を貫通して、刀を引き抜ける。
「小休憩、これが終わったら、急ぎますよ」
「はーい、頑張れがんばれー、私の懐刀ー」
伏間昼隠居は刀を握り締めて、自らの流力を刀に流し込むと。
「刻め〈
術具〈炎命炉刃金〉の銘を口遊んだ。
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