第110話・帰還出向

変わり果てた姿だった。

伏間昼隠居の肉体を見て、いの一番に駆け出す女性たち。

年老いた彼女らは、涙を流して煤木仄の死を嘆いた。


「伏間くん」


大門雲黒が、伏間昼隠居の元へ向かう。

そして、彼の目を見つめて、目を伏せて、頭を下げた。


「申しわけない、約束は守れなかった」


伏間昼隠居は大門雲黒に煤木仄を頼むと言った。

だがそれは守られる事は無かった。


「……大門さん程の人が、煤木一人、俺の元に来させない事くらい、出来たでしょうに。どうして」


別段、責め立てる様にはしていない。

ただ、単純に気になっただけだ。

大門さんは頷き、その心中を口にした。


「可愛そうだと思ってしまった。貴方の居ない煤木さんは、まるで少女の様に泣き崩れていた……此処で、キミが消えてしまえば、彼女は本当に、壊れてしまう。そしてその破壊は、二度と戻る事は無いと、そう思ったからです」


生きたまま壊れた人形の様に余生を過ごすか。

伏間昼隠居の傍で、少なくとも人間としての人生を全うするか。

その選択は、大門雲黒が提示したワケじゃない。

煤木仄が自分でそれを選んだのだ。

だから……大門雲黒は約束を破ったが、人としての在り方を彼女に与えたのだ。


「そう、ですか」


「それでも、申し訳ありません。彼女の死は、私の責任でもあります。どの様な罰でも受けましょう」


大門雲黒は両手を合わせて地面に座る。

祈る様に、伏間昼隠居に生殺与奪の権利を与えた。


「……別に、苦しんで欲しいわけじゃないっすよ。ただ理由を聞きたかった、それだけっすから」


伏間昼隠居は、大門雲黒に手を伸ばす。

その手を、大門雲黒は手を握り締めて、立たされた。


「脅威は去った。少しだけでも……この儀式都市では安全に過ごせると思いますよ」


それだけを残して、伏間昼隠居は踵を返す。


「伏ちゃん……どこに行くんだい?」


おばさんは、背中を見ながらそう言った。


「……これから、俺は」

「煤木の分まで、生きるんです」

「その為に、安全を確保する」

「他の人が生きられる様に」

「きっと、煤木なら、そういう生き方をすると思うから」

「だから……ちょっと、行ってきます」


振り向いて、伏間昼隠居は笑みを浮かべた。

屈託の無い笑みは、伏間昼隠居と、煤木仄、二つの面影が重なる。

おばさんは、その笑顔を見て、涙を流していた。


「……行ってらっしゃい、仄ちゃん、伏ちゃん」


彼らを止める者は何処にも居なかった。

伏間昼隠居と、煤木仄、二人で一つの体は、怪異を討伐する旅に出る。

それは、彼女の意志であり、それが、伏間昼隠居の生きる意味だったから。


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