第3話 運命
翌日。
マルコが死んだと村人に思わせるために、二人の旅人とカリルは準備をしていた。
クルトは早くからカリルの猟銃を借りて森へ入っていった。
ニーナとカリルはマルコの手当てをしながら、クルトから指示を受けてマルコが元々着ていた衣服に裂け目を入れたり泥をつけたりしていた。
作業をしながら、ニーナはカリルに話しかけた。
「私たちは、あちこちを旅しながら、時々困っている人を助けているんです」
「人助けの旅か?君はともかく、あのクルトという男も人助けなんてするのか?」
「うーん……カリルさんの言いたいことは分かります……。クルトさんは何というか……独特な考え方の人ですから……」
「独特、というのか?あれは……」
昨日のことを思い出す。
自分に手を貸すと言ってはいたが、一番の当事者であるマルコについてはどうでもいいと吐き捨てた男だ。確かに人助けをしているのかもしれないが、その言動はちぐはぐに思えた。
「本当は優しい人なんですよ、クルトさんは。ただ、運命の書がものすごく嫌いだから、それに従う人のこともあまりよく思ってないだけで」
「……運命の書か……」
ふと自分のベルトに下げている一冊の本を見つめる。物心ついた時にはすでに持っていたこれは、一体誰が何のためにつくったのだろうか。
そして、何故自分は今になってこれに逆らおうとしているのか。
――いや、そうじゃないな――
何故自分は今までこれに従っていたのだろうか。
「あっ、クルトさんです!」
ニーナが指した方角を見ると、クルトが何かを背負ってこちらへ向かってきた。
「とってきたぞ。久しぶりだったから随分手こずったがな」
「朝からどこに行って――おい、それは……」
「ああ。これがあれば多分上手くいく」
昼に小屋に顔を出したクルトは、背負っていた猪を下ろした。猪といっても、まだ小さいもので、半身を切り落としてから連れてきていた。
「この『
「……ソウク……?」
「……あー……まあ、世界、みたいな意味だ」
「……?そうか。それで、その猪はどうするんだ?」
「こいつをあの狼少年の身代わりにする」
「狼少年……マルコのことか。……いや、冗談だよな?」
「白雪姫――ですね」
「そうだ」
「しらゆきひめ……?」
「昔立ち寄った国で、同じ手を使ってた人間がいたのさ」
そう言いながら、クルトは猪の内臓を取り出した。
「こいつとその服を合わせて村人のところに持っていくんだ。そして――」
「こんなんで上手くいくのかねえ……」
カリルは一人、小さな荷物を持って村へ向かっていた。
歩きながら、クルトの言葉を思い出す――。
「まず厳密に言えば、運命の書の内容に従わずに生きることは、できないわけではない。要はこの世界の筋書きを崩さなければいい」
「筋書き?」
「ああ。この世界の住人は、誰もが運命の書を持っている。その中に、英雄やお姫様なんてのもいるし、そいつに敵対する立場の人間もいる。全て運命の書に記されていることだ」
クルトが一つ一つ整理しながら説明を始める。
「全体を見ると、色んな運命の書の内容が組み合わさった筋書き、流れみたいなものがあるんだよ。それは、悪役を倒す英雄の冒険譚だったり、平民の少女がお姫様になるまでのラブストーリーだったりする」
「その筋書きを壊さない範囲なら、運命の書に逆らうことができる……ってことか」
「ああ。この村あたりの筋書き……『狼少年の話』とでも呼ぶか。狼が来たと嘘をつき続けた少年が、最終的には村人の信用を失い、狼に襲われても誰にも助けてもらえず食われて死んでしまう……。嘘をつくのはやめましょう、なんて話なんだろうよ」
それだけの――。
それだけのために、マルコは狼に喰い殺されなければならないのだろうか。
いや、嘘をついて人々を困らせていた人間が報いを受ける。ただそれだけの話か。
「なら、マルコが狼に食い殺されなかったとしても、村の連中が『マルコは死んだ。嘘つきが報いを受けた』と思えば、筋書きは維持できるのか」
「その通りだ」
クルトはカリルに、猪の肝臓とカリルたちが作ったぼろぼろの布切れを合わせて布で包んだ。
「ほらよ。これを村人のところへ持っていくんだ。そしてこう言いな――」
「……やってみるしかないか」
そう呟きながら、カリルは村へ入っていった。
「おおカリル!どこへ行っていたんだ!」
「なあお前、あの嘘つきをどこかで見なかったか?」
「俺の運命の書には、死んだあいつを見つけるって書いてあるんだが……」
村人たちが口々にカリルに声をかける。
――こいつらは、マルコが死ぬのを当然のことだと思っているのか――
運命の書に書いてあるのだから、当然と言えば当然なのだが、カリルは何かがひっかかった。
「……あいつなら、ついさっき見つけたよ」
「本当か!?」
「どこにいた?死んでたか!?」
――こいつら……――
カリルはかすか腹を立てた。人が死ぬことの何にそんなに興味があるというのか。だが、今は腹を立てている場合ではない。クルトからの指示通り、筋書きを修正しなくてはならない。
マルコは死んだ。狼に喰い殺された。嘘つきは死んだ。自分たちを困らせた報いを受けた。
この世界の住人に、そう思わせなければならない。
「……ほらよ。これだ」
「……へ?」
カリルが目の前に掲げた包みをほどいていく。
「俺が見つけたときは既に狼に喰い散らかされた後だったが……」
「お、おい……カリル?何言って……」
猪の肝臓と、ぼろぼろの布切れが姿を現した。
「これがあの嘘つき野郎だったものだ」
村人たちが一斉に言葉を失う。
――さすがに一部とはいえ死者を目にしたとなれば、驚きもするか――
「なら、これで運命の書の通りだな」
「……何?」
「安心したぜ。運命の書の通りにならなかったことなんて今までなかったからな」
「今まで嘘をついて俺たちを困らせていた奴が死んだ。うん、運命の書の通りになった」
――何だこいつらは――
「これで明日からまた運命の書の通りに生きていけるな」
「だな。これで一件落着だ」
「お、おい……待てよ」
――こいつらは――
「人一人死んだんだぞ……?お前ら何とも思わないのか……?」
「何ともって……何だよ?」
「お前の運命の書には、どう思うとか何とか……何か書いてあったのか?」
「――!!」
――こいつらは、運命の書に従うことにしか頭にないのか……?――
「……いや、何でもない……。悪い、少し用事があるんでな。俺はもう行くよ」
カリルは吐き出しかけた言葉を抑えて、その場を立ち去った。
「……気持ち悪い連中だ……くそっ」
役目を終えたカリルは森の中を小屋に向かって歩いていた。
「だが、これでマルコは助かるんだよな……」
マルコは死んだと村の連中に信じ込ませた。これで筋書き通りだろう。後はマルコに村人の目につかないところで静かに暮らしてもらえばいい。何ならたまには自分が会いに行ってもいい。せっかく命を助けたのだ。どうせなら長生きしてもらいたい。
そんなことを考えながら歩いていて、カリルはふと思い出した。
――運命に逆らおうとすれば、それを抑えようとする力が働く――
クルトが言っていたことだ。しかし、村人たちを騙し、『筋書き』を維持した以上、その力とやらは働かないはずだ。
「結局、何のことだったんだろうな…?」
その意味は分からずじまいだったが、ともかくこれで解決したのだ。気にすることもないだろう。
そう思っていた矢先だった。
「……何だ?あれ……」
草陰に何かが動くのが見えた。
普段なら猪や狼だと思うところだが、明らかに違う。
猪も狼も、二足で歩かないし、こんなに黒い容姿でもない。
「クルルルルル……」
「――っ!?」
目の前に現れたのは、見たことのない化け物だった。
「うわあっ!!」
カリルは慌てて後ろへ下がる。だが、化け物たちはカリルには目もくれずに歩いていった。
「なんなんだ?あいつらは……?」
去っていく化け物に安堵しながらも、カリルはその場を動けずにいた。
――何かおかしなことになっているらしい。早めにマルコのところへ戻ろう――
そう思い歩みを進めて気が付く。
化け物が進んだ方向、自分がいる位置とは違った方向にあるもの――
クルトが言っていた、運命の変化を抑えようとする力――
「あいつら……まさか!!」
カリルはとっさに駆け出した。
マルコたちがいる小屋について目の当たりにしたのは、小屋に群がる十数匹ほどの化け物だった。
「戻ってきたか!!」
小屋の前にクルトが立ちふさがっていた。両手に短剣を握り、カリルに声をかけながらも視線は化け物から離さなかった。
「お前、しくじったのか?」
「何!?」
「村人たちを騙せなかったのか?」
運命の流れを維持することができなかったのではないか――そんなことはないはずだ。村人たちはマルコが死んだものと思い込んでいたはずだった。
「そんなはずはない。確かに村人たちはマルコが死んだと思っている!」
「全員がか?誰かに疑いをもたれているんじゃないか?もしくはお前、誰かに跡をつけられたりしてないだろうな……?っ!!」
そう言った矢先、化け物がクルトに襲い掛かった。
「話の途中だ、失せろ!」
化け物が振るった腕をよけ、頭部に短剣を刺し込む。
「クルァァァァ!!」
化け物は黒い霧のようになって消えた。
「ひとまずここから離れるぞ。逃げ道だが……」
「クルトさん!!」
少女の声が飛び込んできた。
「こっちの方には『ヴィラン』はいません!!それに別の小屋がありました!!」
化け物たちの背後からクルトとともにいた少女、ニーナが現れる。
「でかした、ニーナ。おいカリル、入り口を守れ。それができなければ囮になっておけ。20秒でいい。その間に俺はあのガキを引きずりだしてくる」
「なっ、おい!」
カリルの返事も聞かないうちにクルトは小屋へと身をひるがえした。
「くそっ……おい!化け物ども!俺が相手だ!」
カリルは小屋に向かおうとする化け物に背後から猟銃を撃ち込んだ。
「クルゥ――」
頭部に銃弾を受けた化け物が倒れる。それと同時に他の化け物がカリルに目線を向けた。
「くそっ、何なんだよこいつらは……!」
すぐさま得物を狩猟に使っているナイフに持ち替える。
「クルァァ!!」
二匹同時に向かってくる。一匹の腕をナイフで受け止めた。
その瞬間――
「がっ――」
もう一匹の繰り出した腕が肩に当たる。
「くそっ……」
やられる――そう思った矢先――
「でやあぁっ!!」
化け物の側頭部にニーナの拳が叩き込まれていた。
「クルァ――」
「やぁっ!!」
化け物がよろめいた瞬間、今度は、回し蹴りが腹部にめり込む。
「クァァァァ――」
化け物が霧散する。その間にもニーナは他の化け物に向かって拳を振るっていた。
「何なんだ――あの子は――」
そう言った矢先、クルトの声が届いた。
「待たせた、行くぞ!」
マルコを肩に担いだクルトが小屋から出てくる。そして、ニーナが言っていた方角へ走り出した。
「ニーナ、前の雑魚は任せる。おいカリル、お前は後ろだ。追ってくるやつがいたら追い払え」
「はい、これくらいなら素手でも何とかなります!」
そう応える間に、ニーナはクルトの前方に立ちふさがる化け物を蹴散らしている。
「ぼさっとするな!こいつを助けたいんだろ!?」
「――!!あ、ああ!!」
状況を飲み込めぬまま、カリルもクルトたちの後を追った。
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