第10話 美少女作家と勉強会

「それじゃ、来週からテストが始まるから、土日はしっかり勉強しろよなー」


 教壇に立つ担任の女教師(20代後半、独身。後輩である現国の教科担当に「年上は、ダメかな……」と迫るものの「え、あ。はは……」と曖昧にはぐらかされて傷心中)が、下校前に来週のテストに関する注意喚起を行った。


 今日は、金曜日だ。

 サラリーマンたちが「華の金曜日」と言い、はしゃいでいることからもわかる通り、翌日が休日である今夜は、1週間の内最もテンションの上がる曜日である。

 

 ……が、週明けにテストを控えた今日ばかりは、いくら金曜日といえども気が滅入る。


 バイトをしてオタク活動の資金をためつつ、平時はレビュアーとしての活動もしている俺は、あまり勉強の予習復習に時間を取ることができていない。

 なので、苦手教科を中心に、テスト前は一夜漬けをして乗り切っているのだが、やはりしんどい。


 ああ、今週は土日も勉強しないといけないなー、と憂鬱にため息を吐いていると。


 ポン、と俺の視界に小さく折りたたまれたたメモが映った。


 机上に乗ったそのメモを手に取ってから、俺は隣の席の綾上を見る。

 うっすら頬を朱に染めつつこちらを見ている綾上は、いつものように『開いて読んで』というジェスチャーをしてきた。

 

 全く、何だってんだよ。

 俺はそう思って、メモを開いて読んでみた。


『明日、一緒にテスト勉強しませんか??』


 俺はメモから顔を上げて、綾上を見た。

 俺の返事が気になるようで、うずうずとした様子でこちらを見ている。


 そんな彼女を見ながら、俺は考える。

 このポンコツ美少女、たしか前回のテストの成績は学年で総合30位内だったか。

 ポンコツかつ作家業もあるというのに、勉強は結構できるのだ。


 そんな綾上に勉強を教えてもらえたら、効率は良いのかもしれない。


 ……が。

 ちゃんと勉強に集中できる未来がどうしても想像できない。


 俺はシャーペンを取り出し、


『誰かと一緒に勉強すると、あんまり集中できないし。今回はパスで』


 と、メモに書き加えてから、綾上の机の上にそれを放った。


 嬉しそうな表情をする綾上は早速それを手に取り、中を見た。

 すぐに読み終わったのか、明らかにがっかりとした表情を見せた。


 こちらを不機嫌そうに見る綾上。

 俺が肩を竦めると、すごい勢いでメモに何事か書き加えた。

 そして、それを再び俺の机の上に置く。


 諦めてくれないのだろうか? 俺は嘆息しつつ、メモを開く。


『勉強、お互いの苦手教科教えあったらいいじゃんか! 確か君の順位って、学年で20番位だったよね?』


『一夜漬けの成果でな。だから、ちゃんと教えられるかは分からない』


 俺が書き込んだ内容を見て、またしても露骨にがっかりする綾上。

 そんな彼女が決死の表情で、メモに書き加えた内容は。


『……取材! 男の子と女の子が一緒にテスト勉強する、取材だから!』


 取材、か。


 もしかして綾上は、取材と言えば俺がなんでも言うことを聞くとでも思っているんじゃなかろうか?


 そんなはずがないだろう。


 俺には、自分のペースってものがある。

 無理にそれを崩して、綾上に付き合う必要はないはずだ!


 俺は、縋るような視線をこちらに向ける綾上を一瞥してから、手元のメモにシャーペンを走らせる!



『取材なら、仕方ないな』



 ……そして、メモを綾上の机の上に置いた。


 メモ帳を広げて「やった!」と小さなガッツポーズを決め、嬉しさを表現する彼女。

 嬉しそうに口元をほころばせていたが、やはり照れ臭かったのか、すぐに表情を両手で隠した。


 俺はそんな風にはしゃぐ綾上を見ながら、心中で繰り返す。



 取材なら、仕方ないな――と。


 


 そして、翌日の土曜日。


 俺と綾上はファミレスにいた。

 テーブルの上には、教科書、ノートと筆記具。

 そして、ドリンクバーの飲み物が入ったグラスが置かれている。


 勉強を始める用意は、バッチリだ。


「あっ! そういえば私、今回のテスト範囲の現国、結構苦手なんだよねー。君って、現国いつも点数高いよね? 教えてもらえると嬉しいんだけどなー」


 綾上はそう言ってから、俺に上目遣いしてきた。


「小説家なのに、現国苦手ってどうなってんだよ?」


 俺は嘆息してから、綾上に向かっていった。


「だって、私は作者の気持ちなんて考えないし。……なにせ、私が作者なんだから!」


 と、どや顔で宣言する綾上。

 俺は無言のまま彼女を見つめる。

 

 自分の発言がちょっとあれだったことに、彼女はすぐ気づいたのだろう。

 顔を真っ赤にしてから、


「……現国、教えてくれると嬉しいです」


 と、しょんぼりとした様子で言った。

 その反省した様子を確認してから、俺は綾上に向かって言う。

 

「それじゃ、お互いに得意教科を教えあうってことで、よろしくな」


「……うん、よろしくね!」


 そんなわけで。

 俺は英語を綾上から教わり、

 綾上には現国を教えた。


 お互いの苦手教科を補うようにした勉強会は……思いのほか、捗ったように思う。


 試験範囲の苦手な箇所の復習を終えると、自然と達成感に包まれた。


「試験範囲、少し自信がついてきたかも!」


「確かに。勉強会ってのも、意外と良いかもしれないな」


「うん、一緒に勉強できて、良かった!」


 うーん、と伸びをしてから、


「ちょっと休憩しようよ。飲み物取ってくるけど、君は何を飲む?」


 休憩を提案した綾上。

 俺はスマホを取り出して時間を確認する。見れば、いつの間にか4時間近く経過していたようだ。

 確かに、そろそろ休憩するには良い頃合いだろう。


「んー、そだな。それじゃ、アイスコーヒー、お替りを頼む」


「はーい。……君、好きだよね。コーヒー」


 その言葉に、俺は首肯して応える。


 自分のグラスと、俺の前に置いてあるストローが差しっぱのグラスを持って、彼女は席を立ちあがる。

そしてすぐに二人分のグラスを持って、戻ってきた。


「はい、どうぞ」


「ああ、ありがと」


 俺は綾上からグラスを受け取り、早速ストローに口を付けて飲み始める。

 と、なんだか向かいから熱っぽい視線を感じる。


「えーと。どうかしたのか?」


「……えへへ」


 俺の問いかけに、真っ赤になって黙り込む綾上。

 なんだその反応は!?

 気になったのだが、見当がつかない……。


 いや、もしかして。


「これって、俺の使ってたストローじゃないのか?」


「……間接キスです♡」


 きゃ、と自らの顔を両手で覆う綾上。

 

 つまり、綾上は飲み物を持ってくる途中で、自分のストローと俺のストローを交換したらしい。


「な、なんていうことをしてくれたんだ!?」


「えへへー。今君は、嬉しいかな? ドキドキしてるかな??」


 楽しそうな表情で問いかける綾上。

 う、嬉しいかどうかはわからないし、ドキドキしているかもわからない。

 ……そのはずだ!


 その事実を表明するために、俺は無言のままポーカーフェイスを気取るのだが……


「私は嬉しいし、ドキドキしてるよ♡」


 と、幸せそうに笑う綾上の言葉に、俺の自分の顔が一瞬で熱くなるのを自覚した。


 無理だ。

 卑怯すぎる。

 綾上みたいな可愛い女の子にそんなデレデレの表情で言われたら、ドキドキするに決まっている。


 ……これも、素直にそう言ってしまえば綾上を調子づかせることが分かっているため、俺は照れ隠しのために、告げる。


「前言撤回。やっぱり、一人で勉強してた方が集中できてたわ」


 その言葉に、綾上は何か反省したような表情を見せた。


 お、おお!

 俺の言葉を聞いて、ようやく少しは自重してくれる気になったのだろうか!?

 

 期待しつつ、綾上の反応を待つ。


 すると……。


「じ、実は私も一人で勉強してた方が集中できるって思ったの。……君が私に勉強を教えてくれる時の真剣な横顔が、すっごくかっこよくって……」


 俺の想像の斜め上の言葉を放った綾上。


「ずっとドキドキしちゃって大変だったんだからね、もうっ!!」


 そして、何故かキレ気味の綾上。


 照れくさいやら戸惑うやらで、何を言って良いかわからない。


「ちょ、ええ? な、なんだよそれ。俺は照れたら良いの? 反省したら良いの?」


 混乱のまま俺は尋ねる。


「真剣な表情で好きって言ってほしいです♡」


「それはおかしい!」


「おかしくても良いからっ!」


 そして、おねだりをするように、綾上は上目遣いで続ける。


「ダメ……かな?」


 俺は一瞬その破壊力に圧倒され、思わず「好き」と言いそうになったのだが、ここで流されてはならない!

 不屈の精神力で正気に戻った俺は、毅然とした態度で告げた!


「……だ、ダメだから」


 と。


「そっかー、残念です」


 と言ってから、「だけど……」と口にする。


「勉強はできなかったけど、取材はできたよ! 好きな男の子と一緒に勉強をするのは、とっても幸せなことでした♡」



 うっとりするほど魅力的な綾上の笑顔を見ていると、勉強したことが、ごっそり頭から抜け落ちてしまいそうだったけど。


 ……残念ながら、俺の視線は彼女のその笑顔に釘付けになってしまうのだった。

 

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