第22話 クソレビュアーと美少女作家②(上)

 それから、しばらくの間。

 俺と鈴は、学校でもお互いにあまり話をすることがなくなっていた。


 それを見た小川や原田といったクラスメイトには、少し心配をかけてしまったようだ。


 だけど、今の俺にできることは、鈴が答えを出すまで、待ってあげることだけ。


 だから、俺は待ち続けたのだった――。

 

 ☆


 そして、あの動物園デートから、2週間ほどが経った放課後。


 今日も、鈴とは進展がなかったな、と思いつつ席を立って帰ろうとしたところ。


 ポン、と机上にメモ帳が置かれた。


 それを置いたのは、他でもない鈴。

 俺が視線を向けると――立ち上がってから、教室を出ていった。


 なんだろうか? 

 そう思いつつ、久しぶりのメモを使っての伝言に、懐かしさを覚え、そして開く。


 中には、可愛らしい文字で、一言だけ書かれていた。













『今から、図書準備室に来てほしいです』














 それを見て、俺は今どんな感情を抱いているのだろうか?

 

 不安か、期待か、それとも……。

 自分自身、それは分からない。


 ……ただ、覚悟を決める。

 そして、鈴の待つ、図書準備室へと向かうことにした。





「お待たせ」


「ううん、そんなに待ってないよ。教室を出る時間はほとんど同じだったと思うし、この部屋を開けたばかりのとこだから」


 2週間ぶりの、まともな会話。

 構えることなく、自然と話せていることが、俺は嬉しかった。


 図書準備室の中。

 もちろん、俺と鈴以外には誰もいない。

 少し前まで、いつも昼ご飯はこの場所で、二人で食べていた。

 

 それが、今はすごく懐かしく思える。


 自然と、お互いに机を挟んで向かい合い座る。


 しばしの間、どちらも何も話さないまま時間が過ぎるが――。


「私、今日までずっと、考えてたよ」


 鈴が、俺をまっすぐに見つめて言う。


「君とのデート。本当に、すっごく楽しかった。とっても幸せだった。この気持ちに偽りはないよ。……綾上鈴にとって、本部読幸(もとべよみゆき)君が、全部なんだって。絶対の自信を持って言えるの。……大好きだよ」


 俺は、鈴を見る。

 頬を赤く染めて、幸せそうに言う彼女に、俺は――


「なら、小説はもう良いのか? ……諦められるのか?」


 そう、問いかけた。

 いくら、恋人として嬉しいことを言われたとしても。


 作家としての折り合いを付けられぬまま、彼女が迷いを捨てられずに、辛い表情をし続けるのは――嫌だったから。


 俺の言葉に対し、鈴は真剣な表情になる。


 そして、何かを言い出そうとして、言葉に詰まり、俯き、肩を震わせる。

 鈴が何を言おうとしているのか、それはまだわからない。


 だけど――何かを言おうとしているのは、分かる。


「大丈夫。俺は、鈴の考えたこと、決めたことを。ちゃんと、応援する」


 俺の言葉に、鈴は顔を上げた。

 そして、どこか縋るようにこちらを見てから、訥々と語り始めた。


「私にとって――『綾上鈴』っていう女の子にとって。君は間違いなく私の全部。だけど、『三鈴彩花』っていう作家にとって、『もとべぇ』は――」


 そこで、大きく息を吐く。

 そうしてから、ゆっくりと告げた。


「『もとべぇ』は一番尊敬する読者で。……一番見返したい読者なの」


 苦しそうに、辛そうに、……それでも、

 迷いのない表情で、彼女は言葉を続ける。


「綾上鈴(わたし)は、君とずっと一緒にいたい。だけど、三鈴彩花(わたし)は……また、書きたいっ。……まだ、小説を書いていきたいのっ!」


 立ち上がり、叫びながら。

 鈴は目じりに涙をためている。


「私の小説を読んで面白いって言ってくれた、数少ない人のために。また、書きたいっ……」


 鈴の懊悩が、その表情から痛いほど伝わってくる。


「私の小説を読んでつまらないって言わせてしまった人に、今度こそ面白いって思ってもらえる小説を書きたい!」


 どこまでも悩み、苦しみ抜いた末にたどり着いた、その結論。


「私はきっと、小説を書く才能なんてない、たまたま受賞しちゃって小説を出しちゃっただけの――ただの凡人」


 ――俺は『彼氏』として、『彼女』にこんな辛そうな表情をさせたくはない。


「それでも、書くのをやめたくないっ! 才能がないのを言い訳にしたくないっ! たくさんの人に読んでもらいたい……このまま面白くない作家で、終わりたくなんてないっ!!」


 だけど。

 そんな俺の考えが、エゴだったのだと、気づく。


「だって、私は……好きだから! 物語を書くのが好きだから! だから、好きな小説をたくさんの人に認めてもらいたいし、面白いって言ってもらいたいからっ!!」



 だからっ……


 だから!


「私は、悩み続けても、苦しみ続けても!! ずっとずっと、傷つくだけだったとしても、それでも、もう迷わない! 私は――小説を書き続けたいのっ!!!」

 



 叫び終わった鈴は、息を乱しながら、机の上に視線を向け、ぎゅっとスカートのすそを握りしめていた。


 そして。

 自分のカバンの中から、A4用紙の紙の束――おそらく、新作の原稿だろう――を取り出して、俺に差し出しながら言う。


「……これが、私の答えです」


 俺は、差し出されたそれと、鈴を交互に見やる。 


 流れる涙と、震える身体は止まらない。















 彼氏として、鈴の涙を拭ってあげたかった。

 彼氏として、鈴の身体を抱きしめて、震える身体を包んであげたかった。
















 

 ――だけど。


『彼氏』としてそうするべきなのだとしても。


『綾上鈴』自身がそれを望んだとしても。




『三鈴彩花』として、彼女がこれからも小説を書き続けるというのなら――




「俺と――綾上(・・)は、もう恋人同士じゃない。一人の読者と、一人の作者。それで、良いんだよな?」


 俺の言葉に。

 綾上は、悲しそうな表情を浮かべた。


 それでも。覚悟を決めた表情を浮かべ、ゆっくりと首肯した。


「……私は、本部読幸(きみ)が大好き。だけど、|もとべぇ(きみ)を見返したいって。面白いって言ってもらいたいって。同じくらい、強く思ってる。だから……お願いします」


 彼女が、俺に対する想いに負けないくらい、創作に対する熱があるというのなら。




 ――悔しいし、寂しいけど。

 それでも、俺だって覚悟を決めようじゃないか。




「分かったよ、綾上。……容赦は、しないからな」



「お願いします」



 その答えを聞いて、俺も、心にあった迷いを、完全に捨てる。


『三鈴彩花』が、真剣にこの作品を仕上げて、読者(おれ)に読ませるのだ。


 なら、俺は。

 作者(かのじょ)のその創作の想いに応えなければならない。

 

 俺も全力全霊を掛けて、真剣に真摯に誠実に、この作品と向き合う。


 それが。


 俺(クソレビュアー)の矜持(プライド)だ。


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