3-4

「ははははは‼ 何が『手に入らないなら壊してしまえ』よ。アキレア、私はやったわ!」

 スイセンは上機嫌でアームレイカーを握り、フットペダル軽快に踏み抜く。彼女の意思を反映するように魔人の足取りも軽い。豪雨の中をものともせず、ひたすら村境へ進行する。

「ははははは――」

 やっぱり私は正しかった――あの日ユーリーが魔人と共に帰還を果たし、その機能を村人に解き放った時、スイセンはあえて魔人に乗り込む事はしなかった。何か策を練らなければ、魔人は操作出来ない。彼女の予想通り、魔人は誰の手にも解放されたが満足に動かせる物は誰ひとりとしていない。

 自分と余所者とでは何が違うのか。スイセンは魔人を我が物とすべく必死でユーリーを観察していた。とりわけこの一か月は彼女と同じ行動を真似ることまでして――スイセンは子供が苦手だったが背に腹は代えられない――魔人を操るための要素を突き詰めてゆく。

「大巫女の仕事は人々と交わり、声を聞き、神樹と繋げる事。神殿で引きこもっていては瞳が開かれぬよ」

「ええ、おばあさま。その言葉だけは本当ね」

 ツゲは大巫女の神器の一つである分鏡をユーリーに託していた。身体能力がメイズの人間と比べて三分の一以下である彼女が魔人を自在に操れる要因はやはり神器の存在が強いのではないだろうか。

 ユーリーは魔人を操作する時に分鏡が連動している事を度々証言している。スイセンが今見つめている画面も分鏡と同じ物で構成されているのだ。魔人はおそらく自分と同じ存在に近いものを持つ人間に心を開く。

 子供に混じり、農夫たちに細かな予言をもたらす事は彼女の神経を苛立たせたものの……分鏡の習熟には役立った。スイセンは指導の傍ら魔人の動作マニュアルを読み込み、自説が正しいのかを証明するべく村人全員が寝静まった頃に度々魔人へ乗り込んだ。

「やっぱり――」

 その結果、魔人はやはり分鏡を認識標のように扱っている事を突き止めるに至る。スイセンの操作でも魔人は大きく倒れることなく動作を行う。

「ははははは‼」

 スイセンは音声操作で魔人を自動操縦に切り替えると、予備シートに隠しておいた自分の巫女服と竜の干し肉を取り出す。

「バキィッ!」

 深夜まで起き続ける事はスイセンにとっても苦しい事だったが、意識が閉じそうになる度に彼女は肉を喰らい、己に喝を入れていた。

 魔人を奪い取る機会は限られている。一瞬たりとも気を抜けない――

 ユーリーを排除できる唯一の機会、それがあるとすれば豪雨をおいて他に無い。竜に備えて村人が引きこもり、彼女が一人になった時こそがねらい目である。スイセンはチャンスをひたすらに待った。成人式までに雨が降らねばユーリーが大巫女になってしまう。それまでに自身も魔人を扱える事を証明できなければちゃぶ台を返すことなど出来ないのだ。

「さてと」

 巫女服に着替えたスイセンはシートにどっかりと腰を下ろした。計画はすでにアキレアに伝えてある。村に襲い掛かる竜をスイセン操る魔人と戦士の連携によって滅ぼす。ユーリーが打ち立てた神話を自分が塗り替える事、それがスイセンの計略だった。

「火炎、だったかしら」

 マニュアルでは「ビーム兵器」と称されたそれ、スイセンは魔人の右腕を無造作に上げさせると、照準も合わせずに解き放つ。一条の閃光が村を抜け湿った大地を蒸発させた。ぽっかりと開いた泥の穴、今の自分に環境を変える力がある、それを握っている快感が込み上げると再びそれを味わうべく砲撃を乱発する。

「おい! あぶねえじゃねえか!」

 集音装置が耳慣れた声を拾う。

 いつの間にか足元は村境の防塁であった。忌々しいユーリーが提供した技術の数々で作り上げられたそれは大型相手では心もとないが、小型竜が襲い掛かっても数回は保つように設計されている。

「私の方が上手くできるって言ったでしょう」

「確かに」

 談笑を始めるスイセンとアキレア。二人はとうとうこの時が来たと声を弾ませ、話に花を咲かせる。

「おい、この声って……」

「お嬢ちゃんじゃねえぞ……」

 その一方で他の戦士たちは魔人の口からスイセンの声がする事に戸惑っていた。

 強い武器を持てば子供でも大人に対抗できる。とりわけ魔人という圧倒的な武器を扱えるのであれば、中身が誰だろうと竜を倒せるだろう。

 それでも習熟度は無視できない。モヤシに頼るのは癪だが、魔人の扱いにおいてユーリーの右に出る者がいないのが村の共通認識だ。それを防衛作戦の土壇場でいきなりの選手交代である。実力者である程この状況に不安を覚える。本当に、スイセンで大丈夫なのか……。

「おいお前ら! スイセンはアイツと同じ巫女見習いなんだぜ! シケた面すんじゃねえ! 巫女を、村人を守るのが俺たちの仕事だろうが!

 それになんだ! 俺たちはいつの間に魔人にお世話されるガキになった⁉ 魔人なんかよりも先に村の敵を殺しつくす。それが俺たち戦士の誇りだろうが! ヒヨった奴らは消えろ! そんな奴得物の錆びにする価値もねえ。いいか、俺たちは誰になんて言われようが戦って勝つためにいるんだよ!」

 言っていることが無茶苦茶だ。老練の戦士たちはため息を一つつく。アキレアとスイセンの暴走劇、それがこの状況の正体なのだろう。アイツらとんでもない事をしやがった……。

 しかしながら、嘆いた所で状況は変わらない。残念な事にアキレアは若い戦士を中心にカリスマ性を発揮している。かく言う精鋭も、年代が同じであれば彼の魅力に勝てないだろうと自負している。世の中にはいるのだ。どれだけ無茶やっても人が付いてくるオスが。

 それに……後半は合っているしな――

 戦って勝ためにいる。それはこの場にいる戦士たち全員の意思だ。手にする武器が石ころ一つだろうと戦うのを止めない。戦闘の中で得られる興奮、それを一秒でも長く感じたい……彼らは意識を切り替え、全身に闘気をみなぎらせ始める。

「「「オオオオオオオオォ――――――!!!」」」

 雨音をかき消す程のウォークライ。スイセンのそれも加わると村境の熱気は極限まで高まる。

「ギャアオオオッ!」

 予想通り竜はやって来た。冠水した地面を泳ぐように優雅な足取りで迫る小型。

「もらった!」

 戦士の一人が飛び出し、得物で眼球から脳天を一刺し。その一撃で竜は倒れる。

「はっ!」

 大型がやってくるかと思ったら、期待外れだぜ。これは魔人が出るまでも無い。熱くなったのが恥ずかしいくらいだったな、と緊張を解そうとしたその時――

「ギャアオオオッ!」

「ギギギ……」

「ゴオッ! ギャア!」

「「「!!?」」」

 草木の影から続々と小型の竜が飛び出し、村境に向かって鳴き声を上げる。

「これは……!」

 ユーリーの施したレーダー機能が警告を告げる。反応の大きさから、確かに大型の接近は見られない。しかし、図面には細かな反応が密度濃く迫っている事を示していた。

 それは竜の群れだった。豪雨の力で活動能力を得た彼らは何かに導かれるようにメイズの村へと真っ直ぐに向かってきているのだ。

「ふっ!」

「ハッ!」

「おりゃ!」

 先頭の数頭であれば精鋭一人につき一体のペースで仕留められる。だが、対竜の基本的な討伐法は集団によるヒットアンドアウェイ。先の戦いでベテランを失った彼らにとって物量戦は明らかに不利である。

「これなら巨大竜が一匹の方がいくらかマシだ!」

 ユーリーがもたらした鉄器は硬度、切れ味共に最高で、若い戦士でも効率よく竜を刺し貫くことが出来ている。とはいえ状況が不利な事に変わりない。第二派、第三派と塊が来られてはいつまでも戦線を維持できない。

「どうやら私の出番みたいね」

 一帯にスイセンの声が響く。彼女は魔人の腕を振り上げると、今度こそ照準を合わせて両袖から砲撃を放った。一撫でで爆散する竜の群れ、第二波は逃したものの、第三、四の群れは豪雨にも関わらず燃え上がり続けている。

 スイセンの操作精度は村の中ではまともな方だがユーリーにはかなり劣る。加えて――これはアキレアにのみ伝えた彼女の弱点なのだが――魔人に激しい動作をさせようと思うと姿勢の維持が保持できずに転ばしてしまう。

 的の大きな巨大竜であればスイセンは倒せる自信があった。大雑把でも立て続けに砲撃を浴びせれば倒せるだろうし、何よりも同じ大きさの相手を倒す事はユーリーの偉業と比較しやすい。

 とはいえ村の危機が都合よく現れるはずが無い。巫女見習いとして村の不幸を期待するなんて不謹慎な事はご法度だ。

 だったら今ここにある危機で、アイツには出来ない方法で村の役に立てる事を証明すればいい――常に一人で抱えるユーリーだからこそ手柄を独り占めに出来る。それは同時に個人の能力の極限を求められる事でもある。村人のあらゆる要望に全力で応える事で疲労をため込んだユーリー。それが仇となり、スイセンが付け入る隙を作ってしまった。

 スイセンはこの一年間彼女と比較され続けてきたことで能力の限界に思いを馳せるようになった。悔しいが圧倒的な才能は存在する。秀才としてどれだけ机に噛り付こうと、同じ土俵に立つ限り埋められない差は存在する……。

 であれば、相手の土俵でなく、自分の特異分野で戦えばいい。文化系の祭祀階級の中でスイセンは珍しく臆することなく戦士と接することが出来る。婚約者であるアキレアとは何も言わずとも互いの考えていることが分かる。彼らと連携することで弱点を補えば――

「はああああああああああ――――――!!!」

 迫りくる竜の群れに火炎を乱れ撃ち。そうして撃ち漏らした数匹の竜を戦士たちに任せる。上に立つ人間に必要なのはすべての作業を全力で片付ける事では無い。部下にも適した仕事を振る事であり、木を見て森を見ることなのだ。大巫女・ツゲがユーリーを隠れ蓑に政治活動を行ったように――スイセンもまた彼女の帝王学を間近で見てきたのだった。

 水よりも煙の臭いが村境に広がる。撃つ! 撃つ! 撃つ! 砲撃は順調に大地ごと竜を抉って行く。

「おおおおおおお!」

 砲撃が当たる度に上がる歓声、獲物の脳を犯す喜び、村境が血と煙の地獄絵図の様相を広げるのに時間はかからなかった。スイセンも戦士たちも戦う喜びに憑りつかれ、半狂乱で武器を振り回す。

 ところが、楽しい時間は長く続かない――

「はぁ……はぁ、今何体目だ?」

「もう、腕が上がらねえ……」

 若手の戦士から徐々に根を上げ始める。アキレア達精鋭も自身の動きが鈍くなっているのに気づいている。

「スイセン!」

 分かってるわよ! 彼女自身ひと思いにそう叫びたい気持ちだった。しかしながら、視界には予断を許さない光景が広がっていた。

「ギリリッ――」

「レーダー兵器はあくまで目安」、「ジャミング装置が仕掛けられると効果を失う」、「最終的には目視など人力に頼る事」。これらの言葉は全てマニュアルに記されていたものだ。スイセンには「ジャミング」なる単語が何を意味するのか不明であったが――

「こんなの、どうしろって言うのよ……」

 少なくとも目の前に広がる光景が何を意味するのかは理解できる。

 魔人の双眸は村に迫る百頭近い竜の群れを捕えていた。悠々と進む大所帯。流石に果てが見えない。

「このっ……!」

 袖口から光芒が走り、群れに当たる。的は大きい、狙わずとも数体の竜を焼き焦がせる……、

「グルルル?」

「ゲホ、ガホ……」

「そんな……」

 はずだったのだが、火炎は豪雨で消火され竜の鱗を軽く焦がしただけに留まる。

 魔人にも限界はあるのか、先ほどから砲撃を放っても殲滅作業がはかどらないのである。一撃における撃破数は五体から四、三、二、一。一頭を倒すのに数発要求され、ついには篝火程度の火炎しか生み出せない。

 そして兵器を使用するごとに胎内の照明が明度を落としてゆく。意識が薄れるように画面まで擦れていくのを見るとさすがにスイセンも魔人が出涸らしになっている事に気付き、余裕を失う。

「なんでなのよ……動きなさいよ……!」

〈オオオ……〉

 とうとう魔人の袖は火を噴かなくなった。広範囲に及ぶ攻撃手段が失われた事に気付くとさすがの戦士たちも冷や汗をかき始める。

「……だったら」

 スイセンは音声操作で竜を踏みつぶすように指示を出す。巨大な肉体は質量そのものが武器である。小型の竜であれば魔人の膂力で骨を砕ける事はユーリーの手仕事が証明済みだ。

「止めろスイセン!」

「あ――」

 音声操作の欠点は細かな指示を出しにくい点にある。冠水でぬかるんだ大地に普段の長子で一撃を入れれば足を取られる。魔人は竜を数匹仕留めた所でバランスを崩し前のめりに倒れた。

「うっ……」

 シートベルトとエアバックのおかげでスイセンが胎内の壁に激突する事は無い。とは言え不意の衝撃はとうとう彼女から冷静さを失わせた。この状況から逃れたい一心で、癇癪をぶつけるように操縦系統をでたらめに動かし――

「私だって……私だって巫女見習いなのに――」

 かえって泥に嵌って行く。四肢は深々と埋まり、魔人が動ける余裕は無い。

「スイセン‼」

「動いてよ――!」

 ユーリーと同じことをすれば魔人は応える。自分も奇跡を引き寄せたい一心でスイセンの両こぶしがアームレイカーを強かに叩く。

〈コックピットに異常を検知しました。操作モードを「通常」に切り替えます〉

「え……」

 表示を読んだ瞬間コックピットが開きシートベルトも解除された。支えを失ったスイセンはそのまま泥の中へ落ちてゆく。

「スイセン‼」

 助けに行きたくも周囲は竜だらけで身動きが取れない。派手に暴れたことで魔人はその巨大な人型を竜たちに晒してしまっていた。どれだけ巨大な生き物でも弱れば関係ない。獣の本能が魔人の弱点を敏感に察知すると続々と集結を促し、コックピットからスイセンが落ちると興奮は最高潮に達する。

「ギャアアアアアアアアアーーーーーー!!!」

 露わになる人間の臭いに竜の口蓋が大きく開かれる。刃を何本も打ち立てたような歯列の数々。それを見た瞬間スイセンは死を覚悟した。

「―――――――‼」

 彼女はユーリーの声を聴いた気がした。神の文字で発音されたそれは唐突過ぎて翻訳することが出来ない。最後の最後まで彼我の差を見せつけられたようでスイセンはこらえきれずに涙を流した。

 どうして私じゃダメなの……。

 いっそ頭から飲み込まれればいい。スイセンは諦めから脱力し瞳を閉じた。最後に見る景色が腹の中では成仏できない。目ざとい彼女は恋人の必死に自分を助けようとする顔を瞳に焼き付けていた。

 本当は私が――

 生臭い息が彼女に触れる。死を目前にスイセンは思考を放棄した。

〈オオオ――〉

「ギョア⁉」

「痛っ⁉」

 一方は捕食を何者かに阻まれ勢い余った歯列の一部が砕けた事に、もう一方は自身の肉体が硬質な何かに優しく包まれた事に驚く。

「そーれ……いけ!」

「―――!」

 スイセンは今度こそ、神の言葉で「掴め」を意味する言葉を翻訳出来た。

 言葉の主はもちろん――

「なんでアンタが……」

 どこからか投げ飛ばされてきたユーリー。彼女は竜の群れのど真ん中に飛び込もうとしていた。

 そしてそんな彼女を魔人のもう一方の腕が掴む。

「――――」

 格納を示す言葉の通り魔人はスイセンと、ユーリーの二人を胎内へしまい込んだ。

「アンタ……どうやって……」

 頭部に包帯を巻いた痛々しい姿のユーリーを見てスイセンはどのような顔をしていいのか分からなかった。今自分は何もかも奪おうとした相手に助けられている。安堵、屈辱、感謝、嫉妬、一体どれが自分の本心なのか、彼女はいっそのこと感情の分だけ竜に引き裂いて欲しい気分だった。

「説明は後。今はこの状況から脱出しないと」

 ごめん、しっかり掴まっていて。ユーリーはそう言ってスイセンを補助シートに押し込んだ。彼女の意外な腕力にスイセンは言われるがまま狭苦しい座席に縮こまる。

「さぁて――」

 十指が滑らかにアームレイカーを這い、両足が軽快にフットペダルを踏む。すると、先ほどまでの不調が嘘みたいに魔人は仁王立ちで立ち上がった。

「ああ……」

 完敗だ――

 立ち上がるという単純な動作一つでスイセンは敗北を悟った。今ならツゲの、祖母の気持ちが分かる。伝統を容易に打ち砕く圧倒的な才能は確かに存在した。

 スイセンは静かに涙を流れるままにした。視界がにじんで見づらいが自分が心配する事は無い。全てユーリーに任せることが出来る。

 感情がようやく「安堵」に集約されるとスイセンは眠りにつくように気を失った。

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