幕間

ある尋ね人の話

「えっと……背はこれくらいで、青い髪をしていて……」

「年はどれくらいなんですか?」

「僕と同じくらい……かな」

「……ふむ……」

 ある喫茶店に、二人の旅人がいた。

 一人は細身の青年。白いワイシャツの上に着た黒いロングコートにズボン、鋭い瞳が威圧的な雰囲気を漂わせていた。

 もう一人は小柄な少女。肩にかからないくらいの長さの金髪と、対象的な暗めの碧い瞳、そして赤を基調としたワンピースが特徴的だった。

 そして、テーブルを挟んで向かいに座るのは、背中に片手剣を背負った、大人しそうな顔をした一人の少年だった。旅の途中ではぐれた仲間を探しているらしく、特徴を二人の旅人に話していく。

「うーん……そういう人は見てないと思いますけど……何か他に特徴はありますか?」

「そうだなあ……シンデレラに似てる……って言っても分からないだろうし――」

「シンデレラ?」

 旅人の青年が、少年の言葉に反応した。

「シンデレラに似てるのか、そいつは」

「えっ……あなた、シンデレラを知ってるんですか!?」

「クルトさん、シンデレラさんって誰なんですか?」

 少女の問いに、旅人の青年――クルトが答える。

「ああ、ニーナはまだシンデレラがいる想区には行ったことがなかったか……。まあなんだ、継母や継姉から蔑まれていた少女が舞踏会で王子に見据えられて結婚して……って物語があるんだよ。その主人公の名前が灰被りのエラシンデレラなのさ。前に一度だけ想区に行ったことがある」

「へぇー……。……ん?それって、こことは別の想区の話ですよね?ということは……」

 ニーナが少年の方に顔を向ける。

「あなたも、別の想区から……?」

「旅人とは言っていましたけど、もしかしてあなたたちも……」

「ああ。ほらよ」

 クルトが自分の運命の書の適当なページを開いて見せる。そこには何も書かれていない空白のページがあった。

「お前も『空白』か」

「……ええ」

 少年が答えた。

「空白の書の持ち主なら話は早い。僕はさっき話した女の子と一緒に想区を渡り歩く旅をしていたんですが、前に立ち寄った想区ではぐれてしまったんです。僕はそのシンデレラの想区の出身だからよく分かります。そう、彼女に――シンデレラによく似た外見なんです。この想区でなくても構いません。見覚えはありませんか?」

 少年がやや口早にクルトに尋ねる。だが、返答はそっけないものだった。

「悪いがないな。今までに立ち寄った想区でも、そんな奴は見てないと思うぞ」

「そうですか……ここにもいないなんて……。仕方ない、他の想区を探してみます」

「力になれなくてごめんなさい。その仲間の人、見つかるといいですね!」

 ニーナの言葉に、少年は微笑んで返す。

「ありがとう。ずっと一緒に旅をしてきた仲間だからね。絶対に見つけてみせるよ」

 そう言いながら少年は席を立つ。

「すみません、話を聞いてもらってありがとうございました。それじゃ――」



「ちょっと待て」

 少年の背中にクルトが声をかける。

「……ええと、何か?」

「そっちの質問に答えたんだ。一つこっちの質問にも答えてくれないか」

「それは構いませんが、一体何を――」


「前に立ち寄った想区でさ、『復讐は何も生まない』とか言ってる連中がいたんだよ。どう思う?」


 その言葉に、少年は勢いよく振り向く。

「――ッ!!」

「ひっ……!」

 向けられた表情にニーナは驚く。先程までの大人しそうな雰囲気は跡形もなく、殺意を含んだ視線をクルトに向けていた。

 だが、それはすぐに元の穏やかな表情へと戻る。

「……何ですか、いきなり。どうしてそんな話を……」

「まず、ついこの間まで一緒に旅をしていた人間を探すなら、服装も説明するはずだ。特に他の想区の出身なら、服装は大きな手掛かりになる」

「それは……その……そうだ、特に特徴らしい特徴もない服装、だったので……」

 クルトの指摘に、少年は途切れ途切れに応える。

「名前は?」

「……名前?」

「その女の名前だよ。一緒に旅をしていたんなら知ってるだろ?」

「……」

 二つ目の指摘には、反論できないようだった。

「まあ、お前がどんな事情を抱えていようが知ったことじゃないからいいけどな。で、さっきの質問だ。『復讐は何も生まない』――この言葉についてどう思う?」

 クルトは少し口角を上げて少年に尋ねる。

「クルトさん……?」

 ニーナが心配そうにクルトの表情を伺っている。だが、それを気にも留めず、クルトは問いかけを続けた。

「なあに、率直な意見を聞かせてくれればいいのさ。答えてくれよ」


「……あなたもそんな綺麗ごとを信じる人間なんですか?」

 再び憎悪を剝き出しにした表情が露になる。

「知ったような口でそんなことを言って正義ぶるつもりか!!」

「まさか」

 少年の怒鳴り声に、クルトは短く答える。

「綺麗ごととも正義とも、俺は無縁な人間だ」

 そう答えるクルトの表情は、どこかつまらなさそうに、少し俯いたものだった。

 その言葉に、クルトを睨みつけていた少年の目が丸くなる。

「……あなたは……そうか、あなたも……」

 ふぅ、と息を吐いてから、少年は答えを口にし始める。

「何も生まないと言えば、確かにそうなのでしょう。過去は変えられないし、失ったものは二度と還ってこない」

 でも、と少年は続ける。

「そうやって過去のものだからとなかったかのように、忘れたかのように生きるなんて、僕にはできません。どれだけ時間がかかっても、必ずこの復讐を果たそうと思っています。そうしなければ、僕の気が済まないんです」

「それがお前のか」

「ええ。彼女を……僕の希望を奪ったあの女に、必ず罪を償わせてやります」

「……そうか」

 そう呟くクルトの表情は、ニーナには何かを懐かしんでいるかのようにも、どこか遠くを見ているようにも思えた。

「シンデレラによく似た女、か。気にするようにしておこう」

「ありがとうございます。……ええ、あの『偽物悪女』は本当に忌々しいくらいに『本物シンデレラ』によく似ていますから、見たらすぐに分かりますよ。」

「分かった」

「では、僕はこれで失礼します。機会があればまたどこかで」

 少年はそう言うとクルトたちに背を向けて歩き出した。




「よく似ている、ねえ……おそらく代役……スペアだろうな」

 少年が去った後、沈黙を破ったのはクルトだった。

「代役……ですか?」

「時々いるんだよ。想区の主要人物が死んだりしたときのために、あらかじめ用意されてる人間さ」

「ということは、あの人が探しているのは、あの人の想区にいたシンデレラさんの代役……というわけですか」

「そうなるな。その代役、本物と何かあったんだろうさ。それで想区を跨いで逃げ回ってるんだろう」

「うーん……でもクルトさん」

「何だ?」

 ニーナがどうにも納得いかないという表情でクルトに訊ねる。

「その代役の人って、当然運命を持っているんですよね?」

「そりゃそうだ。代役っていう役割を持っているわけだからな。それで、本物に何かあれば運命の書の内容が書き換えられて本物と交代するのさ」

「じゃあ……想区を出ることはできないんじゃないですか?」

 想区を隔てる沈黙の霧は、運命を持たない者――空白の書の持ち主でなければ通ることができないものだ。つまり、代役という運命をもつ者が通ることはできないはずである。

「ああ、もっともな意見だが……運命を持っていたものが、運命を失って『空白』になる……ってことも、稀にだがあるんだよ」

「えっ、そうなんですか!?」

「ああ。例えば、何かの事情で想区での役割を完全に失うと空白になることがあるらしい。他にも、運命を変えようとした奴が――」

 ここでクルトは唐突に黙った。

「クルトさん?」

「ん……ああ。まあ、何だ。とにかく、運命からの解放ってのは決して不可能じゃないってことだ。俺も詳しくは知らないがな」

 そう言いながら、クルトは席を立つ。

「さてと……そろそろ出るか」

「……はい」


「そういえばクルトさん、もう一つ訊きたいんですけど…」

 店を出た後、ニーナは隣を歩くクルトに尋ねた。

「服装や名前を言わなかったから、あの人が探している人が旅の仲間じゃないって理屈は分かるんですけど……どうして復讐の相手だってところまで分かったんですか?」

「ああ、あれか。……目だよ」

 クルトが何でもないかのように答える。

「ニーナ、旅をするうえで覚えておくといい。あれが復讐を望む人間の目だ。希望を奪われ、憎悪だけを糧に生きている人間の目だ。……見かけたら注意しろよ?どういう形で危害を加えられるか知れたもんじゃないからな」

「でもクルトさん、その目は――」

「おっと、正しいとか正しくないとかいう話はよせよ?これはそういう問題じゃないんだ。必要なことなんだよ。誰が何と言おうと、にとって必要なことなんだ」

 クルトの表情が強張る。

「それが強い意志による行動なら、どんな内容であれ尊重されるべきだと、俺は思っている」

「……クルトさん……」

「理解できないか?まあ当然だろうな。……だからまあ、これ以上は聞いてくれるな」

「……はい」

 ニーナはいつの間にか数歩距離のあいたクルトの背中についていった。

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