第14話 美少女作家と仲直り

 月曜日。


 俺は普段よりもかなり早く学校へとついていた。

 別に、なぜかはわからないが不安になって夜も眠れなかったから、とか。

 原因不明のサムシングで、胸が苦しくて土日の睡眠時間がトータルで3時間もないとか。


 そういう理由ではない。

 

 なんとなく。

 うん、なんとなく、でいつもより早く学校に着いたのだ。


 俺が教室に入ると、さすがに登校時間が早すぎたためか一番乗り……かと思いきや。


「「あ……」」


 すでに綾上が自分の席に着いていた。


 俺と目が合うと、一瞬表情を明るくする綾上。

 しかし、すぐに唇を引き締めて、ムスッとした不機嫌な表情となった。


 ふんっ、とっそっぽを向く綾上から、つい視線を逸らしつつ、俺は自らの席に着いた。


 しばらく、お互い無言だったのだが……。



「何か、私に言うことあるよね?」


 視線を合わさないまま、綾上がそう問いかけてきた。


「お、おはよう?」


「う、うん。おはよう。……って、そういうのじゃないよ!」


 ここで、初めてお互いに顔を合した。

 が、気まずくなり、すぐに目を逸らす。


「あー。その。うん。土曜日は、ごめん。一人で盛り上がってた」


「……それもだけど、もっと言ってほしいことがあります」


 もう一度、目を合わす。

 今度は、視線をそらさない。


 怒ったように、でもどこか恥じらうような表情の綾上。


 ……ぶっちゃけ、彼女は何を言われたいのか。

 流石に、分かっているつもりだ。


 分かっているものの、それを言うのは、さすがに憚られた。


 俺の困惑が伝わったのか、綾上は少し表情を柔らかくして、言う。


「……ううん、やっぱり気にしないで。私も、ごめんね? いきなり怒っちゃって」


 そういって、頭を下げてから続ける。


「君が、あんまり幸那ちゃんのことを可愛い可愛い言うんだもの。……すごく、嫉妬しちゃいました。幸那ちゃんは君の妹なんだから、可愛がるのは当たり前なのにね。……なのに私は勝手に妬いて、八つ当たりして。すごくめんどくさい女の子だよね? 私のことなんか……嫌いになったよね?」


 不安そうな表情で問いかける綾上に、俺は慌てて言う。


「嫌いになんて! ……ならないっての、今更。……このくらいで。綾上こそ、俺みたいなシスコンに、愛想つかしたんじゃないのか?」


「そ、そんなことないよっ!」


「でも、土曜日は嫌いって言ったじゃんか」


「そ、それは……だって……。うぅ、意地悪だ、君って……」


 恨めしそうに、こちらを見る綾上。


「……私が君のこと、嫌いになれるわけないじゃんか。大好きに、決まってるじゃんか……。そんなこと、分かってるくせに……」


 と、顔を真っ赤にしつつ、涙を目じりに溜めながら。

 綾上は上目遣いで俺を見つつ、そう言った。


 その様子を見て、俺の顔は一瞬で熱くなる。


 何か特別な感情が、心の奥底から言葉になって出てこようとして。


「可愛い……」


 と。

 俺は自然と、一言呟いていた。


 俺の言葉が聞こえたのだろうか?


「……え?」


 綾上は、キョトンとした表情でつぶやき。


「可愛い? へっ!? わ、私が!?」


 綾上は顔を真っ赤にして、あわあわと自分の顔を両手で覆い隠した。


「へ、いや! これは……」


 違う、と反射的に言いそうになったが。


「ち、違わない。……うん、今の綾上は。すっげー可愛かった、と思う」


 俺がそう伝えると、照れつつも満面の笑みを浮かべた綾上。

 そして――。


「好きっ、好きっ! だーい好きっ! 私、やっぱり君の恋人になりたい! お嫁さんになりたい!」


 そう言って。

 勢いよく俺の胸に飛び込んでくるのだった。


「お、おおい! ま、待て綾上! ここは、学校、学校だから! 誰かに見られたら、どう説明するんだよ!? 流石にこれで付き合ってないって言っても、誰も信用してくれないぞ!?」


「そんなの今更だよ!」


 俺の胸に、嬉しそうに額をぐりぐり押し付ける綾上。

 ふわり、と漂う綾上のめっちゃ良い匂いと、絶妙なところに押し付けられる柔らかいところに、俺はなんだか……もう、色々と限界が近かった。


 そんな風に俺を追い込む綾上は、続けて言う。


「大好きだよ、本部読幸くん! 結婚しよっ!? 私と、ずっと一緒にいてください!」


 こんなにもかわいい女の子に結婚を求められ、しばし思考を停止させていた。


  瞳はクリっとして可愛らしいし、唇は艶々で目を奪われるし、肌は白くてきれいだし、黒髪はサラサラで手触りが良いし。

 ……綾上、すごく可愛い。

 

 そこまで思った俺は、もう何も考えられなくなっていて――


「お、俺は……」



「うはー、もう誰かいんじゃーん! 何々、結婚って……って、あ」



 がらり、と開かれる教室の扉。

 そして、現れたクラスのギャル子原田は一瞬驚いた表情となり。

 ――俺と綾上の様子を見て、にやりと笑う。

 

「あはー、お邪魔しましたー」


 そして、カバンだけ自席に置いてから、すぐに教室を後にしたのだった。


 その背中を目で追ってから、俺はようやく正気に戻る。

 俺の胸に額をくっつける綾上の両肩を掴んで、離す。


 少し残念そうな表情の綾上と、まっすぐに見つめあうことになる。


「また噂になるな、これは」


 俺がそう呟いても、綾上はにやにやと笑顔を浮かべるだけ。


「……どうした?」

 

 俺が問いかけると、悪戯っぽく笑ってから、言う。


「ねぇ? 『俺は……』の後。君は、なんて言おうとしてたの?」


 瞬間的に正気を失っていた時のこと。

 あの時、俺は何を言おうとしていたのか。


「さあな。……俺にも、分からない」


 俺のぶっきらぼうな答えを聞いた綾上は、


「ふふっ、そっか」


 と、それでも幸せそうに笑っていて。



 ――なんだか俺も、幸せな気持ちになるのだった。




 ちなみに、後日談。

 クラスメイト達の間では

「綾上と本部は既に婚姻していて、高校卒業と同時に結婚する予定らしいから、今の内からお小遣いを積み立ててご祝儀貯金をみんなでしておこう」

 と、いうことになったらしい。


 どこからツッコめばいいかわからないのだが、そういうことになったらしいのだから、しょうがないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る