第19話 三鈴彩花
「おめでとうございます。三鈴先生の書かれた「奇跡」が、新人賞の特別賞を受賞しました」
担当編集となるその女の人の言葉を聞いたとき。
私は確か、こう思った。
あ、私って天才なのかも。
高校に入ってすぐに書き上げた処女作。
それを、普段読むライト文芸レーベルの新人賞に投稿。
元々小説を読むのは好きだった。
私はあまり、友達がいなかったし。
ゲームや漫画は校則違反だったり、親に少し小言を言われるけど、小説なら家でも学校でも、読んで時間を潰せた。
いつしか読むだけでなく、自然と小説を書くようになっていた。
最初は軽く「私にも書けそう」という気持ちだったのだけど。
自分の「面白い」や「好き」を表現するのが、こんなにも楽しいことだなんて私は知らなかったから、一発でハマった。
私は、創作にのめりこんだ。
そうして完成した受賞作は、発売までの間に、担当編集とブラッシュアップして、さらに完成度を高めた。
きっと、この作品は多くの人に面白いと思ってもらえる。
私の才能を、みんなが認めてくれる。
コミック化、映像化などの各種メディアミックスもされて、社会現象だって起こしちゃうかも。
だって、私がこれまで触れてきた創作よりも。
私の書いた作品が、一番面白いから。
私は、不安なんて一切ないまま。
高鳴る鼓動を抱えて、発売の日を迎えた。
店頭に並ぶ自著を見て、私は自分がデビューしたことをここにきて再認識した。
一人だけだったけど、私の本を買ってくれた人も実際に見た。
私はすごくうれしくなって。
これまでしたことのない、自分の作品名でのネット検索、所謂エゴサ―チをしてみた。
きっと、絶賛の嵐なんだろうなぁ。
そう思って、書評サイトを開いてみると――。
「……え?」
絶句した。
そこにあったのは、私の小説をサンドバッグのように叩きまくる批判ばかり。
一瞬、検索ワードを間違えたのかもと思ったが、叩かれているのは間違いなく。
私の自著だった。
――小説を書き始めてから、初めて受けた批判。
これまで完璧と信じて疑わなかった自著が面白くないと、多くの人から叩かれて……
私は、何が何だかわからなかった。
何で、みんなそんな簡単に面白くなかったって言うの?
時間の無駄って、どこが?
こんなに面白いのに、こんなに泣けるのに……
なんで?
どうして?
そんな風に私が苦しんでも、答えを教えてくれる人はいなかった。
私はもう、破れかぶれになって。
本当はもう、誰の批判も見たくなかったけど、それでも面白くなかった理由を探し求めて、私は自著の感想を読み続けた。
――そして、見つけたのだった。
『何が書きたいのかは明確だ。しかし、そのテーマを読者に伝える技術が乏しい』
『テーマを考えると、登場人物に感情移入をさせなければならないのに、本作ではストーリー進行のためにそれが軽んじられていた。そのため、クライマックスのシーンではいまいち物語に入り込むことができなかった』
『熱量は感じられる。しかし、全体的につたない技術がどうしても目立つ。設定の粗が物語への没入感を邪魔してしまう。本作は、読む価値のないクソである』
ハンドルネーム・もとべぇ
数多くの作品を独断と偏見で叩くことで、ある筋では有名な……クソレビュアー。
私はそれまで、このもとべぇに対して良い印象を持ったことは、一切なかった。
私は、もとべぇの書いた自著の批評を読んで。
すごく悔しかった。
すごく悲しかった。
すごく苦しかった。
でも、それだけじゃなかった。
私は、その感想に。
――何よりも救われていた。
作品の全部が悪かったわけじゃなかった。
物語を進める中で、私の考えが至らなかったところがあって。
私の技術不足も相まって。
そこが致命的に読者に受け入れられなかった。
もう少しああしていれば。
もっとこうしていれば。
何が面白くなかったか、ではなくて。
どうすれば面白くなれたのか。
私は、彼の批評のおかげで、それを知ることができた。
それが――嬉しかった。
涙が出るほど嬉しかった。
救われたとすら、思った。
私が気づけなかった、私が気づくべきだった物語の瑕疵を見抜くほど真摯に物語に向き合い。
飾らずまっすぐに感想をネットにアップし続ける、もとべぇの誠実さを。
私は、心から尊敬した。
――そんな、尊敬するレビュアーが、まさかクラスメイトだったなんて。
知ったときは、すごく驚いた。
運命だと思った。
私の心は、ぐしゃぐしゃにかき乱されたけど、それでも、ちゃんと向き合ってお礼を言えた。
想いを伝えられた。
私は彼のことが、一瞬で好きになって。
でも、すぐに断られて。
それでも、今は一緒に、毎日楽しく過ごせている。
私はそれが、本当に幸せだ。
幸せすぎて、最近の私は馬鹿になっていたりする。
でも、それは仕方ない。
彼のことが、大好きだから。
この気持ちが、全然抑えられないのだから。
――ただ、一つだけ。
私は彼に、未だに言えないことがあった。
彼にはたくさん、私の取材に付き合ってもらっているけど。
私は、デビュー作を出して以降。
一文字として小説を書けていなかった――。
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