第16話 美少女作家とお弁当③

 とある朝の登校前のこと。

 

「あれ、母さん。俺の弁当は?」


 普段、台所に用意されている弁当が、そこには無かった。

 不思議に思い聞いてみると。


「ないわよ」


 母さんがなんてことはない風に言う。


「な、なんだって……」


 俺は絶望する。

 幸せというものは、失って初めてそれと気づく。

俺はこの時、母さんが弁当を作ってくれるということが、どれだけ幸せなことだったのかと気づいたのだった。


「幸那から、あんたの弁当はいらない、って。聞いてたんだけど」


 母さんは、怪訝そうな表情で俺に向かって言う。

 幸那ちゃんが?

――そういえば昨日、幸那ちゃんは俺に好きな食べ物が何か、聞いてきたな。


あれ、これもしかして?


サプライズ!?

幸那ちゃんが手作り弁当を俺に作ってくれたのか!?

きっと、一緒にご飯食べよ♡とか、言われちゃうんだろうな!


うーん。……最高です。


 俺は来るべき昼休憩の幸那ちゃんの愛妹(あいまい)弁当を最高のコンディション――空腹状態で食べるために。


朝ご飯を食べずに学校へと向かうのだった。

 



 そして、昼休み。


 待ちに待った、幸那ちゃんとのお昼ご飯タイム。


 俺は朝食を抜かしていたため、かなり空腹だった。


 はやく、幸那ちゃんの手作り弁当が食べたい――。


 と、思っている俺に。


「ねぇ、今日も一緒にお昼食べるよね?」


 と。綾上が問いかけてきた。


「いや、今日は幸那ちゃんと食べるんだ。悪いな」


 俺が言うと、綾上は不思議そうな表情で首を傾げた。


「え? 何か、勘違いしてるんじゃない? 幸那ちゃん、君とご飯食べるって、言ってた?」


 よくわからないが、俺が幸那ちゃんの手作り弁当を食べるのは何かおかしいと思っているような綾上。


「言ってはないけど、それ以外考えられないような行動をしていた」


「……とりあえず、幸那ちゃんに聞いてみてよ。多分、そんなつもり全然ないよ?」


 平然とした様子で応えた綾上。


 何を言っているんだろうか?

 幸那ちゃんは大好きなお兄ちゃんと一緒に愛妹弁当を食べたがっているはずなのに……。


 俺はメッセージアプリを起動して、幸那ちゃんに


『幸那ちゃん、今日は大好きなお兄ちゃんと昼ごはん食べるよね?』


 俺がメッセージを送ると、一瞬で既読がついた!

 すごい、はやい! やっぱり俺、幸那ちゃんに愛されている!


 と、俺が喜んでいると、返信がきた。


『は?』

『何言ってるの?』

『鈴ちゃんと食べてよ』


「……あれ?」


 どういうことだ?

 綾上と俺がご飯を食べるのは別に良いとしよう。

 それなら、なんで俺の弁当はいらないと、幸那ちゃんは母さんに言ったんだ?

 謎、である。


 ……それにしても、「大好きなお兄ちゃん」を否定しない幸那ちゃん可愛いなぁ。


 俺は綾上を見る。

 すると、その手に持った弁当が――二つあることに気づき。


「幸那ちゃんからのお許しも出たことだし。一緒に、食べよ?」


 あー、そういうことか。

 と、察するのだった。




 そして、いつものように図書準備室で、二人きり。

 綾上の持ってきた二つの弁当。

 もちろん、彼女が一人で食べるわけではない。


「……幸那ちゃんから聞きました。君の好きな食べ物!」


 綾上が頼んで、幸那ちゃんから俺の好きな食べ物を聞いたってことか。


 お兄ちゃんに愛妹弁当を作ってくれる妹は、フィクションだけってことですね、と思うものの、美少女クラスメイトのお弁当も、結構嬉しかった。


「ありがとう……。悪いな」


「気にしないで良いよ、私が作ってあげたかっただけだからっ」


 綾上から弁当を受け取るのだが、気恥ずかしさで目を逸らしてしまった。


「もしかして君、照れてるのかな?」


 すると、悪戯っぽく問いかける綾上。


「……うん、まぁ。一応」


 俺があいまいに頷くと……


「えへへ、なんだか嬉しいなっ! それじゃ、食べよっか」


上機嫌で綾上が言う。


俺も頷き、「いただきます」と言ってから、弁当の蓋を開けた。


白ご飯と主菜と副菜のバランスが色鮮やかな、かなりおいしそうな弁当だった。

俺は個人的に母さんの作る茶色いおかずがメインの弁当も嫌いではないのだが、綾上の作った弁当は、女子高生らしい可愛らしさがあって……めっちゃ新鮮だった。


「はい、あーん……」


 と、俺が綾上の作った弁当を目で見て楽しんでいると、おかずの卵焼きをお箸でつまんでもち上げて、俺の口元にまで持ってきた。


「……この取材は、前もしたよな?」


「うん、前もしたよ。でも、またしたいんだよ? だから、あーん♡」


 とはいっても、これされると恥ずかしすぎて味分かんねぇんだよな……。

 せっかく、綾上が俺のためにちゃんと弁当を作ってくれているんだから、味わって食べないと申し訳ない。


「……あのさ、綾上」


「何かな?」


 満面の笑みを浮かべながら、綾上は俺の言葉の続きを待つ。

 お箸の位置をキープしたまま。


「俺、綾上の手料理を食べたこと何度かあるけどさ。……いつも恥ずかしくてちゃんと味が分からないんだよ」


 俺の言葉に、きょとん、と首を傾げた綾上。

 まだ、ぴんと来ていないようだったので、俺は言葉を続ける。


「だからさ。今日はそういう恥ずかしいことなしで、せっかく作ってくれた綾上の弁当を味わわせてほしいなと、思って」


 俺が言うと、一瞬ぽかんとした綾上。

 そして……


「え、ええ。ふぇぇぇ……」


 お箸でおかずを持ったまま、顔を真っ赤にしてもじもじし始めた綾上。


「……そ、それじゃ。味わって召し上がってください……」


 真っ赤になって、どこかを見ている綾上。


「そうさせてもらうわ」


 俺は言って、綾上の弁当を自分のペースで食べ進める。

 そんな俺の様子をちらちら見る綾上。


「うん、美味い。やっぱり、料理上手なんだな。綾上」


「あ、ありがとっ……、味わって食べてもらえて、すごく嬉しいです」


 そして、


「嬉しすぎて馬鹿になりそうです。……抱きしめて良い?」


 すでに馬鹿になっている綾上が言った。


「ダメだよ! 何言ってんだよ!?」


「じゃあ抱きしめて!!」


「じゃあの意味が分かんないよダメに決まってるだろ!?」


いつも以上に積極的な綾上をなだめつつ、弁当を食べ終わり。

その後俺たちは楽しく会話を弾ませながら、昼休みを送る。


「そういえば!」


 そして、昼休みの時間が残り10分程度となってから。

綾上は何かを思い出したかのように言った。


「うん?」


 俺はそんな彼女に、続く言葉を促す。





「今度の土曜日なんだけどね」




「うん」





「君のお家に泊まりに行くね♡」





「うん。……うん!?」

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