第23話 クソレビュアーと美少女作家②(下)

 綾上からA4サイズの見開き150ページ程度の原稿を受け取る。


 文章量的には、文庫本一冊程度、といったところだろうか。

 ただの紙の束なのに、それからはズシリとした重みを感じた。


 綾上の真剣な視線を感じつつ。


 俺はその原稿を読み進めることにした。







 ――主人公の少女は、新人作家だ。

 処女作が好きなレーベルで受賞し、本を出版することになる。


 そんな幸せ絶頂だった彼女は、突如絶望に叩き落される。


 自著をぼろくそに叩くレビューを見てしまうのだ。

 

 初めて自著を批判された主人公は、困惑する。


 何がいけなかったのか。

 どうして受け入れられなかったのか。

 

 悩んで苦しんで、その答えを探して批評を見続け――。


 そして、その答えを見つける。

 

 それは、世間からクソレビュアーとして叩かれる投稿者のレビューだった。

 一見、ただぼろくそに叩いているだけのその感想だったが、目を逸らしたくなる気持ちを我慢して読み進めると、意外なほどに主人公の作品を読み込んでいるのが分かる。


 主人公の少女は、そのレビューを何度も読み返すうちに。

 そのレビュアーに対して深い興味をもつことになる。




 その後、奇跡的に出会うこととなる主人公とレビュアー。

 なんと、そのレビュアーは主人公のクラスメイトの少年だった。



 主人公はその運命に感激し、自らの気持ちが高ぶり。

 思わず、少年に告白をしたのだ。


 そして、告白を受けた少年は――

 主人公に対してプロポーズを行った。

 

 こうして、二人は生涯を誓うことになる――












「なんでだよ……」



 俺は、あまりの急展開に思わず突っ込んでいたが、続きを読み進めていく。


 その後。

 しばらくの間、主人公の少女とクソレビュアーの少年がひたすらイチャイチャするだけの話となる。


 そうして、最終的には次回作を書き上げた主人公の小説が、世間から認められて爆発的なヒットを記録し――。


 二人は学生結婚をして、物語は終了した。







 頭がおかしくなりそうだった。


 ……だって、これさ。


「あのさ、これって……」


 俺は恥ずかしさを堪えて、綾上を見る。


「……どう、だったかな?」


 おずおずと言った様子で、綾上は尋ねてきた。

 


 緊張した面持ち。

 手はスカートのすそを固く握りしめている。


 その様子を見てから、先ほど言いそうになった言葉を飲み込む。

 そして、俺は頭の中を整理しつつ、大きく息を吐きだした。

 

 そうして、ゆっくりと口を開く。


「……主人公に対して、全く感情移入ができない。なんで主人公が、こんな人の小説を叩くことだけが生きがいの根暗クズを好きになったのか、理解に苦しむ。その上、中盤のイチャラブに起伏がないから、読んでいて飽きる。続きが全く気にならない」


 綾上が、無言になった。

 作者の心を抉るような、批評の言葉。



 もしも綾上が俺の彼女であったなら。

 俺は、恋人にこんな辛そうな表情をさせたくないから、きっと有耶無耶な答えしか言えなかった。



 だけど、今の俺たちは恋人同士ではないのだ。



 彼女の表情が硬く強張るのを理解しつつも、俺は批評を続ける。


「とってつけたようなハッピーエンドも、心底拍子抜けだ。そこに至る過程こそ、もっと詳細に描写するべきだろう。なのに、この作品にはそれがない。だから……」




 沈痛な面持ちの綾上に、俺は一拍置いてから、伝える。




「だから。この作品は、つまらない」



 レビュアーとしての矜持を失わないために。

 そして、創作を続けたいと叫んだ綾上の覚悟に応えるために。


 俺は、そう断言した。


 俺の言葉を聞いた綾上はというと……





「う、うぅ……」





 俯いて、小さなうめき声をあげている。

 その目元からは、またしても涙が零れ落ちていた。


 作者にとって、作品とは、自分が創りあげた分身のような存在と、聞いたことがある。

 ならば、その魂を分け与えた分身が、ぼろくそに叩かれるのは――

 憚ることなく涙を流すほどに、辛いのだろう。



 だとしても、俺は綾上の書いた小説を叩いた。

 だが――伝えたいことは、まだあった。


 ……彼女が一生懸命にこの作品を書いたというのが、伝わってくるのだ。

 彼女がこの原稿に、自分の気持ちをぶつけたのが、痛いほどわかる。


 読者(おれ)に、その熱は確かに届いたのだ。

 

 そして。

 きっと、これを読んで楽しい気分になる人がいるのも、予想ができた。

 話の入りこそ暗いものの、底抜けに明るく楽しい小説だ。きっと、綾上はそう言った話を書こうとしたのだろう。

 そういう話が好きな人は、一定数いることだろう。


 だから、綾上が読者のことを考えて。 

 読者のことを楽しませようと書いたことが。


 十分に、伝わっていた。


 だからだろう。


 

 俺(クソレビュアー)らしくもなく、こんなことを言ったのは。


「でも、まぁ……綾上の『好き』と、読者に伝えたい『テーマ』は、ちゃんと伝わった」


 その一点に関しては、文句なしだった。

 キャラクターが生き生きとしていたおかげで、クソみたいなストーリーでも最後まで読み進めることができた。


 さっきは言わなかったが、明らかに。

 ……そのキャラクター達にかなり心当たりのあるモチーフがいるのが……ほんと、恥ずかしいんだけど。


「俺はこの作品をつまらないって思ったけど。この作品を読んで、『面白い』っていう読者がいそうだと思うし、そういう読者の気持ちも一応わかる。……って、とってつけたフォローはしておく」


 俺はそう言ってから、原稿を机の上に置いた。

 そして、綾上の反応を伺う。


 俺のフォローを聞いた後も、彼女は俯いたままだったが……。




「悔しい、……悔しいっ」




 そう呟いてから、彼女は顔を上げる。




「この作品は、自信作だったのに! 絶対、君に面白いって言わせたかったのに、また……またつまらないって言われたっ。……悔しい、悔しいよっ!」





 そして、憚ることなく。

 彼女は大声を上げて涙を流した。






「フォローなんていらないよ。次は、絶対に。……絶対に、君に面白いって言わせる。絶対に、私の作品を認めてもらう。だから……だからっ!」







 せっかくの綺麗な顔が、涙と鼻水でくしゃくしゃになっていた。

 でも、そんなことお構いなく、綾上は俺に向かって、宣言する。








「また、次(・)の作品も読んでください!」









 とめどなく、涙は流れていく。

 辛そうで、苦しそうな表情だ。

 

 だとしても、今の綾上には、もう迷いはない。


 彼女がそんな風に前を向けたことが。

 俺は、心底嬉しかった。



 すぐに挫けてしまう彼女の弱さと。

 それでももう一度立ち上がる彼女の強さを。


 









 俺は、どうしようもなく――愛おしいと思った。














「……実は、この作品。あとがきもあるんです」


「……は?」


 あの後、綾上はしばらくの間泣き続けていた。

 そしてようやく泣き止んだと思えば、意味の分からないことをどこか清々しい表情で言ってきたのだ……。


「ぜひ、読んでください」


 そう続けて、一枚のA4用紙を差し出してくる綾上。


 いや、あとがきて……。


 ここまで読んで制作秘話や近況報告とかされても、正直うっとおしいだけだ。

 ていうか、目の前に作者のいる状態で読むあとがきって……どういうことだよ、気まずくないか? 


 俺はそれを受け取るのを拒みたかったが、キラキラと瞳を輝かせている綾上の眼力に、負けてしまう。


「しょうがないな……」


 俺はそう呟いて、綾上から裏返しのままのA4用紙を受け取った。


「ありがとっ! 読んでください!」


 嬉しそうに言う綾上の表情を見て、これでくだらないことが書かれていたら、結構本気で叩いてやろうと決意して、あとがきを、読むことにした。





あとがき



 ここまで読んでくれた君のことが。

 私はやっぱり、大好きです♡














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