第9話 美少女作家とお弁当②
そして、昼休み。
朝の騒動があったが、それでも俺は性懲りもなく、綾上と図書準備室で二人きりになっていた。
教室を出るとき、クラスメイト達の様子に、いつもと変わった雰囲気がなかったのが逆に気になったが、あまり深く考えないようにしよう。
そして、綾上はというと。
「……むー」
分かりやすく不機嫌だった。
むすりと黙り込んで、ぶすーっと頬を膨らませてそっぽを向いている。
きっと、俺がクラスで秘密にしている作家業のことを言おうとしたのがいけなかったのだろうな。
そのことを深く反省し、俺は綾上に謝る。
「ごめんな。三鈴彩花の名前を出して。確かに、軽はずみだった」
「別に、それはバレなかったから気にしてないけど……」
と、思いのほかあっさりという綾上。
「え? 気にしてないのか? じゃあなんで、その……怒ってるんだ?」
「本当に、心当たりはありませんか?」
むー、っと不満そうに視線を俺に向けてくる綾上。
「う、ん。悪い、心当たりがない」
俺の言葉を聞いて、綾上は小さく残念そうにため息を吐いてから、寂しそうに言った。
「クラスのみんなに……あんなに、私たちが付き合っていることを否定しなくっても良いじゃんかっ!」
悲しそうに、そしてわずかに目元を涙に濡らす綾上。
……。
あれ、もしかしてツッコミ待ちなのだろうか?
「良く聞いてほしいんだけど。俺たち、付き合ってないじゃん?」
俺が事実を言うと、綾上は一層表情を曇らせた。
「だ、だとしても! 大好きな人にあれだけ否定されちゃったら、私だって悲しいもんっ!」
顔を真っ赤にして、そしてうるんだ瞳でこちらをまっすぐに見つめてくる綾上。
彼女のその真剣な瞳に見つめられると……。
「だ、大好きて……そう言われても俺だって、困るっての」
「こ、困らせてるのは、分かってるつもりだけど。好きなんだから。……しょうがないじゃんか!」
綾上は、一生懸命にそう言った。
そんな風に言われると、俺が悪いわけではないはずなのに。
なんだか、どうにかしてあげたくなってしまうではないか。
……と、思ったことが。
俺は無性に恥ずかしくなってしまう。
「じゃ、どうしたら機嫌を直してくれるんだよ?」
と、自分の手元の弁当箱に視線を落として、綾上に問いかけた。
「お弁当、食べさせて?」
一切悩むことなく即答する綾上。
……俺は一瞬何を言われたのかが分からなかった。
「はい?」
「前、お弁当を食べさせてあげたことはあったけど。う、うん。あれもすごく良かったけど。まだ、お弁当を食べさせてもらったことはなかったから!」
言うと、嬉しそうに口元を歪めながら、手早く弁当を広げ、綾上はお箸を差し出してきた。
「え、あ。おう」
流れのまま、お箸を受け取る俺。
戸惑うものの……
「ん」
と、目を閉じ、綾上は少々照れた様子で口を開いた。
準備万端の様子の綾上に、おかずのたこさんウインナーを箸で持ち上げ、「あーん……」と、食べさせてあげる。
ぱくり、とそれを綾上は食べた。
もぐもぐとウインナーを咀嚼して、飲み込む。
目を開いてから、ぽかんとした表情を浮かべて、こちらをじっと見つめてきた。
……な、なんだろうか。
これは、機嫌が直ったのか?
それとも、まだあーんしてほしいのか?
どっちなんだ?
判断がつかず、俺は恐る恐る聞いてみる。
「な、なんでしょうか?」
俺の問いかけに、ぽかんとした表情を急にだらしなく崩してから、綾上は呟いた。
「好きな人に食べさせてもらうことが、こんなに幸せなんだなー、って。今私、ちょっとびっくりしています……」
……。
うわー、何それ。可愛いすぎかよ……。
そら世のバカップルさんたちはこぞって食べさせ合いっこしますよねー。
「はい、君にも! あーん」
そして、いつの間にか俺の口元にも、綾上がアスパラベーコンをお箸で運んできた。
俺は躊躇いつつも、嬉しそうな、そして期待した表情の綾上に根負けし、ぱくりと一口で食べた。
「どう、かな?」
「うん、美味いんじゃないか?」
「やった、嬉しいっ!」
笑顔を浮かべる綾上には申し訳ないのだが、俺は今嘘を吐いた。
ぶっちゃけ恥ずかしすぎて味なんて分かんなかったわ……。
ただ。
幸せな気持ちになるのは、確かにちょっと分かったような気がした――。
☆
――ちなみに、後日談。
昼休み、教室に戻って小川から聞いた話なのだが、この日からクラスの中では、
「本部と綾上はこっそりと恋心を育んでいるから、周囲は邪魔をしないようにしよう」
という暗黙の了解ができたのだという。
お互いに食べさせ合いっこをしてしまった直後だったため、「俺たちは付き合っているわけじゃない!」と、きちんと否定することができなかったのだが。
これは、綾上には内緒にしておきたい話だ。
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