第7話 代役

「これであのガキを殺す狼は仕留めたわけだ」

「ああ。けどこれで『代役』が現れるんだろ?」

「その通りだ。死んだ狼に代わって、他の狼が役割を担うことになる」

「あとはそいつが俺のことを標的だと思えばいいんだが……」

「まぁ……そこは半ば賭けになるな」




 前日の夜。クルトはカリルが提案した作戦を聞いていた。

「まず1つ聞くが、マルコを食う役割をもつ狼が何かの理由で死んだらどうなる?」

「他の奴がその役目を担うことになる。舞台でいうところの『代役』だ」

「やっぱりそう上手くはいかないか……」

 そもそも狼を殺せば済む話なら、クルトがすぐにそうしていただろう。だからこの答えは想定できたものだった。

「なら……その代役は記憶は引き継ぐのか?」

 次の問いが本命だった。

「それは……どうだろうな」

 クルトは少し考えながら答える。

「代役ってのは、代わりに役を演じる者――つまり、運命の書に記載された役割を代わりに遂行する存在なんだ。代役は、この世界の神が運命の書を書き換えることで指名される。だから運命の書に書いてある情報は引き継がれるだろうが、記憶そのものは引き継がれない――というのが答えなんじゃないか」

「そうか……ならいけるかもしれない」

 カリルが自分の考えた作戦を語り始める。

「まず、マルコを襲った狼は、マルコが傷を負ったことは分かっているはずだ。もしその狼を殺して、別の狼が代役になったら、その情報も引き継がれるんじゃないか?」

「確かにそうかもしれないが、確証はないぞ?」

 クルトが少し首を傾げながら続けて問いかける。

「それに、その情報が引き継がれたとして、どうするつもりなんだ」

「俺がマルコの代わりになればいい」

 カリルが即答した。

「自己犠牲……ってわけか?」

「あいにく死ぬところまで代わりにやるつもりはない。死んだように見せかけようとは思うけどな」

 運命の流れは、『実際に何が起こったか』よりも『何が起こったと思われるか』で作られることの方が多い――クルトが言った言葉を基に考えた方法だ。狼に『自分が食い殺す運命になっている人間は死んだ』と思わせることができれば、運命の流れは維持されるのではないか。

「まず、明け方に襲ってきたあの狼――マルコを襲う運命を持った狼を殺す。そうすると、代役の狼が出てくる。そこで俺がマルコと同じ部分……腕と腹にケガをしているように見せて現れれば、代役の狼は俺がマルコだと思うだろう」

「そして自分が代わりに襲われて――そしてどうする?」

「そこである程度ケガをしておいて、上手いこと逃げるんだ。途中に血の跡をたくさん残してな」

「出血で死んだように見せかけるのか?」

「……どうだ?」

「……微妙だな」

 クルトの反応はあまり良くなかった。

「あのガキはただ死ぬわけじゃない。狼に食い殺されるんだろ?狼からしてみれば、死体になってようが噛みついてやろうと思ってしつこく捜しまわってくるかもしれんぞ?」

「……なら……そうだ、川にでも落ちたように見せかけたらどうだ?」

 カリルがさらに知恵を絞る。

「大量に血を流して川に落ちたとなったら、まず生きては帰れない。それに死体だって簡単には見つからないだろ?狼も諦めるんじゃないか?」

 更なる提案に、クルトは考え込む。

「確かにそこまですれば狼も追ってこなくなるかもしれないな……それでも確実ではないが」

「なら……万が一、これで上手くいかなかったときのための方法がある。最初に思いついた方法だ」

「二段構えってわけか。どうするんだ?」

「俺が狼に襲われて瀕死の重傷を負う。そこで、俺が死ぬ前に、あんたが狼を追い払ってくれ。そうすれば、狼がとどめを刺せなくても、死んだと思われるだろう」

「……は?」

 クルトは流石に驚愕した。死ぬつもりはないと言っておきながら口にする作戦がこれか。

「その後はどうするんだ」

「なんとか治療してくれ」

「無茶言うな。俺は医者じゃない」

「手は尽くしてくれ。それで死んだら――それまでだ。もちろんこんな方法俺だってやりたくないが、他にあいつを助ける方法がないならこれしかないと思ってる」

「……お前――」

 クルトが心底あきれ果てる。

「頭がおかしくなったか?」

「……お前もそう思うか」




「手順を確認するぞ?まず、狼を殺して代役を作らせる。そして、お前があのガキに成りすます」

「そして俺が代役の狼に出会ったら、ある程度襲われておいて傷を作る。そこで狼を追い払うのが――」

「俺の仕事、ってわけか」

 クルトが猟銃の各部を確認しながら応える。

「無茶な要求をしてくれる」

「その後、俺は川辺まで行って、上着を脱ぎ棄てる。川に落ちたように見せかけるわけだ」

「……上手くいくと思うか?」

「正直、結構自信はあるんだぜ?」

 カリルはあっさりと答える。

「万が一の時は……なんて言ったけどな、死ぬ可能性が高い手は使うわけにいかないからな」

「それはそうだ」

 即座に肯定したクルトが呟くように付け足す。

「……誰だって自分が死ぬのは嫌だろう」

「あーまあそれもあるんだけどな」

 カリルが歯切れ悪く応える。

「マルコのためでもあるんだよな、これが」

「『一緒に生き延びる』……か」

「ああ」

 カリルが小屋を出る前にマルコに言い放った言葉だ。

「すぐに代役の狼が来るはずだ。クルト、頼んだ」

「いいだろう」

 二人がたがいに背を向けて森中に視線を向けた。




「あちゃー……やっぱりこっちにも来るんですね……」

 小屋の前に立ち、近づいてくるヴィランの群れを眺めながらニーナが呟いた。

「なあ、本当にお前一人で大丈夫なのか?」

 マルコがドアから半身を出してニーナに尋ねる。

「マルコさん、隠れていてください。大丈夫ですよ。これくらいなら私一人で倒せます」

「そ、そうか……けど、結構な数だな……」

「ええ。クルトさんたちが心配です……向こうも結構な数のヴィランがいるんでしょうか……」

「……」

 マルコはドアを閉め、ニーナに言われた通り小屋の中へと戻った。

「さてと……周りを囲むように襲ってこないのが幸いですね。皆私の方に集中してます」

 自分の背後にあるドアから小屋の中に入り、マルコを狼のもとへ連れ出すつもりなのだろう――そんな風にニーナは考えた。

「さあ、ここから先は通しませんよ!かかってきなさい!」

 ニーナの声に触発されたのか、ヴィランが一斉に襲い掛かった――。




「クルト、いたぞ!」

 カリルが小さな声で耳打ちした。

 一匹の狼がこちらをじっと見つめていた。一時も目を離すことなく、一歩一歩近づいてくる。

「よし。俺は側に隠れている。お前がある程度怪我を負ったら猟銃で追い払う」

「頼んだ」

 クルトは少し離れた草むらの中に身を隠した。

「来い!狼め!」

 カリルが身構える。いくら狼に襲われるのが作戦とはいえ致命傷を負うわけにはいかない。急所は守れるように備えた。

「さて、あとはあの狼が代役で、あいつが獲物だと勘違いしてくれればいいが――ん?」

 クルトは周囲を見渡した。風とは違う動きであたりの叢が揺れている。

「……カリル、お前は狼の相手だけしろ!だが手短に頼むぞ!」

「ヴィランか!?」

「ああ。少しの間なら時間稼ぎくらいできるが、なるべく早く済ませてくれ!!」

 クルトが猟銃を草陰に撃ち込んだ。

「クルァ――!!」

 異形の怪物、ヴィランの鳴き声が短く響く。

「もう嗅ぎつけてきやがった。……こういうときは手が早いな、心底反吐が出る」

 クルトがひどく不機嫌な様子で呟く。その間にも、叢から現れたヴィランが近づいてくる。

「クルルル……」

「クルルル……」

「……こいつら……」

 ヴィランがクルトとカリルの間に割って入る。銃の斜線を遮るように立ちはだかり、クルトと向かい合っていた。

「クルト!狼が来やがった!」

 ヴィランと示し合わせたように狼がカリルに向かって突進してくる。

「そうかい……とことん邪魔する気だな」

 クルトが銃を背負い両手にナイフを持つ。

「ふざけやがって――蹴散らしてやる」

 そう呟くと即座にヴィランの懐へと飛び込んでいった。




「はあっ!」

 ニーナの拳がヴィランに打ち込まれる。

「でやあっ!!」

 もう片方の拳が別のヴィランの顔面へめり込む。二匹のヴィランは耐えることもできずに黒い霧になって消えた。

「……ふう。どれだけいるんですかね?」

 クルトたちが戦い始めたのと同じ頃、ニーナはすでに10分ほど戦っていた。ヴィラン一匹一匹は一発殴るだけで霧散するが、大勢が絶えることなく襲いかかってくるため、さすがに疲労が溜まり始めていた。

「なあ、大丈夫なのか」

 扉越しにマルコが尋ねる。

「大丈夫ですよ!相手は弱いので!そっちこそヴィランが入ってきたりしてませんか?」

「あ、ああ……それは大丈夫だ」

「……それにしても、どうしてこう弱いヴィランばかりけしかけるんですかね?」

 答えられる者もいないが、ニーナが呟く。

「まあ、今のところ壁や窓を壊して小屋に入ろうとしてくるわけでもないからいいんですけど……」

 そう言いながら、ニーナは疑問に思う。このヴィランたちの狙いは何なのだろうか。マルコを狼のところへ連れ去るつもりなら、窓を割るでも壁を破るでもして小屋へ押し入ればよいではないか。それを何故、礼儀正しくニーナが守る扉から入ろうとしているのか。

「……時間稼ぎ……?」

 一つの予想が頭をよぎる。

「マルコさん!もしカリルさんたちのところへ急いで行くとしたら、どれくらいかかりますか?」

「そうだな……ここから川辺へ向かったんだろ?だいたい10分くらいじゃないか?」

「分かりました!それくらいならこっちを片付けてからでも何とかなりますかね……」

「何だよ、カリルに何かあったのか?」

「うーん……多分大丈夫です。クルトさんも一緒にいますし、狼くらいなら十分対処できるでしょうから――」

「――何?」

 その声とともに扉が開く。

「なあ。あいつ、何しようとしてるんだ?」

「マルコさん……?駄目ですよ、中に入っててください」

「俺はアイツが具体的に何するかまでは聞かされてない。何をするつもりなんだ?」

 マルコがニーナの背中に向かって詰問する。

「……大丈夫ですよ。必ず無事に帰ってきます」

「……」

 その言葉を聞いて、マルコは扉を閉め、中へと戻った。

――やっぱりマルコさんには作戦のことを伝えないで正解でしたね。正直に伝えたら何を言うか分かりませんし――

「さて、もう一仕事しますか」

 旅人たちの戦いは、まだ終わりそうにはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る