第4話 意志
「……撒いたか……?」
「はぁ……はぁ……何とか……な……」
「もう大丈夫です。『ヴィラン』の気配はありません」
息一つ切らさずにニーナが答えた。
四人は森のさらに奥にあった別の小屋へと逃げ込んでいた。追っ手はカリルやニーナが対処し、どうにかここまで来ることが出来ていた。
――あの化け物相手に平然と対抗するなんて……こいつら一体何者なんだ?――
カリルの疑問よりも先に、マルコが口をはさんだ。
「おい、旅人……あの化け物どもは一体何なんだ……?」
マルコがクルトに尋ねる。
「それを知ってどうする?お前が知ったところで何にもならんぞ」
クルトは即座に拒絶する。
「待て、それなら俺も知りたい。あいつらは何なんだ?」
カリルに問われてはじめて、クルトは説明を始めた。
「そう……だな……休憩がてら説明するか……。まずあいつらは『ヴィラン』という。俺が説明した、運命を変えようとすると働く力――それを物理的に振るう化け物だ」
「俺がマルコを生かそうとしたから、マルコを殺しに来た、ってことか?」
「まあそうなる。この世界の神様はな、運命の書の通りに事が進まないことをひどく嫌うんだよ。だから、運命の書の内容を変えられそうになると、その流れを矯正するためにあいつらを遣わすんだよ。運命に逆らうことはできない、ってのはこういうことなのさ」
「だが、運命の流れ――筋書きを変えなければ運命を変えることはできるんだろう?そう言ってたじゃないか」
「そこなんだが……おいカリル」
クルトは改めてカリルに向き直った。
「お前――本当に村人たちを騙せたんだよな?」
「そのはずだ……皆マルコが死んだと思っていた」
「だとすると……どこか別の部分で運命の流れを変えちまったのか……?」
そう呟いて今度はマルコへ顔を向ける。
「おいガキ、お前の運命の書には、どんな死に方が書かれているんだ?」
「ガキじゃない、マルコだ。……狼に喰い殺されるんだよ。狼が来たと言っても誰も来ちゃくれない。誰にも知られない内に狼に喰い殺されて、それでおしまいさ」
それを聞いてクルトは考え始める。
「なら死ぬところを誰も見ていないのか……ならただ単に『狼少年が死んだ』と村人が思い込めば流れは変わらないと思ったんだがな」
「まさか……マルコが死ぬことを回避したこと自体が駄目……なんてことはないか……?」
「おそらくそれはないだろう。運命の流れってのは、『実際に何が起こったか』というよりも『何が起こったと思われるか』で作られることの方が多いんだ。こいつの実際の生き死により、死んだと思われることの方が重要なのさ」
「なら、村人たちを騙せている以上、運命の流れは変わってないんだろ?」
「そのはずなんだが……。実はお前の言ったことを信じていない村人がいるか、それとは別のところで流れが変わっているか、だな。まあ今ここで考えても分からないか……」
クルトは荷物から寝袋を取り出した。
「今日はもう遅い。詳しいことは明日になってから調べるぞ」
「分かりました」
「まあ、仕方ないか」
「……フン」
「ただ、ヴィランが来ないか見張りがいる。俺、ニーナ、そしてカリル。3人のうち2人起きて見張りをする。一時間ごとに交代だ」
「分かった。……マルコ、お前はひとまず休んでろ。傷も完治してないだろ?」
「……ああ」
考えもまとまらないまま、4人は寝床と見張りの用意を始めたのだった。
「カリルさん、交代です」
「ん…ああ、分かった」
「ではクルトさん、少し休ませてもらいますね」
「ああ」
その晩、クルトたちは小屋の外でヴィランが来ないか交代で見張りをしていた。先程まで見張りに立っていたニーナがカリルと交代する。
「……なあ、クルト。1つ訊いてもいいか?」
「どうした」
「……あんたはどうして俺たちに手を貸してくれるんだ?あんたの運命の書には、『狼に食べられそうになった少年を助ける』なんて書かれていないはずだ。あいつは誰にも助けられずに死ぬはずだったんだから」
「……これを見ろ」
クルトは自分の運命の書を差し出した。
「運命の書……?だが、他人の運命の書は読めないだろ――」
「『読め』とは言ってない。開いてみろ」
そう言われ、カリルはクルトの運命の書を開いた。
「――これは――」
「そういうことだ」
そこには何も書かれていなかった。運命がないということなのか。そんな人間が存在するのか。様々な疑問が浮かび上がり、カリルは言葉が出なかった。
「俺には運命なんて与えられてないんだよ。だからやりたいようにやる。勿論、俺のやることは他の連中の運命の書には書かれていない。俺は筋書きにない、存在しないはずの部外者なのさ」
「……そんな人間が存在するのか……?」
「現にこうしてここにいる」
クルトは鼻で笑いながら答えた。
「あの娘もそうなのか?その……運命がない……っていうのか」
「……まあ、そうだな。誰が呼び始めたのか知らないが、この白紙の本は『空白の書』と呼ばれている」
「空白の書……」
「他の連中から白い目で見られるのは不便だがな、俺は結構気に入ってるぜ。気にいらないことには自分の意志で立ち向かうことができるからな」
「立ち向かう……か」
自分が考えたこともない発想だった。マルコもそうなのだろうか。生まれながらにして狼に喰い殺される運命を持ちながら、それに逆らうことなく従うつもりだったのか。
「……というか、お前の質問はむしろこっちのセリフだ。お前こそどうして運命の書に逆らってあいつを助けたんだ?」
「……それは……」
初めにクルトたちに出会ったときにも訊かれた質問だ。その答えは未だにはっきりとしなかった。
「何というか……うまく説明できるか分からないんだが……」
「構わん。聞かせてくれ」
「……最初はさ、村に散々迷惑かける嘘つきなんか、死んで当然だと思ってたんだよ。運命の書の内容にも、何も感じなかったんだ」
当然の報い――自業自得――罰――そんな言葉で片付くことだと思っていた。
カリルは一つ一つ整理しながら語っていく。
「だけど、マルコが狼に食われる日に、な。気まぐれであいつの様子を見に行ったんだよ……」
「……それで?」
「狼に噛みつかれててさ……倒れてて……血も流してさ……」
その時の光景を思い出す。まだはっきりと覚えていた。
「痛がってた」
「……」
「当たり前なんだけどさ……めちゃくちゃ痛がってたんだよ。嘘なんかじゃねえ、本気で痛がってたんだ。それを見たらさ、今までにあいつがやったこととか、狼に食われるのが天罰だと思ってたこととか、全部どうでもよくなっちまってさ……」
「……その時になって初めて助けようと思えたわけか」
「ああ」
だけど、とカリルは続ける。
「これって正しいのかな……?」
「運命の書に逆らうことがか?」
「それもあるけど……いや、もうそっちはいいや。それより……」
カリルは考え始める。嘘つきが罰せられる。報いを受ける。その結果として命を落とす――。自分は今まで当然だと思っていたことに疑問をもっていた。
「変なこと言うんだけどさ、報い……って言うのかな、罰というかさ、悪いことをしたらその分苦しむ、みたいな……まるでこの世のルールみたいに言われてるけど、それって正しいのか、って思っちまったんだよ」
「大抵の人間はそれが正しいと言いそうなもんだがな」
「全くだ」
自分でも言っていることの意味がよく分からなくなり、カリルはため息をつく。
「なあ、クルト。俺のやってることは間違っているのか?」
「俺に訊いてどうする」
「……?」
「例えば俺が『お前のやっていることは間違っている。運命を受け入れろ』とでも言ったらあのガキを見捨てるのか?」
「それは……」
「俺や、他の人間がどう考えるかなんてものは些細なことだ。気にする必要はない。重要なのは、お前がどう思うかだ、カリル。お前は自分がやっていることが正しいと思うのか?」
「……駄目だ。やっぱりよく分からねえ。けど――」
カリルは今までよりは迷いのない顔でクルトに向き直った。
「今更あいつを見捨てるつもりだけはねえよ」
その答えを聞いて、クルトは微かに笑みを浮かべた。
「そうか。お前がそう思うんならそれでいい」
それ以降、二人は特に会話をすることなく周囲の警戒に努めていた。
「明るくなってきたな。さて、これからどうするか――」
明け方、そろそろ交代をしようかという頃になって、クルトは異変に気づいた。
「おいカリル……カリル!!」
「ん……ああ、悪い。うたた寝してた。どうした?」
「何か聞こえないか?唸り声みたいだ」
「……あの化け物……ヴィランか?」
カリルが立ち上がり猟銃を構える。あたりを見渡すと、揺れる草むらが目に入った。
「そこか!」
猟銃を向けたが、現れたのは頭に傷のある一匹の狼だった。
「……なんだ、狼か。散々仕留めてきてるからな、一匹くらいなら俺一人で……」
「待て」
引き金を引こうとするカリルをクルトが止めた。
「お前はいい。それよりニーナを起こしてきてくれ」
「何でだよ?狼くらいなら俺だって……」
「その後ろだ」
「後ろ?何言って……っ!!」
クルトが指した方向を見て驚愕する。狼の後ろ、未だに揺れ続ける草むらから現れたのは数匹のヴィランだった。
「分かった。すぐあの娘を呼んでくる」
「頼んだぞ、俺はその間の時間をかせぐ」
クルトが二本の短剣を構える。
「狼まで繰り出してくるとは……それだけ本気ってことか?」
そういう間にも、ヴィランが飛びかかってきた。
後ろには下がらず、横に避ける。すれすれのところで避けているように見える動きだが、クルトにとっては計算づくだった。ヴィランがクルトに向き直る暇も与えないうちに、短剣を首元に刺し込んだ。
「雑魚が」
ヴィランが霧となって消える。そんな様子には目もくれず、他のヴィランに突っ込んだ。
「……?」
何かが変だ、とクルトは思う。ヴィランの相手は慣れている。それは問題ない。だが、一緒になって現れた一匹の狼はただじっとこちらを睨むばかりで一歩も近づいてはこなかった。
「……まさか」
クルトが狼に向かって駆け出す。すると狼は距離をとるように後ずさり、数匹のヴィランが割って入った。
「……そうか……これは……」
「クルトさん!」
背後からの声に振り向く。ニーナだ。
「来ましたね!」
「……ああ」
「これくらいの数なら十分向かい打てますね」
「……すまないニーナ、失敗した」
「……へ?」
「あの狼少年を助けるのは……おそらく無理だ」
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