4-3

 草木も眠る丑三つ時。それは時刻にして午前二時を示すものだ。しかしながら、メイズの村においては午後一〇時だって立派な深夜である。

「……」

 半ば眠りかけている守衛に頭を下げ、ユーリーは神殿地下を急ぐ。禰宜の報告によるとジークの身柄は地下牢に押し込められているとの事。

「申し訳ございません。本来であればあの不届き者を血祭りに上げる所なのですが……」

 人々はありったけの暴力をぶつけたつもりなのだが驚くべき事にジークの生命力は凄まじく、息をしているらしい――

 とりあえずユーリーは彼が生きている事に胸をなで下ろした。どれだけ武術に優れている存在だろうと、拘束を受けてしまえば抜け出す事は難しい。都合がいいことに地下牢は表に出せない者を押し込めておく場所。忘れられるべき人間が入れられる場所であるから邪魔が入らない。同じ境遇のスイセンの事は気の毒に思いつつ、ここで静養させればジークと再び話す機会を得られると希望を見いだした。

「あの……大丈夫ですか……?」

 夜とはいえ、松明に照らされる地下の雰囲気は昼間と変わらない。相変わらずの薄暗い視界に、寒々しい空気、入るだけで気分は鬱蒼とする。スイセンの寝息が無ければこの場所が人間の住む場所である事を忘れさせるほど何もないのである。

「う……っ……」

 何かが這う音が聞こえる。どうやらジークはスイセンと対面になっている房室に入れられたようだ。

「ジークさん……っ――」

 この瞬間ほどこの空間の照明が松明だけで良かったと思う時は無いだろう。

 確かに彼は息をしていた。しかしながら、そのことが彼にとって幸せなのかはべつの事。

 予想通り、ジークの全身は過剰な程に痛めつけられていた。骨に至る骨は全て砕かれ、ぐにゃりと這いつくばる肉に芯の通った部位は無い。アストロスーツは破れ、あちこちから折れた骨が露出し血と膿をしたたらせている。人間が、人間をここまで破壊する事が可能なのか……そこには青地に赤と黄色のまだら模様の肉塊が僅かばかりの呼吸音を立てて生きていた。

「うっ……おげっ……」

 あまりにも凄惨な光景に彼女は立っていられなかった。ユーリーは中身が逆流するに任せその場で吐き出した。もはや自分に繋がる情報などどうでもいい。仕組みにとらわれた人間がこれだけの事を「村を守る」という大義の下にやってしまえる事実に悪寒が止まらないのだ。

「どう……や……ら……感じ……やす……い性質たちの……様だ……」

「しゃべらないで……ここで大人しくして……これ以上あなたに何かあったら……」

「そう……いうわ……けにも……いかない――」

 地下室に、ゴリッ……、と奥歯をかみ砕いたかのような硬質な音が広がる。

「……!!?」

 すると俄にジークの肉体が起き上がり始めた。

 軟体は直立すると今までに受けた暴力を逆再生するかの様に各部を踊らせ、そこに芯が宿ってゆく。傷口も、骨折も全て元通り。白い素肌も血行が良くなったのか赤みが増して……かえって健康になった様に見える。

「来て早々ナノマシンを使う事態になるとは思わなかったが、おかげで重力環境にも適応できた。なるほどこれが大地に引かれる感覚か……悪くない」

「なんなのよあなた……」

「なんなのとは挨拶だな。医療用ナノマシン程度常識だろう。宇宙船外の作業は危険が付き物なんだ。何があってもいいように作業員の肉体は改造を受けている」

「ああもう……色々となんとなく思い出して来たけど……。まあいいわ。でもそれだけの力があるなら何でその場で使わなかったの? あなたは一方的にやられるようなタイプに見えないのだけど」

「ふん! 人間が奴隷の私語に耳を貸すとでも? 流石蛮族、挨拶もまた手荒だな」

 痛めつけられ、酷い環境に押し込められ、少しはおとなしくなっていた事を期待していたのだが、ジークの傲慢は健在らしい。ユーリーも数々の頑固者を目にして来たが、目の前の青年は輪をかけて尊大なようだ。

「はぁ……」

「ようやく素が出たな」

「何度も驚かされたらそりゃ格好もつけられないわよ……」

 思想こそ相いれないかもしれない。しかし……彼女はジークから親近感のような何かを感じ取っていた。彼が神の言葉や耳慣れない単語を話す度にぼやけていた自身の記憶、その輪郭に触れている感触があるのである。大巫女としては頭痛の種かもしれないが、個人として向き合う分には重要な存在なのである。

「また酷い目に遭いたくなかったら、その『奴隷』って態度はどうかと思います。私以外ともちゃんと会話してください。ちゃんと話せば……罪を償えばメイズはあなたを迎え入れます」

「どうでもいい。ボコられてもあと二回分はある。二度は言わすな。自分は奴隷とは私語をしない」

「じゃあ私は何なんですか。彼らも、私も同じ人間ですよ」

「いや、少なくともこの村のなかで人間なのはお前だけだ」

「はぁ?」

 ジークは人差し指で自身の頭部を指差した。「ほら、お前も」とユーリーにも同じ動作をするよう視線で促す。

「……」

「少なくとも脱出前後の人類は脳にナノマシンが仕込まれている。六歳と同時に仕込まれるそれは個人識別標であり、電子機器と思考を繋げる装置でもあり、日常の様々な場面で用いられる。

 M・Mに乗った時、頭が熱くなったり、マシンと肉体が一体になる感覚があったりするだろう。それはお前の脳にナノマシンがある証拠でそれすなわち人間である証明だ」

 子供に説き伏せるように彼は大きく鼻を鳴らす。このくらい常識だろう。尊大な態度はそう語っていた。

「人間の……証明……」

 対する彼女は断片的な欠片が一つに繋がろうとしている予感に打ち震えていた。間違いない。彼が所属している文化こそ、アイデンティティに直結している。このまま会話を続ければ失った記憶を取り戻せる――

「あなたの話、もっと聞かせて。もう少しで神樹に、魔人に、私自身の事を思い出せそうなの! 村について知りたい事なら私が知っている範囲で教える。だからあなたが何者なのか私知りたい!」

「いきなり寄るな!」

「おっと」

 いつの間に鉄格子を掴んでいる自分にユーリーは驚いた。自分の中にここまでの積極性があるとは……これではどちらが囚人なのか分からない。彼女は頭部を格子にはめながら苦し紛れの愛想笑いを浮かべた。

「まったく……まぁ、現状を知りたいのは自分も同じだ。こういう時こそナノマシンの出番だな」

 ジークは前髪をかき上げると額を露わにする。そして格子に嵌った彼女のそれも同様にかき上げた。

「え……何するの?」

「引くな。直近の記憶を共有するだけだ。そちらは村の事を思い浮かべていればいい。こちらも降下した目的と、お前の記憶に必要そうな情報を送る」

 ジークの額が徐々にユーリーへと近づいてゆく。

「ちょ、ちょっと……」

 振り返れば男性と二人っきりで接触する経験は無かった。彼女は突如湧いた恥じらいの感情に怖気づき、下がろうとしたのだが――

「だから引くなと言っている。この作業は繊細なんだぞ――」

 腕を掴まれ前へと引き寄せられる。その勢いが強かったのか、両者の額は音を立ててぶつかった。

「「――――――!!!」」

 瞬間、強烈な刺激が二つの脳の中で弾けた。

 情報の洪水が流れ込み、ユーリーはジークであり、他の誰かでもあった。記録の濁流に呑まれるまま彼女は時代を生きた様々な誰かとなり、足蹠を辿ってゆく――


 二〇〇〇年前の地球。西暦の終わりを迎えた惑星は荒れ果てていた。

 空は種々の汚染物質で濁り、黄褐色で覆われている。

 大地は資源を掘りつくされたためか噛み跡のような穴で乱雑に穿たれ乾ききっている。

 海は人類の廃棄物を全て受け止めたために輝きを失い、魚の代わりにゴミを浮かばせては荒れ狂っていた。

 豊かな緑と水に恵まれた第三惑星地球。その面影はどこにも見当たらない。あるとすればまだ生存が許されたごく僅かな範囲で身を寄せ合って暮らす人類。地球を我が物顔で消費してきた寄生虫のような生き物だけである。

 汚染の影響が少ない地下で、人類はしぶとく生き残っていた。他のあらゆる生き物の生存権を奪っては、迫りくる気候変動をかいくぐる根性はまさに生態系の頂点と呼ぶにふさわしい所業である。

 しかし、その逃避行も限界に達した。現行の生活水準を維持するためには地下は狭すぎたのだ。これ以上人口を減らせば労働は維持できなくなり、快適さを手放すことになる。この期に及んで人類が考える事は自然への回帰などでは無く、生活のエゴだった。

 そこで人類は二つの手段に出る事にした。

 一つはテラフォーミング用のシステムを地球に適用する事。人類の生活に適さない惑星を地球化させるインフラを母なる大地に適応させるのは本末転倒な気がしなくもないが、宇宙にある全く別な環境の惑星に適応するよりは公算の高い計画である。

 もう一つは地球を脱し、別の惑星に入植して人類をやり直す方法である。すでにめぼしい資源を取りつくした地球を復活させた所でたかが知れている。それよりもいっそのこと地球を捨て、資源の豊富な他の惑星を征服した方が人間らしい、と地下暮らしにうんざりした人々は主張した。

 行き詰った人類が分裂する事は容易だ。日々追い詰められてゆく生活の中、軋轢を起こさない方が難しい。それでも共同生活を続けられるのは、どちらかの方法を選ばなければ共倒れすることが目に見えていたからである。

 意外なことに地球再生と地球脱出に求められる技術は似通う部分が多く、最終的にどちらを選ぶにしろ協力は必須だった。今人類はこのときに限り国境を越えた地球人となり、人間という種を永らえるための格闘が始まった。

 人類の総力を一つの物事に集中させた結果テラフォーミング技術の理論は十数年足らずで完成した。後はこれを地球に適応させるのか、脱出後に入植先の惑星に適応させるか……全人類で成し遂げたという素晴らしい達成感と共に心の片隅に猜疑心がもたげ始める。成功は喜ばしいが、我々はどちらを選ぶべきなのだろう。

 ここまで一丸となってやって来たのだから、良心としては選択も一つに決めるべきであろう。研究の過程でもかなりの資源が投入された。地球に残された資源はもう底をつきかけている。ここで分裂して奪い合いになっても共倒れが見えているのだ。共に生きるか、共倒れするか。状況は刻々と追い詰められている。

 ところが――時代は繰り返すと言うべきか――一部の人々は他人を出し抜くことを選択した。一部の富裕層と脱出派の研究者はテラフォーミング理論が完成するや早々に宇宙へ旅立ってしまったのである。

 どれだけ追い詰められても特権意識と帳簿のごまかしを人類は捨てられなかった。一団が逃げ去ると一団、また一団と宇宙そらへ向かってゆく。人類に残された僅かな資源は脱出の混乱の中ハイエナが集るように収奪され、後には雀の涙程。

 どの時代も残されるのは良識のある人間と、立場の弱い人々か。彼らは恨み言を言う間もなく続々と打ち上がる軌道を前に立ち尽くすばかりだった――


 それでも人間は立ち向かう事を諦めない。

 尽きかけた資源、足りない人手、信じてきた兄弟からの裏切り……これらに絶望する事は非常にたやすい。しかしながら、絶望に浸っていてはそれこそ人間性を失い、人類はあっという間に絶滅してしまうだろう。手痛い裏切りに遭ったというなら、今残った我々こそが真の兄弟になれると言うこと――理屈はどうであれ、人類は状況を打開するための夢が見たかったのだった。

 総力戦はさらに痛ましいものになる。本来であれば地球の一〇〇パーセントを修復出来たかもしれないテラフォーミングインフラシステムの建築作業はどう見積もっても良くて三〇パーセントに相当する箇所にしか建造できない。それも女、子供、病人……体の一部でも動かせる人間が劣悪な環境で働いてようやくの可能性だ。聡い人間であれば無駄な努力と断ずる所である。

 だとしても、絶望を意識しては生きられないのが人間の性だ。もはややけくそとも呼べる精神状態の中、地球人類はとうとう三機のテラフォーミングシステム、メイポールを完成させたのだ。

 そして彼らは完成の喜びに浸る間もなしにメイプル内部に搭載された冷凍睡眠(コールドスリープ)装置の中に就く。試算ではたった三機のメイプルでは地球再生に数百年単位の時間がかかる。それまでに現人類を生き延びさせる事は不可能だった。

 メイポールにはどのような星の環境も人類のための物にするプログラムと、人の手が入らずとも自己修復が可能な代謝のある金属で構成されている。地球人類が一丸となって生み出した存在に彼らは全幅の信頼を置いていた。

 こうして地球人類は長い長い時間の旅を始めた。目覚めたあとに見る景色は楽園か、それとも灰色の荒野か。コールドスリープでは夢を見ない。結果は箱を開けてみないと分からないのだった――


 宇宙旅行は万全のはずである。楽観的な地球再生派を出し抜き、十分な資源を確保――収奪――した自分達は先見の明のある選ばれた人類だ。そんな優れた我々にこそ夢を実現させる権利がある。脱出派の人々は太陽系を脱出するまではそう呑気に構えていた。

 実際彼らには入植先の惑星のめぼしがあり、人手だって肉体、学力、技術力が揃った優秀な人材で構成されている。宇宙船内の環境は地球から優れた物のエッセンスを抽出したように明るかった。余裕こそが人間らしさを生み出す。脱出派の人々は再生派を出し抜いた優越感に浸り、自分達の特権意識に酔いしれていたのだ。

 ところが彼らは気付いていなかった。ひとたび競争に足を踏み入れたが最後、終わりの無い闘争が待ち構えている事に……。

 つまるところ出し抜いた側が持っていた情報はかつて人類が一丸となって共有していた情報である。となれば入植までの道のりは早い者勝ちと言っていい。呑気にしている暇で無い事に気付くのはいつだって出し抜かれた時だ。

「この星は先に俺たちが目星をつけていた!」

「知るか! 今もう作業中なんだ! お前たちにやる土地は無い!」

 本来であれば到着順に関係なく、居住可能な惑星を発見次第お互いに協力して入植惑星をテラフォーミングするのが効率的だ。今は潤沢に思えても、宇宙船という閉鎖的な環境にい続ければ資源はあっという間に枯渇する。船団は同じ人類として垣根を越えた協力をするべきだ。

 だがしかし、一度分裂した同族が再び一つになる事は容易では無い。彼らは特権意識の下に一つの宇宙船にただ一つの自分達の惑星を欲していたのだ。当然協力するはずもなく、むしろ鉢合わせをすれば争い、偽の情報を流して足を引っ張り、果てには他の宇宙船を攻撃してまで出し抜こうとする始末。宇宙人類は闘争心に導かれるまま争いを拡大させていった。

 そうやって宇宙人類は惑星を獲得した勝者と、いまだに旅を続ける敗者に分かれてゆく。宇宙船は一応完結したエコシステムを持ち、小惑星等から資源を回収することで船員の口を賄えることが可能だ。単純に生きるだけであれば、惑星を獲得せずとも船内で縮小再生産する事で世代を重ねても生きながらえる事が出来る。中には敗北を受け止め旅を中止し、宇宙船をスペースコロニーのように改造してひっそりと暮らす者たちも現れた。

 一方で、地球同様あきらめの悪い船員もいるのである。彼らは小惑星を分解しては船の改修素材に加工した。居住性を高め、航続距離を拡大させ……縮小再生産とは真逆の拡大生産、彼らは自分達の惑星を獲得するまで動きを止めない。ちっぽけな特権意識は執念となって次世代に引き継がれ、巨大化した宇宙船は獰猛な肉食魚のように宇宙を航行してゆく。

 ユーロⅤもそんな野心的な宇宙船の一つだった。宇宙船は最早一つの国家規模を持ち、地球時代の科学技術を維持する一団である。

 世代は重なり、地球脱出から二〇〇〇年が経過した。彼らは宇宙の様々な星々を探索したが……入植可能な惑星だけは確保出来ないでいた。

 なぜ自分達だけが惑星を手に入れることが出来ない! 世代に染みついた妄執は最早呪いだ。いくら宇宙船の環境が向上しようと、外壁一つ越えれば過酷な宇宙であることに変わりない。むしろ船内が充実すればするほど、敗北の歴史が積み上がるようで焦るのだ。

 船体を拡張させ、探査範囲が広がり……それでも見つからない――自分達もまた敗北者になり果てるのか……。ユーロⅤの中にもまた分裂の兆候が芽生えだす。

 流石に次世代は先代の過ちを犯す愚行を避けたかった。同じ宇宙船の中で争えば共倒れは必至。この爆発力をどこかに逸らさなければならない――

「見つけたぞ!」

 その一言で方向性は定まった。正体はなんであれ、船内が分裂するよりはましだ。発見された「なにか」はすぐさま共有された。

「……バカな……」

 誰もが口々にその言葉を述べた。発見した物は彼らの想像からかけ離れた予想外の存在だったからである。

 ユーロⅤが受信したのは地球のメイポールからの信号。時刻はちょうど魔人が急速充電を果たした後の、神樹が割れた時分である――


「そうして自分は調査員に――」

自分はメイプルの誤作動で目が覚めた――」

 二人が叫ぶのと同時に、ジークはとっさにユーリーを突き飛ばした。

 互いの頭部を繋ぐ電子の感覚が断たれてユーリーは正気を取り戻した。とはいうものの、記憶の混濁が激しい。一瞬自分がジークとなり、彼の人生そのものが自分自身の足跡のように感じられたのだから肌寒い。

 ジークも同様に牢内でしかめっ面を浮かべていた。頭痛は彼の方が激しいのか両手で頭を抱えると歯を食いしばって呻いている。

「人間同士の並列化なんて前代未聞だぞ……生娘じゃあるまい……情報交換くらい普通だろ……」

「私の時代ではそこまで発達したブレインチップは無かったわ。資源もないし、伝達手段は口頭かメモの方がかえって効率が良かったの」

「原始人め…………ん? お前まさか!」

「あ!……」

 自身にまつわる記憶を全て取り戻せたわけでは無い。コールドスリープによる記憶障害、それもメイプルの誤作動による緊急解凍が原因ともなれば失った記憶を取り戻すのは困難だと言える。

 しかしながらユーリーは二〇〇〇年前の、かつての自分が所属していた文化こそ故郷であると確信を持って言える。神樹も、魔人も、地球に存在する今は神話の形で受け継がれて来たものは全て自分達の手で作って来た。彼女は自分の手仕事が実を結んだという事実に胸を震わせている。私達は地球を復活させたんだ!

「という事は……あなたは――」

「そう、脱出した方の末裔だ」

「あなた達が!」

「ぐっ――」

 ユーリーは格子から腕を伸ばすとジークの首を絞め上げた。その意外な行動にふらつく思考が追い付かず、されるがままに締められる。

「あなた達が逃げなければ……もっと多くのメイプルを建てられた。私の記憶も欠損することなく起きられたのに……っ」

「ぐっ……知るか……自分の祖先がやった事だ……」

「地球を見捨てておいて出先で『何も見つけられなかった』からそれで生き返ったこの星に里帰り? どれだけ都合がいいのよ! 私達がどれだけひもじかったか分かる……? 日々飢えに殺されそうになる中必死で作業してきた意味が分かるの‼」

「我々の祖先とて……過酷な宇宙空……間で必死に世代……を重ねてきた……!」

「自業自得よ! 放蕩息子なんかに私はあげるものなんて無い! 侵略なんて野心捨ててとっとと宇宙に帰って!」

「成程……そういうことか――」

「⁉うっ――」

 頭部に衝撃が走りユーリーの体は地下牢の奥へと飛んで行った。たった一撃でこれだけの威力を出せるのは間違いなく村人だ。だけどなぜ、こんな時間にだれからも忘れられた場所に……――

「へぇ……聞いていたよりもピンピンしてるじゃねえか。流石余所者、色々と隠し持っているんだな」

「……」

「やっぱり俺たちにはだんまりなんだな……。まあいいさこれからお望み通りずっと黙り込めるようにしてやるんだからな……――」

 彼女が聞き取れたのはここまでだった。もし次があるなら夜間でも視界が保てるように照明を増やそうか。そのような希望を持てそうにない状況が迫る中、ユーリーの意識は揺らめく影のように溶け落ちていった。

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