終章

旅立ち。神話の果て

 ユーリー、スイセン、ジークの三人は普段通り神樹の洞、メイプル内部に通じる隔壁前に集まっていた。老朽化が加速し、二日に一度しか開かない慣れ親しんだ入り口。ユーリーはそれを無視するとその側にある表皮に触れた。何の凹凸も無い一枚の金属、それは彼女が触れた事で長方形に割れ入り口を形成した。

「……ま!」

「一体どういうことだ?」

「……」

 驚く二人を無視してユーリーは新たな入り口の中へと進んでゆく。それを慌てて追うスイセンとジーク。彼女たちはユーリーの迷いの無い歩みにこの場所に危険は無いのだろうと思いつつ、いきなりの変化に戸惑いを隠せない。

 彼女たちが通るごとに照明が復旧し行先を照らしてゆく。延々と続く下り坂、行先はどうやら地下のようだ。

 しばらく歩くとさらなる隔壁が現れる。低く鳴り響く機動音、どうやら目の前の施設は地上と異なり現役らしい。

「やっぱり……」

 ユーリーはそれを懐かしむようにそっと手で触れた。すると隔壁は左右に割れ彼女たちを内部へと導く。

「ま……ま……!」

「これは……」

「……」

 棺桶に似た大量の箱の群れ。ユーリーはその中を迷わず、真っ直ぐに進む。

「やっぱり……」

 彼女の目の前には開け放たれ、役目を終えたが一つ置かれていた。そこには彼女の名前とブレインチップに登録された個人番号が刻まれている。

 ユーリーはおぼろげながらもメイズの村にやって来た時の記憶を思い出した。ぼやけた頭でひたすら真っ直ぐ登った足取り。それは冬眠明けの肉体には重労働で、お告げの間に出た瞬間倒れてしまった。それをみたツゲはひっくり返ったに違いない。事情を知らない彼女にしてみれば神樹がユーリーを遣わしたようにも見えるだろう。

「地上の施設はサブユニット。私達は地上を追われて地下生活を送っていたんだから、よくよく考えれば簡単なことだったのよ」

 次々とシステムを復旧させてゆくユーリー。地下施設の保存状態は良好で数千年を経ても埃一つ無い。それは押し込められた人類の環境維持への意地のようにも見え、ジークは施設から伝わる執念に思わず身震いした。

 眠りについた一つの都市が全貌を露わにする。とは言うものの、設備のほとんどは冷凍睡眠装置に置き換えられ、それらは所せましと設営されていた。彼らは今でも生き続けている。その一方で王家の墓地めいたコールドスリープという死と隣り合わせの光景にスイセンは怯えだし、ユーリーの袖を強く握る。

「……あった!」

 そんなスイセンに見向きもせず、ユーリーは目的のシステムを探り当て、モニターに表示した。

「これは……」

「あ~~?」

 表示されたのはメイプルの内部構造。地下施設同様にあらゆるシステムが所せましと詰め込まれている中で、そこには素人目にもはっきりと分かる独特な機構が備わっていた。

 内部を貫く円筒状の空洞。それはメイポールの登頂部から地上にして二階部分まで貫いている。

「最初から二階なんて無かった。いや、あるにはあるんだけど、それは人間のための施設じゃ無かったのよ」

 二階部分は二つの設備で構成されていた。

 一つはM・Mの製造ユニット。魔人と呼ばれるM・Mはこの場所で生まれた。旧時代の居残り組が科学の粋を集めて創りだした全身をナノマシンで構成された人型万能作業機。主な用途はメイポール周辺で発生するあらゆるトラブルに対応する事。武装こそ最低限たるものの、電力供給を受ける事で不死身に近い力を発揮できる事をユーリーとジークはよく理解している。

 しかしながら彼女が知りたいのはもう一つの設備の方だ。内部を貫通する一本の管。それは宇宙を目指す者であれば誰もが親しんだ構造物――

「……軌道エレベーターなのか⁉」

「そう。メイプルはテラフォーミングマシンであると同時に軌道エレベーターの機能も併せ持つの。再生と脱出、二つの分野を併せ持って研究されて来た事はもう知っているでしょ? これだけ巨大な設備なんだから、脱出したいみんなも使えるように、ってね」

「……当てつけか」

「そう、当てつけ。あなたの祖先が裏切るように分裂しなくても、私達は分裂を見越して開発をして来たのにね――」

 ユーリーは食い入るように設備の状態を確認してゆく。地上の設備は劣化を始めているが、内部構造ゆえにシステムは生きている状態だ。少なくとも一回は宇宙に登れる――

「――だからこれを使ってユーロⅤを説得しに行く。魔人を積めば宇宙まで一直線。ジーク、ナビゲーションは頼んだわよ」

「ちょっと待て! 確かに自分は窓口になると言ったがまさかユーロⅤに乗り込む気なのか⁉ 交渉は通信で十分なはず。それを宇宙に出るなど……」

 ジークの考えが正しければ、彼女がやろうとしている事は自殺に等しい。多数の兵器を搭載した居住型宇宙船、それにM・M単機で戦闘、もとい説得に挑むなど無謀も良いところだ。調査員一人など人質として毛ほども役に立たない。魔人は一瞬の内に宇宙の塵になるのがオチだ。

「侵略はもう始まっている。例え地下から通信しても言葉だけじゃ話を聞いてくれると思えない。私だって戦争は嫌だけど、代表として前線に立たなきゃいけない事だってある。

 あの人たちは土地に飢えているんでしょ。せめてみんなが目覚めるまでは宇宙船を地球に近づけないようにしないと……」

 モニターに表示されたコールドスリープのステータス。それはメイプルの稼働状況に合わせて解凍期限が変動するように組まれている。劣化に任せる自然状態では半年。彼らの冷凍睡眠を永眠にしないためには最長でもそれだけの期間ユーロⅤを地上に近づけない必要があるようだ。

「魔人をセットすれば上昇はシステムが自動でやってくれる。早速登るわよ。ジーク、準備はいい?」

「……仕方がない。決闘に負けた時点で自分に拒否権は無い。だったら善は急げだ。魔人にユーロⅤまでの航路を打ち込むぞ」

「ええ」

 二人は協力して施設から必要なデータをコピーし、並行して軌道エレベーターの設定を整える。二〇〇〇年ぶりに稼働したシステムは自身の役目を果たせる喜びに打ち震えたのか、プログラムはフリーズを起こすことなく滑らかに展開を始める。肯定はあっという間に魔人を二階に載せるだけ、宇宙を目指す段階へと整えられる。

「よし!」

「ユーリー……」

 彼女の腕をスイセンが掴む。

 魔人のコックピットは基本的に一人乗り。無理やり押し込めば三人乗れなくもないが、宇宙という過酷な環境ですし詰めというわけにはいかない。乗員はメインシートに一人、補助シートにもう一人が限界だろう。

 となればそこにスイセンの姿は無い。その状況を理解したのか彼女は瞳をにじませながらユーリーを見つめた。

「……大丈夫、長くても半年後に必ず帰ってくる。だから安心して、私はスイセンを一人にしない」

「あ……」

「それに村に私は必要ないけど、スイセンは必要よ。翻訳プログラム、まだ結構荒いの。ちゃんと内容を理解しようと思ったら結局神の文字に詳しい人の力が必要だわ。あの時は自分の仕事かと思ったけど……やっぱり私には別の使命があるみたい。村を導く大巫女の役割が出来るのはやっぱりスイセン、あなただけよ……」

「あ、あはは……」

「スイセン……」

「あははははは!」

「……」

 最近良くなってきたからといって、やはり彼女の痴呆は治っていない。彼女のためを思って同乗させる方がいいのだろうか。過酷な戦いに巻き込む事と村に置き去りにする事のどちらがスイセンのためになるのだろうか――

「あははははは!……ほんと勝手なんだから……私を馬鹿にしたその口で……またそんな事を言って……あはは……ほんっとくだらない……」

「スイセン……あなた、治ったの……?」

「そんな滅茶苦茶なこと言われたらかえって正気になるわよ。ほんと、頭おかしいんじゃないの」

「ははは、いつものスイセンだ……」

「……」

「……」

「……本気なのね」

「……うん」

「本気でヤバい奴らと戦って、本気で戻ってくる」

「うん」

「言っておくけどメイズの村私達だって宇宙人に地底人に渡す土地は無い。古い人間の侵略を許さないから。

 覚悟しなさい。あんたが帰って来た時は今度こそ村に居場所なんて無い。半年後には地底人を追い出して本来の村を取り戻す」

「だったら競争だね。どっちが先に使命を果たすか」

「ほんと、可愛くない。記憶を取りもどして生意気になったんじゃない?」

「まだ全部じゃないけどね。そっちこそ、おバカだった方がかわいかったなぁ。私、怒っているよりも甘えん坊なスイセンの方が好みかな」

「ちょっ、忘れなさい! 馬鹿になっていた記憶を消しなさいよ!――」

 その後も続く悪意の応酬、もとい会話のキャッチボール。目を合わせればいがみ合うばかりだった関係も、時の流れと共に変化する事もある。まだ全てを円満に出来るわけではないが、この距離感も悪くないと二人は思った。

「……」

「……」

「……」

 三人は無言で地上に出た。やるべきことが決まっているのであれば言葉はいらない。ユーリーとジークは魔人に乗り込みセッティングを始めた。

〈オオオオ――〉

〈オオオオ――〉

〈〈オオオオ――〉〉

 共鳴する神樹と魔人。魔人が体表に触れるとそこから格納ブロックが展開する。かつて魔人がナノマシンの滓に埋まっていた場所は大きく口を開き、打ち上げを待つばかりだ。

「本当にいいのか?」

 補助シートに座ったジークがユーリーに問いかける。

「何が?」

「スイセンの事だ。はみ出し者が集団の輪に戻るのはハードルが高いぞ」

「あなたがあの子の事を心配するなんて意外。てっきり無視して宇宙に向かうものかと」

「無視するなと言ったのはお前だろうに……。むしろ自分としてはこうもあっさりと別れられるそちらの態度の方が意外だ」

「そうかもね」

「?」

 ジークが首を傾げるに任せ、彼女は着込んだアストロスーツのチェックを始めた。白一色のそれはジークのそれと遜色ない機能を備えているらしい。だが彼女にとって重要なのはゴテゴテした機能でなく、これからの旅に耐えうる道具としての本質。

 まだごわつくスーツ越しにアームレイカーを操作する。魔人は順調にエレベーターへと格納され始めた。

「……」

「……」

 魔人の瞳でスイセンを見下ろす。スイセンもまた魔人を見上げ、二人の視線が交差した。

 スイセンの瞳には再び野心に燃える輝きが宿っていた。ユーリーとしては彼女が再び無茶なことをしでかさないか不安がある一方……あれだけ良い顔をしていれば途中で何かに躓こうとも立ち上がれるだろう。

 人間にとって重要なのは今いる立場では無い。自分が何者であろうと、使命に向かって能力を発揮する事だ。その事に彼女たちは気づいている。ゆえに別れの挨拶は必要ない。視線が合えばそれで事足りるのであった。

 魔人の格納が終わり、今度はユーリーが見上げる番。エレベーターの天井、その遙向こうに存在する宇宙に向けて上昇が始まる。

「本当に説得するつもりか?」

「もちろん。私の肩には居残り組と村人の命運がかかっているんだから。あなただってユーロⅤの人たちの希望を背負っていたでしょ。それと何も変わらないわよ」

「その希望をこれから裏切りに行くのだがな。全く気が重いよ」

 上昇のスピードは徐々に上がる。魔人は地上を離れ、その場には二人だけ。

「言っておくが母船の人々は私よりも頑固だ。今更引き返せない事を後悔するなよ」

 伸びあがり続ける天へのはしご。高度はすでにオゾン層を越えている。手を伸ばせば宇宙に触れる高度、振り返れば落下してしまう高度、地球防衛の最前線と呼べる高度。

 魔人越しにそれを感じるユーリー。恐怖を感じないかといえば嘘になるが、それでも彼女は笑みを浮かべる。

「大丈夫。私には居残り組にスイセンに、あなたがいるんだもの。だから絶対に負けない。守りたい物全部守って、これからを生きていく。それが今の私のやりたい事だから」

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神樹と魔人 蒼樹エリオ @erio_aoki

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