f.ROM_m@nKind トゥ ゆぅ 

松本青葉

第1話

「うるせえ、宇宙系なんて俺は認めねえからな」


バンドメンバーが冷めた視線を投げかけるなか俺はそう言い放った。


「もともと俺たちはロックをやるためにバンド組んだんだろ! 今までも古き良きロックをやってたのに何で急に宇宙系をやるんだよ!」


そう、本当に急だったのだ。前に会った時はあれほどロックのことで熱く語り合っていたというのに、今日会ってみれば開口一番宇宙系の曲をやろうと言う。まあ、宇宙系と呼ばれる音楽が一部界隈では熱狂的な人気を博しているというのは聞いたことはあるが、今までメンバーの口からは宇宙系の「う」の字も聞いたことが無かった。個人的な話になるが宇宙系はあまり好みではない。まあ、宇宙系を聴くぐらいなら他の曲を聴く。


「はぁ? 今どき宇宙系やらないとか頭おかしいだろ、キモ過ぎ」


とメンバーの一人が俺に罵倒を浴びせてきた。こいつとは時々言い争うことはあったが、何故そこまで宇宙系なのか。


「そうだよ、まさか宇宙系が嫌いとか言わないよね?」


他のメンバーも続く。


「いや宇宙系とかゴミだから、あれ宗教と同じだろ」


という言葉がぽろっと口から出てしまった後に、これはヤバイと思った。メンバーたち纏う雰囲気があからさまに悪くなったのだ。


「おい、何宇宙系のこと馬鹿にしてんだよこの時代遅れが」


メンバーの一人が言った「時代遅れ」という言葉に頭の中で何かが切れたような音がした。別に古い音楽だろうと今よりもいい曲はたくさんある。そんなマスターピースをたったひと時の流行曲と一緒にされるのは心外だ。


「はいはい、もういいですよ。耳が劣化した奴らと音楽なんてできないんでバンドやめまーす」


俺はそう口走ってしまった。そう気づいたときにはバンドのメンバーは背を向けていた。


「じゃあこれからは俺ら3人でやっていくから。ばいばーい」


俺は一人部室に取り残されていた。崩壊は一瞬だった。


気分が落ち着いて最初に感じたのは圧倒的な後悔だった。なぜ俺はあんなことを言ってしまったのか、いや俺は間違ってないんだが少なくとも言い方はミスったことは自明だ。とにかく俺はバンドから追い出されてしまった。マジでこれからどうしようか。いまさら新しいバンド組むのキツすぎだろ。あー、むかつく。何なんだよ本当に。


自分の行動に対する後悔とメンバーに対する憎しみの無限ループから抜け出せたときにはもう辺りはオレンジ色になっていた。だいぶ気は落ち着いたが、気が落ち着いたからといって頭の中から消えるわけではない。しかし少なくとも今は冷静にあの時のことを考えられるようになっていた。


後悔やら憎しみはともかく、なぜあいつらは急に宇宙系にハマり出したのだろうか。仮に宇宙系にハマったとして、今までやってきた音楽をそう簡単に捨てられるものなのだろうか。もしかしたら宇宙系は俺が思っているよりもはるかに素晴らしい音楽なのかもしれない。あれは熱狂的すら通り越して狂気だ。考えを巡らせ続け、俺は気が付けば自宅の前にいた。


家の扉を開けると洗濯物の生乾きの臭いが微かに鼻についた。背負っていたリュックサックを床にぶちまけてベッドに飛び込む。


「あーーー……」


気分が落ち着いてくるとまたあの時のことがフラッシュバックしてその度に枕に顔をこすりつける。くよくよしたところで何も変わらないのは理解しているのだが、それが止められたら精神病なんてものはとっくの昔に根絶されているだろう。窓から差し込む西日もついに消え、オレンジ色がぼんやりと拡散するだけだ。


「とりあえず何か音楽を聴こう」


音楽ならこの気持ちを和らげてくれるだろう。失恋したときも俺はそう乗り越えた。今ならアプリも俺の気持ちにマッチした音楽を流してくれるに違いない。そう思い、スマートフォンに手を伸ばした。


「あれ? タカヒロからメッセージ来てる」


スマートフォンの画面に表示されたのはタカヒロからのメッセージを知らせる通知だった。タカヒロは中学からの友人だ。あの頃は毎日のように他愛のない話をする仲だったが、高校進学を機に接する機会も少なくなった。それでも俺は親友の一人だと思っている。そんなタカヒロからのメッセージとは珍しい。いつもはこちらから話しかけたりつるみに行くことはあってもタカヒロから関わってくることなんてめったになかったのに。それはそれとしてメッセージを開いてみた。


「最近どう?」


その一言が画面の隅に寂しそうに表示されていた。一番面倒なやつだ。しかし、気分が落ち込んでいる時にこういう友達と話せるのはありがたい。


「バンドから追い出されてメンタル死にそう」


「何それ? 面白そうじゃん、もっと話聞かせてよ笑」


人の不幸を喜ぶとは何事か。それでも心が少し軽くなっていく気がした。


「うるさい。それよりそっちこそ何だよ、急に連絡してきて」


「何? 怒ってるの笑 音楽関連でちょっと面白いことがあってね。久しぶりに話そ」


少しむかつくが断るほど忙しくもないから承諾することにした。持つべきものは友なのかもしれない。そして俺は音楽を再生し枕に突っ伏した。



駅前で相当に人が多いはずなのにヤツの姿は一目でわかった。エクササイズ用のハーフパンツにTシャツ、手にはパンパンに膨れた中学校時代の制鞄、足には靴底がいまにも剥がれそうな革靴、そしてベートーヴェン顔負けのクルクルパーマ、あの時から全く成長していない。それなのに大学では飛び級を繰り返して今や音声情報生命学の助教なのだから人というのは分からない。


「おうおうおう」


そう言ってタカヒロはニヤニヤしながら詰め寄ってきた。


「何だよその格好は」


そう言わずにはいられなかった。


「何が?」


首をかしげるタカヒロを見てもうこれ以上言うのは止めようと思った。


その後近くの喫茶店に移動して雑談に興じることになった。俺の愚痴を聞きながら収支ニヤニヤしていたのはどこか癪だったがそれでも話せばスッキリするというものだ。愚痴やら言い訳やら後悔やらを一通り話し終え、俺はアイスコーヒーに手を伸ばした。氷が解けてしまい薄くてマズい。ちなみにタカヒロはオレンジジュースと緑茶を交互に飲んでいる。


「マジで宇宙系とか最悪、バンドを追い出された恨みは一生忘れない」


俺がそう言うとタカヒロは眉を少し上げ驚いたような表情を作った。


「ちょうど宇宙系のこと話そうと思ってたんだよ、奇遇だね」


俺はとっさに身構えた。もう宇宙系はこりごりだ。


「お前もそっち側の人間なのか。まだ間に合う、戻ってこい」


「いや、そういうのじゃないよ」


と笑いながらタカヒロは語り出した。タカヒロは研究の一環で論文を読んでいたところ、宇宙系音楽に関するものを見つけたらしい。宇宙系というジャンル自体インターネットの一部界隈で盛り上がっているに過ぎないマイナー音楽だったからタカヒロ自身も研究がなされていることに驚いたそうだ。そして、その論文には衝撃的な事実が記されていたらしい。


「というわけで、宇宙系の楽曲って理論上、なんだよ、もちろんAIでも無理だよ」


タカヒロは落ち着きを取り戻そうとするように空のグラスに手を伸ばした。


「じゃあ何で存在してるんだ、宇宙系は?」


そう聞き返せずにはいられなかった。


「それが分からないんだよね」


ニコニコしながら頭をポリポリと搔きながらタカヒロは続けた。


「僕は音楽の普遍性について研究してるんだけど、どの言語、ジャンルでもその音楽の中に含まれる深層情報体は同じなんだ。AIに作曲させた曲も同じ深層情報体を持っている。まあ当たり前だよね、人間の曲を学習させてるんだから。ただこの論文によると宇宙系の楽曲はその深層情報体が全く異なるんだ」


難しい、頭がクラクラしてきた。息を大きく吸い脳に酸素をいきわたらせる。


「その深層情報体ってなんなんだ? 革新的な音楽理論みたいなやつか?」


「そういうわけでもないんだよね。人間が意識できない情報なんだ。うーん、例えて言うならDNAとかRNAみたいなものかな? 一口に生物と言っても色んな生態があるでしょ。人間とカマキリは全く違うけど、DNAから成り立ってることは共通してるって感じ。音楽もメロディやらコードは曲ごとに違うけど深層情報体は共通しているんだ」


タカヒロは両手で頭を抱え、さらに続けた。


「定説では深層情報体を持つ音の並びが音楽であるっていう事になってるんだけど、まさか別の深層情報体を持つ音楽が現れるなんてね……」


タカヒロはストローを嚙みながら言った。深層情報体って何か難しいけど、まああれか、音楽の力みたいなやつか、と無理やり自分を納得させる。


「でも新しい音楽が増えただけだろ? それがどうかしたのか? あ、俺のバンドを崩壊させてるわ」


タカヒロは軽く笑いながら


「えっと、ここからは僕の仮説になるんだけど、宇宙系音楽は人間の深層意識に干渉する可能性があるんだ」


「そうなのか? そもそも音楽なんて何かしら意識に影響を与えるもんだろ」


「いや、そういうレベルの話ではないんだ。宇宙系の音楽を聴くと宇宙系の音楽だけを求めるようになるんだ。うーん、宇宙系の音楽以外の今までの音楽を地球系と言おう。宇宙系の音楽は人間の意識に不可逆的な変化を起こして、もう宇宙系以外の音楽を作ることもできなければ、そもそも地球系に対する興味すら失うんじゃないかってね。ようは宇宙系の音楽を聴かないと宇宙系の音楽は作れないってことだよ」


なんだろう、鶏が先か卵が先か、ということなのだろうか。


「なんだそれ? 陰謀論かよ」


「まあ、ここ1年くらいで徐々に宇宙系の音楽が増えてきてるしねー」


確かにタカヒロの言う通り徐々に宇宙系の噂はちらほら聞くようにはなってきた気がする。コップについた水滴がテーブルに丸い形を作っている。


「考えすぎじゃねーの? ただの流行だろ」


「それならいいんだけどね」


タカヒロはまるで他人事のように答えた。


「まあ俺は絶対に宇宙系は聞かないけどな。一生憎み続けてやるし」


「ははは」


こうして久々の再開はお開きになった。

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