第2話
俺はベッドに沈みながら天井を見ていた。タカヒロと会った後から宇宙系音楽について色々考えるようになった。
もしタカヒロの仮説通りだとしたら、メンバーが変わってしまったのも宇宙系の影響なんだろうか。音楽は人を変える力がある、それは俺も信じている。それでも過去を完全に切り捨ててしまうのはどうかと思う。どれだけ否定したいことに直面してもそれを乗り越える力を与えるのが音楽だろ、なんてことを考えながら体圧がベッドに分散されている感覚を感じていた。
今思えば有名バンドのコピーばっかりやっていた。それで自分もスゴいと思いたかっただけののかもしれない。本当はタカヒロの言ってたことは陰謀論で、ただ音楽をやってる気がしてた俺が全部悪いのかもしれない。ため息を吐きながら、このまま昼寝でもしようかと考えていた時ふと大切なことを思い出した。
「あ、ニュース確認しないと」
今日は音楽関連の情報を仕入れていない。新作の発表、ライブ情報など知りたいことは山ほどある。そういうニュースを見ていると否応にも普通のニュースも目に入ることになる。毎日最新の情報を仕入れることは俺の日課の一つだ。
「中東で和平が成立、うつ病患者激減、がん死亡率急減、貿易摩擦解消、出生率改善って何か最近いいニュースばっかりだな」
思わず独り言が出てしまう程最近は良いことが続いている。俺にも何かいいことがあればいいのに、と何かにすがりたくなる気持ちのまま俺は昼寝をすることにした。
今日も色んなサイトを見ているが、音楽の週間チャートは宇宙系ばっかりだ。宇宙系の曲名は独特だからすぐに分かる。『9龍半島ノ天2048尺ft』とか『砂時計@11次元の6乗Σ』とか『10101010BIT→吾我Y』とか言う曲名だ。ここまでくると読めないし狂気すら感じる。週間チャートが更新されるたびに、タカヒロの言う通り宇宙系が人類の意識を侵食してしまっているのではという懸念が脳裏をよぎる。もしかしたら宇宙系の音楽は人類を幸せにするのかもしれない。そんなことを考えながら今日も大学のキャンパスに向かう準備をする。今日出席しないと単位を落としてしまう授業があるのだ。バンド活動もなくなり外に出る機会が激減していた俺にとってはタカヒロと会った日ぶりの外出になる。そこで初めて、バンドをやっていたころは充実していたんだと気づいた。
久しぶりに外に出てみたは良いものの暑い。急に夏らしくなってきたようだ。今はまだ柔らかい風を感じるが、あとひと月もすれば灼熱地獄になるに違いない。さて、暑くなったことはさておき何かがおかしい。何気ない日常だ。しかし、何かがおかしい。街ゆく人の流れをじっと眺めているとその原因に気が付いてしまった。人が皆とても幸せそうなのだ。今までの日本にはいかに疲れている人が多かったのかと気づくほどに。そして皆音楽を聴いている。イヤホンからは音が漏れるほどに大音量でだ。そして、すれ違うたびに否応なしにメロディが耳につく。一度聴いたら分かる。宇宙系だ。さらに信号待ちの車の中からも宇宙系の曲が聞こえてくる。道行く若者が奏でる鼻歌も宇宙系だ。
「なんなんだよ!」
と思わず叫びたくなるほどだった。宇宙系の音楽が頭の中に流れ込んでくる。聞きたいと思う思わずに関わらず俺の鼓膜は振動し続ける。見たくないものは目を閉じればいい、しかし耳には瞼がない、そんな言葉をどこかで聞いたことがある。そして何よりも気持ち悪いのが、一瞬でも宇宙系を耳にするとそちらに気がとられてしまうのだ。意識に干渉しているのかはさておき、なんか気に食わない。俺からバンドを奪った曲でもあるし、皆が好きな音楽を好きになってしまうと、なんか負けた気がする。それでも歩き続けていたが、街に漂う宇宙系は濃くなるばかりであった。そしてついに誰かが大音量で宇宙系の曲を流し始めた。
「あーーーー」
これでは頭がおかしくなってしまう。自分が自分でなくなってしまいそうで怖い。これは大学どころではない。あいつなら何かわかるかもしれない。
「今からお前の家行くから」
そうタカヒロ宛に送信し、俺は両耳にイヤホンをねじ込んだ。そして、お気に入りの曲を最大音量で流して走り出した。
「おい、世の中どうしちゃったんだよ!」
タカヒロがドアを開けた瞬間に俺は怒鳴りつけた。タカヒロは一瞬大声にたじろいたようだったが
「まあまあ、中で話そう」
と言い俺を招き入れた。
タカヒロの家に来るのは何年ぶりだろうか、タカヒロ自身の精神年齢が成長していないのと同じように、タカヒロの部屋の中もあの頃と全く同じだった。それはともかく言いたいことがある。
「おい、お前なんでパンツ一丁なんだよ」
「大丈夫、大丈夫」
ニヤニヤしながら親指を立てているが何が大丈夫なのかが分からない。まあタカヒロだし、と思えばそれまでなのだが。
「じゃあとりあえずテキトーに鼻歌でも歌ってみて」
タカヒロは俺にどこからか取り出したマイクを向けた。
「いや、なんで?」
「いいから、いいから」
とタカヒロ。
「別にいいけど、ふふふーふんふふーん、こんな感じでいいか?」
普通に考えて家に来た人に鼻歌を歌わせるだろうか。
「おっけー、おっけー」
そう言うとタカヒロはパソコンに向かい、なにやらカタカタしだした。
「何してるんだ?」
「その鼻歌の深層情報体を調べてるんだけど、おっ、カノンはまだ大丈夫みたいだねー」
なるほど、生み出したメロディの深層情報体を調べることで干渉の有無を確かめているのか。いや待てよ。
「はあ、でなんか宇宙系が大人気みたいだけど、これってもしかして」
「うん、僕の仮説通りだったでしょ? へへへ」
やはりそうだったか。というよりこいつの笑い方は何故かむかつく。
「そういうのいいから。てことは、最近いいニュースが多いのも」
「多分宇宙系のおかげだね、あれを聴くと幸せになるみたいだし」
「じゃあ、これからどうなるんだ?」
「うーん、多分全ての音楽は宇宙系になるだろうね。昔の曲は聞かれなくなって、新曲は全部宇宙系! で皆の意識がぶっ飛んで幸せになるんじゃないかな?」
「いや、そんなの気持ち悪いだろ! 何か世界を元に戻す方法は無いのか?」
このまま、宇宙系で世界が埋め尽くされるとか恐怖でしかないし、今までの音楽が無くなるなんて許せない。
「簡単だよ、宇宙系じゃない曲で意識に干渉すればいいんだよ」
タカヒロがあまりにもサラッと言ったので、頭には入ってくるのだが、言葉の意味が上手く呑み込めない。
「は? どうするんだよ、それ」
「だから、カノンが宇宙系を超える超絶ヒット曲を書けばいいんだよ。それで深層情報体を上書きしてしまえば万事解決さ」
超絶ヒット曲? こんな無名の元アマチュアバンドマンの俺が? けれど、それでも方法が残っていたのは純粋に嬉しかった。今までの人類が積み重ねてきた音楽をここで途絶えさせるわけにはいかない。俺は体が熱くなるのを感じていた。
「まあ見とけ、とんでもない曲を書いてやるよ」
皆が宇宙系に夢中になっている中、オリジナリティあふれる新曲を発表して一躍有名人に、という妄想を抑え込む。
「おー、頑張れー。それと、もう宇宙系の曲は聞かない方がいいよ。地球系の曲を作れなくなっちゃうからねー」
「任せとけ」
そう言い残し俺はイヤホンを付け、ドアを開いた。
あの日以来、ひたすらに曲を書き続け、インターネットで公開する毎日だ。しかしなかなか進展しない。これまでもオリジナル曲を動画投稿サイトに上げたりしたことはある。その時は多少なりとも反応があったのだが、
「全く反応がない」
そうゼロなのだ、どんなにアップロードしても再生回数はゼロ、以前に上げた曲も最近は一切視聴されていない。確かにこの音楽は死んでいるに等しいのかもしれない。
ふと今週の音楽チャートを見てみても全てが宇宙系だ。テレビを付けても宇宙系、番組のBGMも宇宙系だ。宇宙系を聞くものかと、ひたすらに過去の音楽を流し続ける。あの宇宙系の中毒性を超越する圧倒的な曲を書いて見せる。その一心で曲を書き続けたがついに行き詰ってしまった。何も思い浮かばない、ギターを弾く手を動かすこともできない。
「どうしたらいいんだよー」
自分の才能のなさに絶望する。無名の新人が宇宙系の新曲を発表してすぐに1億回再生とかを達成しているのを目の当たりにすると自分が惨めになってくる。
「俺の感性ってもう時代遅れなのかな」
集中しすぎて熱くなった頭を左右に振りまわすが、余計に頭痛がする。そうだ、タカヒロに連絡しよう、何かヒントがもらえるかもしれない。
「今から家行くわ」
そう一言送り、重い足を引きずりながら家を出た。
「調子はどんな感じ? 顔色悪いけど」
タカヒロはこれまでと変わらない笑顔で迎えた。確かに最近は不健康な生活を続けていたから顔に出ているのかもしれない。多分俺は今人類で一番顔色が悪い人間だろう。
「全然だめだ。宇宙系に歯が立たない」
「まあ、そう簡単にはいかないだろうねー」
「何かいいアイデアないか?」
タカヒロは少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。
「僕は最近宇宙系の成り立ちについて色々調べてたんだけど、平沢ヤヨイって人が20年前に発表した曲が最初の宇宙系楽曲みたいなんだ。平沢ヤヨイに話を聞けば何か分かるかもしれないね」
タカヒロは画面に表示された宇宙系楽曲の発表数の推移グラフを指しながら言った。確かにグラフを見ると20年前ほどから徐々に増え始め、最近になって爆発的に増えている。
「全ての元凶が平沢ヤヨイってことなのか。でも、そんな簡単に会えるわけないしな。住所も分からないし」
「住所は特定しといたよー。僕も気になるしね、最初の宇宙系がどうやって生まれたのか」
と言うタカヒロの口調はあまりにも軽すぎる。住所の特定など若干犯罪の臭いがするが、まあタカヒロだし、と思えばそれまでだ。
「平沢ヤヨイのこと色々調べてたんだけど、音楽を始めたのが結構遅いみたいなんだよねー。何か臭うぜ!」
とテンション高めなタカヒロ。メディアに露出しない人の情報をどうやってどうやって調べたのかは突っ込まないでおこう、と心に決めた。もう時間はない。今すぐにでも出発した方がいいだろう。
「じゃあ行くか」
そう言いかけたところで思い出した。
「ちょっと待て、その服装はダメだ。俺が選んでやるから今すぐ脱げ」
タカヒロ自身は全く心当たりが無いようだった。
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