第12話 クソレビュアーと妹

 とある休日。


 俺は自宅のリビングにて、積読を崩す構えを取っていた。

 最近は綾上と一緒に行動することが増えて、読書の時間が短くなっている。

 こんなことではだめだ、俺のレビューを待っている人に申し訳が立たない。


……そんな人間がいるのかは不明だが。


「あれ。兄さん、今日は家にいるの?」


 と、リビングにいる俺に声をかけたのは、妹の幸那ちゃんだ。


 俺と同じ高校に通う、1年生。

 雪と見紛うほどのま白な肌に、整った眉目。

 すらりとした、華奢な体つき。

 身内の贔屓目抜きにしても、かなりの美少女だとおもう。

 

 綾上と比べても遜色ない美少女っぷり。

 その自慢の妹は、麦茶が注がれたコップを手に、対面の椅子に腰を下ろした。


「ああ。積読が増えてきてて。今日と明日で、崩していかないといけないんだ」


「あー、兄さんの変な趣味のやつだ」


 俺がネットでレビューをアップしていることを知っている幸那ちゃんは、軽く俺の言葉を流した。

 妹すら俺の使命には無関心なのだ。その事実が、ちょっと悲しかったりする。


 幸那ちゃんは一口麦茶をのんで、コップをテーブルに置いた後、


「そういえば兄さん。もしかして彼女出来た?」


 と、問いかけてきた。


「……いや、できてないけど」


 俺の言葉を聞いても、信じられなかったのだろうか?

 疑わしそうに、こちらをじっと見つめてくる幸那ちゃん。

  

「それ、ホント?」


「ウソつく必要がどこにあるんだよ」


「妹に彼女出来たって報告するの、恥ずかしいのかなって思って」


「確かに、彼女ができた報告って、気恥ずかしいかもしれないけどさ。本当に彼女とかできてないんだよ」


 俺の瞳をのぞき込み、こちらの表情を窺ってくる幸那ちゃん。

 しばしの間そうしていたのだが、


「ふーん……」


 と、呟いて視線を外した。

 あまり納得のいってない様子だが、追及するようなことはしてこなかった。


 むしろ、なぜ急に俺に彼女ができたと思ったのか。

 ……聞いてみる必要があるな。


「なんでそんなこと聞いてきたの?」


 俺の言葉を聞いて、


「綾上先輩と、最近一緒にいること多いみたいだったから」


 幸那ちゃんの口から、綾上の名前が挙がる。

 ……あー、やっぱりそれだったか。 

 クラスメイト公認の不思議な関係になってから俺と綾上は割と憚ることなく一緒に行動するようになっていた。


 とはいえ。

 俺と綾上は付き合っていない。

 それが事実だ。

 

 だから、俺は堂々と答える。










「な、なにも……ない、よ?」











 俺の言葉を聞いた途端、幸那ちゃんの両目が開かれた。

 

「その反応、絶対何かあるやつじゃん!」


 幸那ちゃんは俺に指をさしながら、綾上との関係を追及してきた。


 とはいうものの、俺はやましいことなど何もない。


 告白されたり、一緒に映画を見に行ったり、お弁当をあーんして食べさせ合いっこしたり、一緒にテスト勉強したり、ハート形のストローを使って同じ飲み物を飲んだり……。

 本当にどうでもいいことは一切伝えずに、普通のクラスメイトだということを熱心に説明した。


 俺の必死な説明が伝わったのか。


「うーん、それじゃ本当に彼女ってわけじゃないんだ……」


「ああ。最近よく話すようになっただけの、ただのクラスメイトだよ」


 俺がふぅ、と大きく息を吐きつつ言うと。


「……まぁ、兄さんが綾上先輩みたいな美人な人と付き合えるわけないか」


 無表情で、割と辛らつな一言をポツリと言った幸那ちゃん。

 その一言は、お兄ちゃんの心に割と大きなダメージを与えた!


「ま、いっか」


 どこか不満そうに、言う幸那ちゃん。

 何が不満なのかは、俺にはわからなかった。


「そういえば兄さん、今日暇なんだよね?」


「あれ? さっきお兄ちゃん積読崩すから忙しいって言ったよね?」


 俺は実妹の記憶力の低さに、涙を流しそうになった。


「やっぱり、暇みたいだね」


 嬉しそうに笑う幸那ちゃん。

 笑った顔が天使みたいに可愛くて、涙を流しそうになった。

 

「彼女のいない兄さんがかわいそうだから、特別に私が一緒に出掛けてあげる。本当は嫌だよ、なんでわざわざ兄さんと休みの日に出かけないといけないのか分かんないし。でも綾上先輩に相手にされない兄さんを放ってもおけないし、ね?」


 優し気な瞳で問いかける幸那ちゃん。

 余計なお世話だ、と言ってやりたいところだが、彼女はとっても不器用な子なのだ。

 たぶん、普通に俺と一緒に出掛けたいのだけど、素直になれず、ついツンツンした言い方になってしまうのだろう。


 そういうところが本当に可愛い。


 俺は幸那ちゃんの心情をくみ取ってあげて、


「よし、幸那ちゃん! お兄ちゃんとデートしよっか!」


 と、とびきりの笑顔で言うのだった。



「売り場はすっかり夏ものだらけだねー」


 駅近くのショッピングモールで、俺と幸那ちゃんは服を見に来ていた。

 ショッピングモール内の女性向け専門店をはしごして、幸那ちゃんファッションショーが開かれる。


「これ、どうかな?」

「どっちが似合う?」

「このピンクは、ちょっと派手すぎかな……?」


 店を変えつつ、楽しそうだったり、不安そうだったりな声で、俺に問いかけてくる。

 世の男性は、恋人のこの発言にとても緊張するようだが、俺の場合はただ飾らない本音を言うだけだ。


「幸那ちゃん可愛いよ!」


 正解か不正解かはわからない。

 ただ、あるがままが口から出てしまう。

 幸那ちゃんは、俺に冷静な思考をさせてくれないほどの美少女なのだから、しょうがない。


「真面目に聞いているのに……」


 と、頬を赤く染めながらも、拗ねたふくれっ面を見せる幸那ちゃんはやはり可愛い。


「じゃあ、これはどう?」


 清楚な白のワンピースに試着室で着替えた幸那ちゃん。

 あんまりこういう系統の服は着ていたのを見たことがない。

 こういう格好を、俺に見せたかったのだろうか? と思うものの……


「可愛い。幸那ちゃん可愛いよ!」


 俺は正直に思ったことを、繰り返し言うだけだった。


「そういうことじゃ、なくて……もうっ!」



 ふん、といじけてそっぽを向いた幸那ちゃん。

 

「本当、もう。……兄さんのバカ、シスコンっ!」


 照れて怒っちゃう幸那ちゃん可愛いです。

 俺はホンワカした気持ちで幸那ちゃんの頭を撫でて気持ちを落ち着かせようとする。


 少し不機嫌そうにしていたのは最初だけ。

 すぐに照れくさそうに視線を外す幸那ちゃん。

 昔からこういう風に頭を撫でていたのだが、最近はこうしてあげることも少なくなったように思う。


「え、えぇ!?」


 幸那ちゃんの表情が一瞬で硬直した。

 どうしたのだろうか? 彼女の視線は、俺の背後に向かっている。

 

 振り返って、何を見ていたのか確認をしようとしたところ、


「これって……浮気、なのかな?」


 と、絶望の滲む、|聞き覚えのある(・・・・・・)声が聞こえた。


 途端、俺の動きが止まる。

 ……しかし、見ないままではいられない。

 強固な精神力を用いて、無理やり身体ごと振り返ると。


「ねぇ、教えてほしいな。この美少女は……誰なのかな? 一体、いつから君は――」


 冷たい視線を一心に受ける。

 冷汗が背中を伝った。


「浮気をしていたのかな?」



 そこにいたのは、虚ろな目で俺を見つめる綾上だった――。

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