第30話


 夕暮れのオルグの空に突如として現れた龍。

 夕暮れを背に受け大きな影を街に伸ばす。街中から悲鳴が聞こえ人々が慌てている。

 だがエクレールは他のことを考えていた。

 龍が現れただけでも大問題なのだが、エクレールが気になる問題は他にある。


 そう。エクレールですら現れる寸前まで気が付かなかったということだ。

 これが示すのは少なくとも相手側に高度な転移魔法を使える者がいるということだ。

 その転移が龍の能力なのか、はたまた悪意のある何者かによるものなのか、はっきりしないがどちらにせよ面倒なのは変わりない。


「どちらにせよ相手は“龍“だ。私が出なきゃまずいか」


 竜であればメルセン騎士団で事足りるが、龍であれば話は違う。


 竜と龍の差はドラゴンハートを持っているか否かだけではあるのだがこのドラゴンハートが問題なのだ。


 ドラゴンハートとは、龍特有の器官で龍気と呼ばれる特殊な魔力を作り出す。この龍気は魔力と神気の中間の物といったもので、魔力の数倍の出力が出せる。そんな龍気が人間の魔力量よりも遥かに多く体に流れているのだ。とても人間が敵う相手ではない。故に龍を殺した人間はドラゴンスレイヤーなどと称えられるのだ。


 と考えているうちにいつのまにか大きな影はなくなっていた。しかし依然として正門の方から龍気を感じる。これ以上考えても仕方がないとエクレールは屋根を蹴って西門に向かった。



 エクレールが西門の上にたどり着く。下を覗くと見覚えのある老人が、龍気を放つ紫紺の髪に金色の目をした女がただならぬ雰囲気で話していた。


「私は親龍王国ラザールの筆頭宮廷魔術師のマーリン・フォン・アストハイムと申します。時空龍様とお見受けいたしますがオルグへはどんなご要件で?」


「我らの祖をお迎えにあがったのだよ。先日星龍が祖龍神様が現世に降臨なされると予言してな。見回りで各地を回っていたら、我の知っているどの龍のものでもない強大な龍気をここに感じたのでな。」


 どうやら私が原因のようだ。私の龍気は普段かなり慎重に隠してあるのだが同じ龍にはやはり感じ取られてしまうのか…


「オルグに祖龍神様が!?私は何も感じませんでしたが…本当なのですか?」


「あぁ、間違いない。ですよね、祖龍神様」


 やっぱり私のことだよなぁ〜…こっち向いてるもん。

 マーリンは私を見つけて口をパクパクさせている。まぁ先日あった小娘が龍神だって言われたらそりゃゾッとしないだろうけど。


 エクレールは上からでは話しにくいと思い下へと飛び降りる。


「なんでわかったの?龍気は隠してあると思うんだけど」


「そのすさまじい龍気を見逃すはずがありません…と言いたいところですが近くに来るまでは確信が持てませんでした。探知には自信があったのですが流石は祖龍神様です」


「その祖龍神様ってのやめよっか。エクレールでいいから」


「承知しました。エクレール様」


 とここまでマーリンは静かにしていたがなにか言いたげだったのでそちらに視線を向ける。


「お二人のお話に割り込むようで気が引けるのですが、祖龍神様だというのはやはり間違いないのですね?」


 ここまで来て隠せるとは思っていないので素直に答えることにする。


「正直明かすつもりはなかったけど間違いないよ。あんまり大きな声ではいえないけどね」

 と口元に指を当てながら答える。


 あっさり肯定されて頭を抱えるマーリンをよそ目に時空龍と言われていた龍を見る。執事のようにきちっと、待っていて私からなにか言わねばずっとそのままでいそうな雰囲気すら感じる。

 マーリンにはなかなか高圧的だったように見えるが立場を弁えているということなのだろうか。

 それよりまだ色々と聞かなければならないことがある。


「君、名前は?」


「8龍王が一柱ラウムツァイトと申します。エクレール様を龍の里へとご案内するために馳せ参じました。」


 ラウムツァイトがそう答えるとエクレールもマーリン同様頭を抱えるのであった


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