第17話 美少女作家とお泊り会(上)

「きちゃった♡」


「きちゃった♡ じゃねぇよ……」


 土曜日の昼過ぎ。

 一泊程度の荷物が入っていそうなボストンバックを手にした綾上が、家(うち)の玄関に立っていた。


 どうしてこんなことになってしまったかというと……。


「いらっしゃい、鈴ちゃん!」


「今日はありがとね、幸那ちゃん。たくさんおしゃべりしようね?」


「はい、鈴ちゃんが家に泊まるの、すごく楽しみにしてました」


 デレデレの様子で、幸那ちゃんが綾上に言う。


 お分かりいただけただろうか?

 つまり綾上は、幸那ちゃんのお客さんとして、家に泊まるらしい。

 

「いつもは兄さんが鈴ちゃんを独り占めしてズルいから、今日は私が鈴ちゃんとたくさん一緒にいます」


 満面の笑みを浮かべつつ、幸那ちゃんが言うと……


「今日の私は、幸那ちゃんに独り占めされに来たよっ」


 と、かなりノリノリの綾上は、幸那ちゃんの頭を撫でた。


 かなり嬉しそうな幸那ちゃん。……可愛い。


「それじゃ、来てください鈴ちゃん」


「うん、お邪魔します」


 幸那ちゃんは綾上の手を引っ張り、自室へと案内する。

 綾上は、一度俺に視線を向け、軽く手を振ってきた。


 ……とりあえず、今日の綾上は幸那ちゃんにべったりで、変なことにはならないだろう。


 俺はひとまず安心して、大人しく自室で積読を崩すことにした。





「あんたの彼女、綺麗で礼儀正しくて、あんたにはもったいないくらい、良い子ね」


「……彼女?」


 隣の幸那ちゃんの部屋から漏れ聞こえる、二人のきゃぴきゃぴな会話が絶妙に気まずく、俺は自室を飛び出し、リビングで小説を読んでいたのだが……


「ええ。さっき私のところにもあいさつに来たわよ。幸那がとなりでべったり。あの子があんた以外に、あんな風に接するのは、初めて見たわ」


 母さんは遠い目をしながら、存在しないはずの俺の『彼女』とやらの話をした。


「いや、俺彼女いないし」


「……はぁ。あんたが思春期で、親にそういうの知られるのが恥ずかしいのは理解できるけど。家にまで来てくれて、ちゃんと挨拶までしてくれた鈴ちゃんに、愛想つかされるわよ?」


 存在しないはずの俺の『彼女』とは、予想通り綾上だったようだ。

 俺は少し口元を引き攣らせてから、言う。


「……ちなみに、綾上は。母さんになんて挨拶したの?」


「『読幸君とは、結婚を前提に真剣に交際させてもらっています』って、言われたわよ」


 ど真ん中ストレートの剛速球だった。

 綾上の胆力どうなってんだよ!?


「どこが礼儀正しくて良い子!!? 頭のおかしな子じゃねぇか!」


「何言ってんのよ。ちゃんと挨拶できる良い子よ。私のことは『お義母さん』と呼んで、と言ったら、ものすごくうれしそうにそう呼ばれちゃったわ」


「母さんも頭がおかしかった!??」


「はぁ、私まだ30代だけど、もうすぐおばあちゃんになるのね。複雑だけど、楽しみだわ……」


 頬に手を当て、悩まし気に呟くほぼ40代の母さんを見て、俺は思う。


 ――また、付き合ってもいないのに公認されちゃうパターンですか? と。









 そして、頭ン中お花畑の母さんから、二人にお茶菓子を持っていくように指示された俺。

 

コンコン


 幸那ちゃんの部屋の扉をノックすると、


「兄さん、お茶菓子持ってきてくれたんだ。ありがとう」


 と、扉から顔を出す幸那ちゃんが、俺に感謝の言葉をかけてくれた。


 ああ――幸那ちゃんは優しくて可愛くて、天使みたいだなぁ。


 俺が幸せを噛み締めていると。


「わ、ありがと……」


 綾上が幸那ちゃんの後ろから、微笑みを浮かべながら言った。


 なんか少し様子が変な気もするが……俺は、部屋に入り、お茶とお菓子の乗ったお盆をテーブルにまでもっていった。


「今ね。幸那ちゃんと二人で、君の好きなところを話してたんだよ」


 と、綾上が言う。


「え! マジで!? 幸那ちゃん、お兄ちゃんのどういうところが好きなの!!?」


 俺は食いつく。

 綾上はきっと、ここぞとばかりに俺のこと好きアピールをしようとしていたのだろうが、その手には乗らない。


 何より、幸那ちゃんがお兄ちゃん大好きなことは重々理解しているが、具体的にどういったところが好きなのかは聞いたことがない。


 だから、聞きたい!


「君の面倒見が良くて優しいところが好きなんだって」


 綾上は幸那ちゃんを優しい目で見つめながら、そう言った。


「す、鈴ちゃん!? ……ち、違うからねっ、鈴ちゃんが兄さんのそういうところが好きって言ったから、私もそれは否定しなかっただけだし!」


 幸那ちゃんが真っ赤になって慌ててる。

 そんな幸那ちゃんが可愛すぎて、俺は鼻血が出そうになった。


「て、いうか。……私の兄さんの好きなところは、鈴ちゃんみたいな綺麗で優しい人と恋人になったところだけだし」


「「幸那ちゃん……!(?)」」


 俺と綾上が同時に呟くが、微妙に異なった意味合いだ。

 もちろん、疑問符を浮かべるのは俺だ。


「いいかい、幸那ちゃん。俺と綾上は、付き合っていないんだよ?」


「……そういう冗談を言う兄さんは、嫌い」


 嫌い

 嫌い……


 嫌い……


 頭の中で繰り返される、その言葉に。

 俺は泣きそうになるのだが、お兄ちゃんとしての威厳を保つために、懸命に堪える。


「す、すごい表情……」


 綾上が驚いたように呟いた。


 絶望する俺を見て、幸那ちゃんも思うところがあったのだろうか。

 恥ずかしさをこらえる様に、言う。


「ねぇ、兄さん……」


「……なんだ、幸那ちゃん」


「私、鈴ちゃんみたいな綺麗で優しいお姉ちゃんが欲しいな」


 上目遣いで、おねだりをしてくる幸那ちゃん。 

 あまりにも可愛すぎて理性が崩壊しそうになる。


「幸那ちゃん……っ! 私も、幸那ちゃんみたいな可愛い妹が、欲しいっ!」


 大興奮した綾上に抱きしめられた幸那ちゃんは、照れくさそうにはにかんでいた。


「わかったよ、幸那ちゃんがそこまで言うのなら……」


 俺も、幸那ちゃんにそこまで言われたら、覚悟を決めるしかない。


 その決意した表情を見たからだろうか。

 ぱぁ、と表情を輝かせる幸那ちゃんと綾上。


 俺は、そんな二人を見て、言葉を続ける。















「お兄ちゃん。……お姉ちゃんになるよ!」
















「「はぁっ!!??」」


 二人同時に声を上げた。


「兄さんのバカ! そういうことじゃない!」


「そうだよ!? 今のは……私との結婚が、幸那ちゃんが望んでいるということだよ!?」


 綾上の言葉に、「ふぇ、結婚……」と、幸那ちゃんは呟く。

 そして、控えめにコクリ、と頷いた。


「幸那ちゃん!」


 綾上は満面の笑みで、抱きしめる力を強めていた。


「……わかってる。お兄ちゃんにも、幸那ちゃんの言いたいことくらい。だけど、だけどねっ!?」


 そんな百合百合している二人を見つつ、俺は宣言する!

 

「お兄ちゃんも、綾上みたいに。デレデレになった幸那ちゃんに「綺麗で優しいお姉ちゃん好きー」って言われたいんだよ!」


「えぇ……」


 綾上はなんだか普通に引いていた。


 そして、俺の悔しがる表情を見た幸那ちゃんは……


「兄さんのバカ、シスコン……」


 恥ずかしさのせいか、顔を真っ赤にしてから、




「兄さんは。今のままで良いんだし……」




 と。

 照れくさそうに言ってくれた。



 ……



「幸那ちゃーん! お兄ちゃんは幸那ちゃんのお兄ちゃんで幸せだ―!」


 俺がそう言って幸那ちゃんをギュッと抱きしめようと、両手を上げて迫ると、



「ばかっ!」


 一言叫ぶ綾上の手に押し返されて、部屋から追い出されてしまうのだった。




 やばい、ちょっと。ほんのちょっとだけ暴走した、かもしれない。

 多分、また綾上を怒らせてしまった。


 冷静になって、幸那ちゃんの部屋の扉の前で立ち尽くしつつ俺はそう思ったが。




 今のは、幸那ちゃんが可愛すぎるのがいけない。

 そう、だから俺は悪くない!

 きっとそうに、違いない!

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