第15話 美少女作家とカラオケ
「それじゃー、今日も学校終わり。部活行くやつ、バイト行くやつ、予備校に行くやつは良いけど、帰宅部は不純異性交遊に励まずにさっさと家に帰ること。それじゃ、また明日―」
担任の女教師(最近近くの居酒屋で「生徒に、先をこされたぁ……」と泣いているところを父兄に見られ、教頭からお叱りを受け反省中)が、なぜだかこちらを睨みながらそんな注意喚起を行った後。
今日は、さすがに小説のレビューの一つでも書いておきたいなーと思いつつ、席を立つと……。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
と、綾上が俺の制服の裾をつまんできた。
「……何?」
そういえば、この前原田にあの現場をみられてから、綾上はメモ帳を利用して俺に伝言をしなくなったなぁ、と思いつつ綾上に要件を尋ねる。
「今日はちょっと、お願いがあって……」
と、言う。
「お願い? ……どんなこと?」
「うん。実は、一緒にカラオケに行ってほしいなって思って」
綾上は、恥じらいながらそう言った。
「カラオケ? ……俺、あんまりカラオケは好きじゃないんだよなぁ」
ウェイウェイ騒がしい人が多そうだし、人前で歌うのってなんだか恥ずかしい。
そう思って、俺が言うと。
「……お願い、一緒に行ってほしい、な?」
と、綾上は上目遣いで俺におねだりしてきた。
カラオケに行くくらい、別にいっかな……、と思ったが。
「……や、やっぱりだめだ! 俺、今日はレビュー書いてネットにアップしようと思ってたし、また今度!」
そう、俺は最近ほとんどレビューを書けていない。
そろそろ、俺の信者たちが騒ぎ始めるころではなかろうか?
……って、俺のレビューに信者なんていなかった。
「……私、実はカラオケって言ったことなくって」
綾上は落ち込んだ様子で言う。
「へーそうなんだ。でも、確かに綾上がカラオケに行くイメージ、あんまりないな」
みんなでワイワイカラオケに行くわけはないし、一人カラオケもしなさそう。
そう思って俺は、彼女の言葉に頷いた。
「だから、一度くらい行ってみたいの。一人でカラオケに行くのは、恥ずかしいし。……君と一緒に行けば、絶対に良い取材になると私は思うの」
きゅ、と唇を噛んでから。
「だから……ダメ、かな?」
綾上は首を可愛らしく傾げつつ、そう言った。
……おいおい、勘弁してくれよ!?
綾上、取材と言えば俺が断れないと思ってるじゃん、これ!
俺は「NO!」と、はっきり言える系男子。
ここらで一度、「NO!」と綾上に言わなければ、ずるずると色んな事に付き合わされてしまうことは明白。
そう思い、俺は真剣な表情で綾上に応える。
「取材なら、仕方ないな」
☆
と、いうわけで!
心の中でしか「NO!」」と言わない系男子の俺は、綾上と一緒に駅前のカラオケボックスに来ていた!
……取材だから仕方ない。
俺は何も、悪くない。
「わー、これがカラオケボックス! なんだか……いかがわしいね!」
……俺は綾上の言葉に否定も肯定もせずに、押し黙る。
ちなみに、通されたのは2人掛けくらいの大きさのソファの、「カップル席」らしき部屋。
俺と綾上は別に付き合っているわけではないのだが、男女二人でカラオケに来れば、そう判断されても仕方ないか。
その後、はしゃぐ綾上は、スマホを取り出して部屋の中を写真で撮る。
「綾上、何歌うんだ?」
一通り写真を撮り終えた綾上に、タッチパネル型のリモコンを適当に操作しながら問いかける。
「え? ……は、恥ずかしいから、君から歌ってくれたら嬉しいな」
「と、言われても。俺もちょっと恥ずかしいし。こういうのは言い出しっぺから歌うのがお約束だし、何だったらレディファーストだし」
「君から歌ってくれたら……嬉しいなっ!」
上目遣いで言う綾上。すげぇ強引に押し付けてきやがる。
そうして、二人で譲り合いの精神もとい押し付け合いを始めるのだが。
「……それじゃ、一緒にデュエットしない?」
「……ま、それで良っか」
綾上の提案により、デュエットソングを歌うことにした。
曲はお互いが知っているようなJ-POPだ。
音楽に合わせて歌い、そして互いに目配せをする。
――なにこれ、すげぇ恥ずかしい。
普通に先に歌っといた方がまだマシだったわ。
なんてことを思っていると、一曲目を歌い終えた。
俺へ視線を向けた綾上は、感想を口にする。
「……なんだか、恥ずかしいけど。良いね、こういうの」
はにかんだ笑顔を綾上は向けてきた。
「いや、ホントにめっちゃ恥ずかしいな」
俺は綾上の顔を直視できないまま、言った。
その後も、俺たちはお互いの歌を聴いたり、またデュエットしたり。
ごくごく普通に、カラオケを楽しむ。
特に綾上の場合は、
「へー、拍手機能ってあるんだー!」
「わー、ボイスチェンジ! これ使いながら歌う人、いるのかな?」
「採点機能! こ、これはちょっとやめておこっか」
電子目次型のリモコンのタッチパネルを操作しながら、様々な反応を示しており、とても楽しんでいる様子だった。
初めて見て触れることばかりなのだから、良い取材になっているだろう。
俺は満足気に綾上の方を伺う。
「あ、私ドリンクバーで飲み物取ってくる。君のも、取ってこよっか?」
と、綾上は自分が一曲歌い終わってから、言った。
「……良いよ、また何かされそうだし」
「もー、警戒しすぎだよー。……でも、うん。多分なんかしちゃう♡」
悪戯っぽく笑ってから、綾上は立ち上がる。
ふわり、と綾上の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「前、失礼しまーす」
綾上はそう言って、俺の前を通ろうとするのだが。
……いかんせん通路が狭いため、バランスを崩した。
危ない、そう思って綾上の身体を抱えようとしたら――
むにゅ。
綾上の身体を支えようとした掌に、柔らかな感触が……。
「きゃっ……」
綾上の短い悲鳴が耳に届いた。
俺は、彼女の身体を支えた手を、ぱっと離す。
結果として、俺が支えたおかげで綾上は転倒をせずに済んだが。
……今の感触。
……うん。
これまでの俺の人生で触れたことのない|あれ(・・)だと思う……。
そう認識してしまった俺は、かなり気恥ずかしくなり、綾上を見ることができない。
「……助けてくれて、ありがと」
上ずった、綾上の声。
当然のことながら、きっと彼女も、死ぬほど恥ずかしいのだろう。
「……気にするな」
「うん……でも、今君。触ったよね?」
少しだけ責めるような綾上の声に。
「……気にするな」
「さ、さすがに気にします」
「……そう、だよな。触ったと、思います」
俺は、正直に応える。
そして綾上を見ると、彼女はカラオケの薄暗い照明でも一目でわかるほど赤面しつつ、
「う、うぅ……。エッチ!」
困ったように両目を瞑ってから、宣言する綾上。
「こ、これはその罰です!」
勢いよく、俺の足の間に腰を下ろした。
俺はいきなりのその行動を回避することができなかった。
「……何やってるの、これ?」
いや、本当になんだ、なんなんだこれは!?
混乱する俺に、綾上は無慈悲に告げる。
「エッチな君には、罰を受けてもらうんです」
「ば、罰って綾上さん。……これは、やばいです」
何がやばいって?
主に、俺の理性がやばかった。
「これは私の……触った、君がいけないんです。だから、一曲私が歌い終わるまで我慢してください……」
顔を覗き見ると、顔を真っ赤にしている綾上。
手早く選曲し、曲をスタート。
その曲は……すんげーきゅんと来る系の、ラブソングだった。
俺は、無心で綾上の歌が終わるのを待つ。
そうしていないと……頭がおかしくなりそうだった。
間奏の時に、綾上が言う。
「……ぎゅっとしてくれたら。すごく幸せになります」
あ、多分これ罰とか何も関係ないな。
俺は瞬時に理解した。
……て、いうか。
ぎゅっとしてほしい?
そんなこと、できるわけがない。それをしてしまえば、後戻りができなくなる、確実に。
間奏が終わり、歌うパートに入っても、綾上はじっと俯いて黙っている。
多分。俺を待っている。
だけど……
「……それは勘弁してください」
結局俺は、何も手を出さないまま。
綾上に向かってそう言った。
「……残念」
でも、と。
俺の身体に、自分の背中をぴったりとくっつけた綾上は、とても愛おしそうな声で言う。
「今、君。すごい、ドキドキしてるね。……私とこうしているから、だよね? すっごく、嬉しいです……」
……
「こんな状況、ドキドキしないわけないだろ」
「うん、……そうだよね。私も、今すっごくドキドキしてます♡」
そういって、自分の胸に手を当てる綾上。
「その、すっごく恥ずかしかったけど。取材には、なったかもです。」
そして、続けて言う。
「……で、でも! まだ籍も入れてないのに、エッチなことはだめだからっ! それはちゃんと覚えててね!?」
暴走気味に宣言する綾上。
そして、勢いよくこちらを振り向いた。
すると――
「「あ」」
俺と綾上は、超至近距離で見つめあうことになった。
お互いの時間が止まる。
ほんの少し、顔を近づければ唇同士が触れて、重なり合う距離。
綾上がこちらを見る視線は、徐々に熱を帯びてきて、そして――。
彼女は無言で、瞳を閉じた。
それを見た俺の脳は考えることをやめ――
プルプルプルプル!
室内の電話の音が、鳴り響き、俺の霞掛かった頭は、徐々にはっきりとしてきた。
「お、おう! もう時間だな! さー、帰る支度をしなくっちゃな!」
そう言って、俺は綾上から逃げるように顔をそむけた。
そんな俺の反応を見た綾上は、俺にジト目を向けたから、言う。
「バカ、ヘタレ……でも」
――好き。
綾上のそんな呟きを、聞こえないふりして帰り支度を進める俺は、彼女の言う通り。
バカでヘタレなんだよなぁ、と。
猛烈に反省するのだった。
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