第8話 美少女作家とクラスメイト
とある日の朝。
俺はいつものように登校し、教室の中に入ろうとしたのだが、ちょうど同じタイミングで教室から出てくる男子生徒と対面する。
「おう本部。はよっ」
人懐っこい笑顔を浮かべるのは、クラスメイトの小川だった。
「お、おう。おはよう」
めっちゃ爽やかに挨拶をするな、さすがは爽やか体育会系男子。
俺は一言応えてから、小川の横を通ろうとするのだが、なぜだか行く手を阻まれた。
「え……何?」
理由がわからなかったものの、俺はちょっとイラっとして、やや睨みを利かせながら問いかけるのだが、小川は気にした様子はない。
「本部ってさ、やっぱ綾上と付き合ってたんだな。マジでうらやましいわ。……俺もあんな可愛い彼女が欲しいわー!」
と、悔しさが混じりつつも、それでも爽やかな笑顔を浮かべて、俺の肩をポンと叩いた。
俺は小川が何を言っているのか分からないまま、「はい?」と呆然と呟くと、
「見てみろよ。本部の彼女、女子から質問攻めにあってるぞ」
と、教室を指さす。
はぁ、彼女?
何を言っているのかわからずに、俺はもう一度小川に質問をしようと振り返るのだが、奴は既に、「あはは」と爽やかに笑いながら教室を出ていった。
……なんじゃあいつ。
俺はそう思いつつも、教室に入ると、
「お、本部来た! おはよー!」
と、教室の後ろの席で固まっている数人の女子グループの内の一人、ギャルっぽい原田に挨拶をされた。
「え、お、おう」
普段こんなことはないから普通にビビった。何、モテ期? と思いつつもそりゃないだろうなと考え直し、自席についた。
……あれ、女子グループさん、どうして今日は綾上の席の周囲にたむろしているの?
先ほどの小川の言葉を頭の片隅に追いやってから、俺は何かの間違いであってほしいと祈る。
――のだが。
女子グループに囲まれていた綾上が席を立ちあがってから告げた言葉に、
「どうしよう、君と私が付き合ってるの、クラスのみんなにばれちゃったみたい……」
……絶句する俺。
おいおい、言っている意味が分からないぞ、綾上。
なぜなら……。
「そもそも付き合ってもないのに、ばれるも何もないだろ」
俺は無表情で言うのだが、綾上はすっかり混乱しているようだった。
「このままじゃ、私たちが結婚を前提にした真剣な交際をしていることがばれちゃうのも時間の問題だよ……」
「うん? 俺の言葉聞こえてなかった? もう一度言った方が良いの、綾上?」
聞き分けのない子供に言い聞かせるように、努めて優しく問いかける俺。
「なんだか私たちが最近仲良しなのが気になったみたいで、そこから気づかれちゃったみたい。そうだよね、ばれちゃうのは時間の問題だったよね……私たちが愛し合っていることは、はたから見てもバレバレだもん」
「ほんと俺の話聞かないよね綾上って。ここで作家故の独創性を発揮しないでほしいんだけど」
「結婚式の招待状、ちゃんとクラスのみんなに配らないといけないね」
上目遣いになってこちらを見てくる綾上。
クラスメイトに俺との関係を指摘されて、本当に動揺しまくっている。
さっきから、意味不明なことばかり言っている。
ああ、このポンコツ美少女作家、家電みたいに叩いたら元の大人しい美少女に戻らないかな……って、叩いたからこんなんなってしまったのか、と絶望する俺。
綾上を説得するのを諦め、
「ちょっといいか?」
彼女を放置し、女子グループの方へと話しかける。
「えーなに? あんまりウチらと話してると、綾上ちゃんに怒られちゃうよー?」
楽しそうに笑いつつ、ゆるふわ愛されパーマの野上が言った。
「いや、みんな誤解している。隣の席で、お互い友人が少ない者同士、話をすることが以前より増えただけだ。決して、付き合っているわけじゃない」
俺の説明を聞いた女子たちは、お互いに顔を見合わせて、にやりと笑った。
……なんだか、嫌な予感がする。
「誤解って言われても、ねぇ?」
原田は周囲の女子たちに視線を向ける。
すると……
「私、二人が相合傘してるの、前見たよー」
「ていうか、お昼二人ともいないけど、ぶっちゃけどっかで一緒に食べてるでしょ?」
「つーか、綾上ちゃん。本部と話す時だけ明らかにデレッデレだしねー」
彼女たちは楽しそうに言う。
……いやー、俺と綾上は釣り合わないし、周囲もそんな気にしないだろうと思っていたんだけど、見ているもんですなー。
現実逃避気味な思考がよぎる。
俺の口からは思わず、乾いた笑いがこぼれ出た。
「第一。綾上ちゃん本人から惚気話聞きまくった後にそんなこと言われてもねー」
にやにや、と言った言葉がよく似合う笑みを浮かべながら、女子たちはそう言った。
……え? 綾上が惚気話を?
俺は女子たちの言葉の真偽を確認すべく、すぐさま綾上を見た。
「の、惚気っていうか? 私はただ、君の素敵なところをみんなに知ってもらおうと思っただけだし?」
俺とは目を合わせないまま、もじもじとした様子でつぶやく綾上。
「やーん、綾上ちゃんって、とっつきにくい子かと思ってたけど……恋する乙女すぎて可愛いんですけど~」
女子たちのテンションは、恥じる綾上を見てうなぎ上りである。
そんな様子を眺めている俺はというと……焦っていた。
付き合っていないのに、外堀ばかりが埋まっていきそうで、なんだか怖い。
ここは一発、ガツンと言わなければ!
「聞いてくれ! 本当に俺たちは付き合っているわけじゃないんだよ!」
俺の必死の形相に、女子たちはあれ? とでも言いたげな、ぽかんとした表情を浮かべた。
そして、それぞれがピンと来たような表情を浮かべるのであった。
……よかった、ようやく分かってくれたようだ。
彼女たちも、違和感を覚えてはいたのだろう。
俺みたいな地味な男子が、本来綾上のような美少女と付き合えるわけがないのだから。
……自分でも言っててちょっと悲しくなるな、これ。
そうして勝手に凹んでいる俺に、
「あ~、なるほど。付き合っていることは、あくまで秘密ってことね」
と、信じられないことを告げたのは、赤いフレームの眼鏡が良く似合う白井。
「へ?」
「うんうん、恋の形は人それぞれ! ごめんね、二人の関係を探るみたいなことして」
「そうだね、二人は付き合ってない。うん、そうだよね」
「うん、二人はただのクラスメイト! ……でも、本部? 私たちも悪乗りが過ぎたと思うけど、あんま否定すると綾上ちゃん悲しんじゃうから、ほどほどにねー」
女子たちが良くわからない方向に納得し、俺に諭すように言ってきた。
えぇ、想定外なんだが……。
俺はもういっそのこと、お互いの事情を話してみようかと考える。
こいつら、別に悪い奴じゃないし、俺にも結構平然と正体を伝えたし。そんなに気にしてないだろ。
「あのさ、三鈴先生……」
俺は、ちょっと悪いなと思いつつも、綾上のペンネームを呟いて反応を窺ってみた。
これだけの情報で綾上鈴=三鈴彩花がつながるような人間はこのクラスにいないだろうが、綾上には俺が助けを求めているのが分かったはずだ!
実際、女子グループのメンバーは、俺の呟きにキョトンとしていたが、綾上だけは別だった。
彼女は、勢いよく席を立ってから、
「そ、それは! 二人だけの、秘密だよ! ……だからっ」
必死さを抑え、困ったように告げた綾上は、俺の唇にまっすぐに伸ばされた人差し指をあてがった。
「言っちゃ、やだよ?」
困ったような表情を浮かべながら上目遣いに見てくる綾上。
俺の唇には、そんな彼女の白くて華奢な人差し指が触れていて。
……めっちゃドキドキした。
「……やっぱ、付き合ってんじゃーん」
呆れたように女子の誰かが言ったのだが。
動揺する俺にはもう、何も言い返すことができなかった。
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