第13話 美少女作家と妹
「ごめん綾上! 今は幸那ちゃんとデートしてるんだ! また学校でな!」
とりあえず、おっかない表情でこちらを見る綾上は放置して、さっさと逃げ出そう!
そう思って逃走を図るのだが……。
「デート? ……デートって、デート? あのデート?」
うわごとのようにデートデートと繰り返す綾上。
……oh-、怖い。
俺は身の危険を感じ、幸那ちゃんの手を引いてじりじりと後ずさるのだが。
「あっ! 逃げちゃダメ、だよ?」
瞬きをしないまま、俺の腕を力強くつかんで引き留めた。
綾上の華奢な腕だとは思えないほど、力強くつかまれる。
一体、どこにそんな力が!?
「ふふ……それじゃあ、事情を説明してもらおっかなぁ……」
ぐ、と俺の腕をつかむ手に、さらに力がこもった。
「その美少女は一体。……誰、なのかな?」
綾上は俺をまっすぐに見つめつつ、真剣な表情で言った。
もう見られたから仕方ないが、クラスメイトの女の子に、妹と休日にデートするシスコンと思われるのは、少し恥ずかしいな。
俺は嘆息しつつ、幸那ちゃんは妹だから、思っているようなことではない、と説明しようと思ったのだが。
「……や、やっぱ嫌! 聞きたくない!」
「はぁ?」
「別れ話なんて、嫌だよ、聞きたくないよ……」
このポンコツ美少女、また暴走を始めちゃったよ。
「別れるも何も、付き合ってないしだろ、俺たちは」
俺が事実を告げると、
「ひ、ひどいよっ! 告白して、一緒に映画を見に行ったり、お弁当をあーんして食べさせ合いっこしたり、一緒にテスト勉強したり、ハート形のストローを使って同じ飲み物を飲んだりした仲でしょ、私たち!」
綾上が縋るように言った。
確かに、その通りだ。
箇条書きマジックのようなものだ。
俺たちがこれまで行った『取材』を上げていくと、実態は全く違うというのに、不思議と恋人同士のイチャラブに見えてしまう。
だが、決して恋人同士ではないのだ。
「まぁまぁ。とりあえず、落ち着こうか」
綾上をなだめようとするのだが、彼女は顔面蒼白で、俺を恨めしそうに見てくるだけ。
参ったな。
そう思いつつ、幸那ちゃんを見ると。
「……」
無言で、無表情のまま俺に視線を送っていた。
かなり険しい目つきだった。
俺、うそつきだと思われているんだろうなー。
そう思うと、お兄ちゃんは悲しくなるのだった。
「あ、あの。綾上先輩……っ!」
その幸那ちゃんが、綾上を呼ぶ。
すると、悲しみに満ちた弱々しい視線を向ける綾上。
まっすぐと見つめあってから……
「初めまして。私、本部幸那(もとべゆきな)です」
幸那ちゃんは口を開いた。
「……え? 本部? …………入籍済み?」
驚愕し、放心状態で呟いた綾上に、
「「え?」」
俺と幸那ちゃんは同時に反応した。
ええ、なんつー思考回路してるんだよこいつは……。
「ち、違いますよ! 私、本部読幸、兄さんの妹です」
戸惑いつつも、幸那ちゃんが言うと、
「え……妹?」
綾上の声のトーンが上がった。
その言葉の意味が分かったからか、血の気を失い青白かった肌には赤みが差してきた。
そして、綾上はこちらを伺うように見る。
「うん。幸那ちゃんは俺の妹で、今日は買い物に付き合ってたんだよ」
俺の言葉に、綾上は嬉しそうに笑った。
「あ、そっかー。も、もー! びっくりしちゃったじゃんか! でも、良かったー。君がデートなんて言うから、私すっごく不安だったんだからねっ!」
責めるような言い草の綾上。
そして、今度は幸那ちゃんに向かってから、口を開く。
「初めまして、幸那さん。読幸君の妻の綾上鈴です。私のことは、お義姉ちゃんって読んでくれたらいいから……よろしくね?」
うわ、何言ってんの綾上……。
これ、もう幸那ちゃん絶対引いてるでしょ。
俺はそう思って幸那ちゃんへ視線を向けた。
すると……。
「い、いきなりお義姉ちゃんは恥ずかしいです。……だから、鈴ちゃん、でも。良いですか?」
うわ、何言ってんの幸那ちゃん!?
俺ちょっと引いちゃったよ?
照れる幸那ちゃんを見て、嬉しそうな綾上。
「う、うん! もちろん! あ、さっき先輩って言ってたってことは、おんなじ学校だったのかな?」
「そ、そうです。一年B組です」
「そうだったんだ。ごめんね、気づかなくって」
「いえ、そんな……」
……なぜだろうか?
幸那ちゃんがものすごく照れているように見える。
引っ込み思案の幸那ちゃんなのだが、別に人見知りでそうしている風にも見えない。
しかし、綾上の目にはそんな幸那ちゃんが、天使のように可愛い女の子という風にしか見えていないのだろう。
先ほどまでの鬱々としたテンションをどこかに吹き飛ばし、喜んで幸那ちゃんに質問攻めをする。
幸那ちゃんはたどたどしく応えるが、綾上はしっかりと耳を傾ける。
ゆきなちゃんは人見知りの照屋さん。
だから、初対面の人とは、基本的に上手く話せない。
しかし、綾上とはゆっくりとだが、確実にいろいろな話をするし、笑顔すら浮かべていた。
それが、少し不思議だったが、二人が仲良くするのは悪いことではないだろう。
趣味、好きな食べ物、学校の得意な教科。
二人はいろんなことを話していた。
そして、一段落着いたのだろう。
幸那ちゃんが綾上を見て、照れくさそうに告げた。
「私、鈴ちゃんのこと。実は前から憧れてたんです。初めて図書室で本を借りた時、鈴ちゃんは図書委員で、慣れていない私に本の借り方を優しく教えてくれ……。その時から、憧れの先輩だったんです」
「え、そうだったんだ……ごめんね、幸那ちゃん。私、そのことすっかり忘れちゃってて」
しょんぼりした様子で言う綾上に、幸那ちゃんは首を勢いよく横に振った。
「良いんです! だって、普通はそんなこと覚えてないですから。……だから、鈴ちゃんみたいな綺麗なで優しい人が、兄さんの彼女になってくれて。すごく嬉しいんです。これからも、兄さんのことをよろしくお願いします」
そう言って、幸那ちゃんは綾上に向かって頭を下げた。
「私も、幸那ちゃんみたいな可愛い妹が欲しかったの!」
そう言ってから、幸那ちゃんをギュッと抱きしめる綾上。
「こっちこそよろしくね、幸那ちゃん!」
二人は楽しそうで、仲睦まじく、本当の姉妹のようだった。
その様子を見ながら、俺は思う。
――あれ、もしかしてまた、付き合ってもいないのに公認になっちゃうパターンですか? と。
☆
その日の夜。
綾上から着信があった。
こっぱずかしいことを言われるんだろうな、と思った俺は少しの間、その電話に出るのを躊躇った。
が、着信音は鳴りやまない。
俺は諦め、電話に出ることに。
『こんばんは。今、電話良いかな?』
弾んだ綾上の声。
「……、問題ない」
と、俺は応えた。
すると、『少しお話しよっ』と前置きしてから、
『今日は、すっごく嬉しかったな。まさか、君が私にご家族に紹介してくれるなんて……』
と、初手からかなりぶっ飛んだことを言ってきた綾上。
『私、幸那ちゃんにちゃんと、ご挨拶できたかな?』
「5点くらいだったぞ」
『え、ええ!? それって、5段階評価で満点ってこと!? 嬉しい!』
「100点満点中の5点ですがなにか?」
内容自体は0点だったけど、一応日本語で挨拶をしたという点を評価してみた結果だ。
日本語のはずなのに、一切言葉の意味が理解できなかったのは、本当にすごいよな。
『ううん、それでも嬉しい。君が、私との結婚を前向きに考えてくれていたことがっ』
言葉に詰まりながら、綾上は言った。
「いつものことだけど、今日はなおさら何言ってるのかな、綾上?」
『だって……家族に紹介してくれたってことは、とうとう私との結婚を前向きに検討し始めてくれた、ってことでしょ?』
「そういうことじゃないよ」
『えへへ、私ね。お昼にも言ったけど。幸那ちゃんみたいな可愛い妹がずっと欲しかったから。嬉しいな』
俺の話を本当に聞かない綾上は、電話越しでもだらしないにやけ面をしているのが分かるほど、ゆるーく笑っていた。
「そういうのは、俺じゃなくて御両親に言ってみてくれない?」
『……そ、そういう生々しいのは、止めて欲しいかなー』
ポンコツ状態の綾上が、かなり引いた声音で言った!
確かに、今のは割りと最悪な発言だったかもしれない。
「す、すまん」
『ちなみに、私は君との子供。3人は欲しいです♡』
「前言撤回。そういう生々しい話、俺にも禁止だ! 謝れっ!」
うふふ、と楽しげな笑い声がスピーカーから聞こえてくる。
全く、油断を見せたらすぐにデレてくるな、綾上って。本当に困ったものだ。
『それにしても、幸那ちゃんって本当に可愛いよね』
「それに関しては同意だ」
話題が幸那ちゃんの天使さについてに変わった。
俺は速攻同意する。
『……あ、あれ? 君ってもしかしなくても、シスコン?』
「シスコン? 可愛い妹を可愛いというのがシスコンなのか?」
『そうだよっ!?』
綾上が珍しく戸惑ったように言った。
俺は何もおかしいことを言っていないはずだが……はて?
「まぁ、確かに幸那ちゃんは空前絶後の超絶美少女だよな。だけど、外見が可愛いだけじゃない。内面さえも、完璧な可愛さなんだ。ここで重要なのは、|完璧だから可愛い(・・・・・・・・)のではなく、瑕疵のある所を含めて、最高に可愛いというところなんだ」
『……え、な、なに!?』
「良いか、幸那ちゃんは怖がりなんだ。中学1年生までは、俺と一緒の部屋じゃないと、暗いのが怖くて夜眠れなかったんだぞ。今でも、ホラー映画を観ちゃった後とか、俺の部屋に寝に来るんだ。そんなんなるのわかっているなら観なければ良いのに、って俺は常々思うが、幸那ちゃんの天使のような愛くるしい寝顔を見られるから、何も言わないでいる」
『え、えぇ……』
戸惑う綾上だが、俺は構わず幸那ちゃんの天使級に可愛いところを教え続ける。
口下手な俺では、どうしても幸那ちゃんの可愛さを伝えきれない。
この身の不自由さが、今は嘆かわしかった。
魂だけの存在になって、気持ちをダイレクトに伝える術(すべ)を身に着けることができたら、どんなに良いだろうか?
俺は叶わぬ願いを胸に秘めながら、綾上に幸那ちゃんの可愛さを懸命に伝えていると……。
『バカーッ!!』
「うわっ!? どうしたんだ?」
いきなり綾上が叫び、俺は驚いてスマホを耳元から離す。
『どうしたじゃないよっ! 私のことは、一回も可愛いなんて言ってくれないのに、幸那ちゃんばっかり可愛い、可愛いって……ズルい! 私だって、君に可愛いって言われたいのに! ばかっ、ばか! 君のバカっ! シスコン! 君のことなんか、……嫌いだもんっ!』
プツッ
……突然切られる電話。
俺は画面を見て、
「嫌いって……なんだよ。俺はただ、幸那ちゃんの可愛さを知ってもらいたかっただけなのに」
俺は悶々としつつ、しかし考えても仕方ないと思い、これまで手を付けることができなかった積読へと手を付けるのだが。
……何一つとして、内容が頭に入らないのだった。
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