4-2

 懸命に大巫女としての責務をこなしてゆくユーリーであったが、二度ある事は三度ある。幾度となく奇跡を起こして来たためか、運命は彼女に安らぎを与えない。あと何度奇跡を起こせるのか、それを試すように危機が訪れる。

「なぁ……ありゃ何だ?」

「ん?……」

 時刻は昼下がり、農作業が起動に乗る時間帯である。数々の気候変動に襲われても無事に乗り切った田畑は有史以来の最盛を誇っている。愛情かけて育てた作物の順調な育成具合に瞳を輝かせながら、農夫たちが一息入れた時、それは現れた――

「流れ……星か?」

 早々に就寝する村人にとって天体観測の慣習は祭祀階級など一部の人間が行う物好きの行為である。ゆえに農夫たちはその存在を物語の中でしか知らない。

 だとしても目の前の現象は彼らに違和感を抱かせるに足るものだ。太陽に照らされることで星々は空色に塗りつぶされる。浮かんでいるのはせいぜい昼の月が良いところ。それにも関わらす真っ赤に輝く天体が一つ高速で落下を始めている。

「おい! おい!」

「逃げろ! 逃げるんだ!」

 この数か月の経験から彼らは畑を放棄する事を覚えていた。例え落下のコースが村はずれと直撃を避けていたとしても……その衝撃が何を引き起こすかは未知数だ。それこそ神樹が割れるような異常が再び引き起こされるとも限らない。

〈ビーッ‼ ビーッ‼〉

「⁉」

 ユーリーもまたこの事態に気付いていた。魔人のセンサーはもちろんの事、大巫女の証である前天冠、そこに収まる宝玉が点滅と警告音を発し始めたのである。

 大巫女にしか伝えられない事態がやって来た――彼女はバーニアを解放させ、真っ直ぐ現場へと向かう。畑を抜け、村境を越えると同時に、流星は地面に衝突した。

「⁉……バリアフィールド!」

 魔人は村境で急制動をかけ、その身を大の字に広げる。全身からエネルギーを迸らせると、それは膜のように村境に広がり、衝撃から村を守った。

「……」

 幸いな事に落下物は抉れた大地に衝突した事で土砂の跳ね返りはそれほどでもない。しかしながら衝撃は大したもので警戒態勢に入った戦士たちがひっくり返る程である。

 落下の摩擦熱は物体の体表を煙らせその全貌は未だにはっきりしない。一つ言えるのは、それが巨大である事。局地的な振動を発生させたそれは魔人の半分ほどの体積を誇っている。体積は推して知るべしだろう。

〈警告。未登録の機体です〉

「……きたい?」

 耳慣れない単語に耳がざわつくが、今までの経験からこれが有事である事は分かっているつもりである。ユーリーは防御を解くと物体に近づき、いつでも砲撃が打てるように構えを取った。

「まさか地球にもまだ稼働できるM・Mマン・マシーンが残されていたとはな――」

「⁉」

 その声にユーリーは反射的に胎内を見渡した。壁から伝わる魔人のガイド音声で無い、若い男のような声。音は直接脳へと届けられたかのように耳を通さずに伝わって来た。まるで自分のすぐ側にいるようなからめとられた感覚。彼女の背中にどっと汗が湧く。

「おい! アンノウンのパイロット! 素人にもオープンチャンネルで開きっぱなしなのは分かっているんだぞ! 何か返事を返したらどうなのだ?」

「あんの……? ぱいろ……」

「なんだパイロットは言葉が理解できないのか」

 事情は男の声とは逆である。むしろユーリーは彼が会話の中で一度に大量の神の言葉を織り交ぜている事に気付いて言葉に詰まったのだ。

 普段ユーリーは村に早く馴染めるよう意図的に神の言葉を口にする事を制限してきた。「その言葉は秘するからこそ力を持つ」というツゲの指導もあり、約三か月かけて口を調整してきたのだ。おかげで意味は理解できても口が追い付かない。

 彼女は男が自分と同じか、何か近い存在であると直感した。自分と同じように神の言葉を自在に操れる人間はメイズ周辺に存在していない。だが目の前の物体は、声の主は当たり前のようにそれを操るのだ。村には不幸かもしれないが、少なくともユーリーにとってこの出来事は自身の出自に大きく迫る幸運である。

「あなた、ひょっとして私の事を知っているの⁉ 何故私が神の言葉を知っているのか、何で私に記憶が無いのか、どうして私だけが魔人を操れるのか――」

「ああうるさい! 一度にべらべらとしゃべるんじゃない!」

 脳天に男の声が響く。それと同時に物体は

「おい……」

「あれは……まさか……」

「……そんな――」

 ユーリーを含むその場にいた村人全員がその姿に驚愕した。

 煙が晴れ、露わになった青い素肌。それは魔人と神樹と同様鋼を連想させる光沢を放っている。頭巾めいた頭部にすらりと伸びた体躯は遠方の村に存在するニンジャなる戦士を連想させる。全体は魔人よりも一回り小さいが、それでも巨人である事には変わりない。

 何よりも特徴的なのは背中に巨大な一対の翼を背負っている点だ。今まで煙を発生させていたのはその部位だったのか、機体にこもる熱を一手に引き受けると赤、紫へと変色し熱波を吐きだす。鳥と異なり三角形に角ばった翼は見るからに攻撃的で、気を抜けば魔人だろうと一撃で引き裂く獰猛さを連想させる。

「二体目の……魔人……」

 両雄並び立つ姿は壮観の一言である。タイプは違えど互いに鋼鉄の巨躯を誇る同士、一目で同胞であると理解できる。竜とは異なり、魔人は内部で人間が操るもの。であれば話が通じるのだ。無駄に戦わずとも話し合いで自体が解決できる可能性はあるし、そうでなくても最悪魔人同士でぶつかり合えば何とかなる。村人たちは脅威の正体が馴染みある物だと分かるとにわかに肩の力を抜いた。

 一方で男の方は居心地の悪さに襲われていた。眼前で繰り広げられる光景は彼の予想とはるかにかけ離れたもので、それは彼にとっても異常事態を意味していた。

 物事は常に最悪を想定しろとはよく言うが――

「おい! アンノウンのパイロット! 流石に降りる事は出来るんだろう。私は地球には不慣れでね、案内を願いたい」

 そう言うと青い魔人は跪き、胸元へと自身の腕を伸ばしていった。どうやらコックピットは胸部に存在しているらしく、ハッチが開くと人影が立ち上がり始めた。

 それに追従するようにユーリーも魔人を跪かせる。腰をかがめるように体勢を整え、腹部から地面へ降り立ち、男が下がるのを待った。

「何だその原始的な格好は?」

「⁉」

 見上げたユーリーはその言葉をそのまま男に返そうかと思ったが、驚愕に口が追い付かない。

 男の服装は今まで訪れたどの村にも無い、斬新としか言いようのないものだ。全身を竜の皮めいたこれまた青い素材でぴっちりと覆うそれを服と呼ぶのは正しいのだろうか。第二の皮膚と形容すべきそれは男のすらりとしたシルエットをかえってあけすけにさらけ出している。加えて声色は男性性が強いのに、その体躯は村の一四歳程度の一七〇センチ前後とちぐはぐな印象が相まって――チャンネルは閉じているはずなのに処理が追いつかず、ユーリーの脳は沸騰寸前だった。

「なんだ、アストロスーツを見るのも初めてなのか」

 男はおもむろにヘルメットを脱ぎ捨てる。

「おいおい……」

「アイツは本当に人間なのか⁉」

 極めつけは男の肌である。象牙のような白い肌をユーリー含めて村の誰もが見たことが無い。おかっぱの髪型に中世的なあっさりした顔も浮世離れしており、エメラルドグリーンの瞳で睨まれると反射的に背筋がざわついてしまう。

 人々は直感した。この人間は間違いなく自分達とは「違う」。

「管理人、どうやら奴隷のしつけがなっていないな。この地域ではを放し飼いにしているのか?」

「ちょっと、人に向かってなんて失礼な!」

「奴隷は奴隷だろう」

 ユーリーの制止を振り切ると青年は村へと真っ直ぐに歩き出した。幸いな事に歩くスピードもユーリーと同じだ。性差はあれど、おそらく身体能力も似通っているのだろう、村人であれば一〇秒で行ける距離を二人は数分かけて歩いた。

「ふーむ……資料で見た原始時代そっくりだな。柵などは現代の技術が混じっているが、基本的な文化水準は農業が導入された辺りか……」

 竜対策が施された村境を示す柵を叩いたり、田畑を見聞したり、鉄器の存在に驚いたりと青年は傍若無人を絵に描いたように勝手に見ては触ってと村の中を物色してゆく。村人は村人で突然現れた奇天烈な格好をした白い人間に驚き固まっている。後ろに追いすがるユーリーの姿を認めなければ白昼夢でも見ているのではと疑ったほどだ。

「成程メイポール周辺から農作業を発展させてきた形か……降下中も確認したがこうしてテラフォーミングシステムの稼働を間近で見るのは初めてだ」

 地球に夫適用するのは本末転倒だがな――青年は羨むように神樹を見上げた。愛憎混じるその表情にユーリーはようやく彼の本心に触れたような気がした。

「ねえ、そろそろ名前くらい教えてくれない……? みんなの仕事を一々邪魔して一体何なのよ……」

「そうだな……そろそろ重力がしんどくなってきたところだ。どこか落ち着ける所で話がしたいな。

 自分はジーク。ジーク・フリーデンだ。メイポールの信号を受信し惑星間移動宇宙船「ユーロⅤ」から派遣されて来た。管理人、お前の名前は何という」

「……」

 かつてのアキレアたちを連想させる尊大な態度についでと言わんばかりの自己紹介。非礼の数々に胸がむかつきを覚えるのは自分も大巫女として村のシステムに囚われたからだろうか。

 それとも――

「メイズの村の大巫女を務めさせていただいておりますユーリーと申します」

 ユーリーは袴の端をつまむとジークに向かって一礼した。村の物でない、肉体に染みついた礼儀作法の動作。彼女はこちらの方が相手に合っているだろうと判断した。

 ジークに、村人も彼女の優美な動作に目を奪われる。とりわけジークは東洋の巫女服と西洋の礼儀作法のミックスにエキゾチックな魅力を見出し、彼女がただの蛮族かぶれで無い事に安心した。

「姓は無いのだな」

「村にそんなものはありません。神樹・メイプルの下、村は、全ての人々は一つの家族なんです」

「メイポールだ」

「は?」

カエデメイプルでは無い、五月柱メイポールだ」

「⁉」

 ジークは神樹の本質を、アレが何なのかを知っている!――彼女はジークの他人へ接する態度が無知な人間を傲慢に憐れむ物だと理解した。そして、その様子から彼の話は神樹が割れた時と同様の衝撃を村人に与えかねないだろう事も直感する。

 出来れば二人きりで話をしたい。神樹の正体が何なのか、管理人と称された自分の正体は何なのか、ジークは何故空からやって来たのか。長い間待ち望んでいた答えが目の前にあるのだ!

「おいお前!」

「散々畑を荒らしやがって……」

「話があるならまず、我々を通して欲しいものだ。大巫女様に無礼だと思わないのか?」

 ユーリーを守るように村人たちは二人の間に割って入った。そう、今の彼女は村の代表という立場にある。彼女の意思とは関係なしに人々は動くのだ。例え一人になりたくても数人は護衛として付くだろう。まして相手が未確認の余所者であれば尚更である。

「ユーリーよ、自分は板張りでは無くあの藁ぶきの建物に興味があるぞ。あの辺りで茶でも飲めないか」

「おい! あれは俺の家だぞ! 礼儀のなっていない奴に母ちゃんのとっておきを出せるか!」

「自分は緑茶というものを飲んでみたいな。コーヒーは飲み飽きた。ああ、あるなら紅茶でもいい。私は紅茶党なのだ」

「話を聞けよ!」

 やっぱり――彼と村人とのやりとりでユーリーは確信した。ジークの傲慢さのもう一側面、それは村人を見ていない事。

 人の物に触る時、通常であれば「見せて」、「貸して」と一言何か言うものだ。それが人間同士の最低限の礼儀であろう。

 ジークにはそれが無い。まるで陳列された商品を触る要領で無遠慮に手づかみである。戦士の腰布をはぎ取って股間を確認した時は意外すぎる動作にあっけに取られてしまったが、本来であれば殺されてもおかしくない。それでも手を出せなかったのはひとえに彼が何者なのかハッキリしないからである。

 ここにきて村人も自分達が一切無視されている事に憤りを覚える。確かに、大巫女を頂点に据える制度は外から見れば村人を奴隷のように見せるかもしれない。だからと言って自分達に人としてのプライドが無いわけでは無い。

「おい、いい加減にしろよ……」

「さすがに我慢の限界だぜ……」

 戦士が二人、凄みを利かせた表情でジークに近づく。それぞれの手には狩猟用の槍、それも竜の骨で出来た物が収まっている。精鋭である事を示す武器と数々の死線を潜り抜けてきた体躯が発する圧力に周囲の村人は思わず一歩引いた。

「……」

 しかしながら……ジークは相変わらず視線をユーリーにのみ送っている。時折珍しそうに得物を見るも、それを持つ戦士は存在しないかのように涼しい表情で佇んでいるのだ。

「テメエ!」

 先に痺れを切らしたのは戦士だった。彼らは手早く槍を振り、必殺の一撃をお見舞いしようと突き出した。

「フン」

「なるほど――」

 ところが、ジークは彼ら渾身の槍術を軽々と躱してゆく。痩身が技を捌く姿は蝶の様で捉えどころが無い。次第に戦士達は彼の動きに幻惑され、技の精彩を失ってゆく。

「こいつ……」

「出来る……っ!」

 始めこそ脅しのつもりで急所を外していたが、ここまでコケにされては面子が保たない。槍術には徐々に殺気が込められ、掠めただけでもタダでは済まない一撃へと練り上げられてゆく。

「なるほど蛮族にしては上出来だが……流石に相手にするのに飽きてきたな」

「なんだと⁉」

「この一撃を食らっても同じ事が――」

 パン! と乾いた音がその先を塞いだ。

「は……」

 反射的に戦士は相棒の頭部を見た。

 そこには額に穴を開け、絶命した戦士の顔があった。

 次に顔を向けると、ジークの手には煙を放つ筒状の何かが握られている。

「なんだ銃を見るのも初めてなのか。やはり蛮族は蛮族だな」

「――――――――――――!!!!!!」

 最早この男に対する同情は一切必要ない。戦士はジークが気を抜いた瞬間を逃さず丸太の様な足で腹部を打った。

「ご――」

 二の句は継がせない。続けて首根っこを押さえては、頭部を何度も地面に叩きつける。

「ちょっ⁉ 待って!」

 ユーリーとしてはようやく出会えた自身の手がかりを失う訳にはいかない。両者の間に入って争いを制止する必要があった。

 一方戦士には話し合いという選択肢は無い。自分達を散々無視したあげく、仲間の命を一方的に奪ったのだ。自分の暴力には正当な権利がある。

「――――――――――――!!!!!!」

 怒りは伝染し、私刑の参加者は一人、また一人と増えてゆく。未知の存在に対しただでさえうんざりしていた所に、ジークはトドメを刺してきたのだ。大巫女を、自分達の村を守るためには自衛するしかない。

「大巫女様、離れて下さい。あの筒が貴方に向けられたら最後、取り返しは付きません」

「でも――」

 制止の相手が禰宜だろうと彼が村人である事に変わらない。彼女はジークを助けたかったが自分の細腕では相手の思いやりから抜け出す事は到底不可能だった。

 仮に抜け出せたとしても……彼を暴力の嵐から引きずり出すことも不可能だろう。うめき声すら上げられない、絶え間の無い攻撃。全身が骨折していてもおかしくない。もしかしたらすでに手遅れかも知れない――

「さあ、早く。神殿へ、安全な所へ」

「……」

 これも仕方の無い事なの?……――村にとって相応しくないものは伝統の名のもとに排除される。最早自由の身で無くなった大巫女には暴走する善意を止める術は無かった。

 せめて生きていれば、話すチャンスはあるはず。ユーリーはそんな雀の涙ほども無い可能性に逃げ、公務を言い訳に暴力の音から逃げ出した。

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