第7話 美少女作家と本屋さん

 早く学校終わんねぇかな……。

 

 現国教師(20代前半、男性。最近の悩みは「結婚したい……」が口癖の女教師からの熱視線が怖いこと)の滑舌の良い声を聞き流しながらそう思う。

 

 今日は15日。

 俺が贔屓にしているライトノベルレーベルの新刊発売日だ。

 

 王道的なライトノベルから、変化球的作品まで発表している、比較的後発のレーベルだが勢いのあるところだ。


 シリーズ当初から追っかけていた新刊を手に入れて、早く読みたい。

  

 ――ああ、放課後が待ち遠しい。


キーンコーンカーンコーン


 と思っていると、いつの間にか授業時間は過ぎていたようだ。

 終業を告げるチャイムが鳴る。


 現国教師の「今日授業したところは大事なところだから、ちゃんと復習しておくように」、という言葉を聞いたクラス委員が、間髪入れずに号令をかけ、全員が起立。

 そして、礼。


 現国教師が教室を後にし、これで今日の授業は終わり。

 SHRをやり過ごせば、晴れて自由の身だ!


 俺が内心ほくそ笑んでいると、


「今日の君、なんだかソワソワしてたけど、どうしたの?」


 不思議に思ったのか、綾上が俺に声をかけてきた。

 隣の席になってからというもの、こうしてたまに声をかけてくるようになったのだが、クラスの連中は、特に不審に思っている様子はない。


 当たり前か、隣の席のクラスメイトと話をするくらい、特別なことなんて何もない。

 どう考えても、俺が自意識過剰だった。


「ああ、今日は好きなラノベの新刊発売日なんだ」


「へー、それで今日はソワソワしてたんだ」


 と、言ってから、何かを閃いたのだろうか?

 あ、と小さく呟いた綾上は、


「ライトノベルの新刊を楽しみにして一日中ソワソワするなんて……お可愛いこと」


 クスリ、と微笑を浮かべつつ、そう言った。

 そして、俺の顔を見てから、ドヤ顔を浮かべていた。


 言われてみると、俺はなかなかお可愛い奴だったかもしれない。

 しかし、それを反省する前に言いたいことがあった。 


「綾上。……それ言いたかっただけだろ」


「……うん」


 図星を突かれた綾上は、やや赤面しつつ、俺から視線を逸らした。


「やっぱりな。……綾上の方が、お可愛い奴じゃないか」


 俺は仕返しとばかりに、小馬鹿にしたように言ったつもりだったのだが、


「か、かわっ……!?」


 と、ガチで照れちゃう綾上。

 俺は若干焦りつつも、


「おい、ネタだからな?」


 と、狼狽える綾上に念押しをする。


 俺の言葉を聞いてコクコクと頷いた綾上。


「そ、それでも嬉しかったな……」


 普段だったらここで、「結婚しよ!」と綾上が言うのがパターンだと思うのだが、さすがに教室の中、他のクラスメイトが周囲にいる状況では自重したようだ。


 俺も顔の火照りを自覚しつつも、ほっと一つため息を吐いて気持ちを落ち着けた。

 その後綾上に視線を送ると、彼女もどうやら少しは気持ちが落ち着いたようだ。


「あ、そうだ。さっきの話なんだけどね」


「さっきの話っていうと、新刊の話?」


「うん。放課後、新刊を見に本屋さんに行くんでしょ?」


「ああ、そうなるな」


 帰路とは反対側になるが、一つ隣の駅から五分ほど歩くと、ここら辺では比較的大きな書店がある。

 そこはラノベの品揃えも豊富で、俺は頻繁に利用している。


「そしたらさ、私も一緒について行って良いかな?」


 出来たら、一人で書店内を見て回り、早く帰って読書をしたいところだが……。


「……これも、取材か?」


「うーん、今回のは取材じゃなくて、市場調査かな。君みたいな読書好きの人が一緒にいてくれると、すごく心強いんだけどなぁ……」


 チラッ


 ……チラッ


 綾上が、着いてきたそうにこちらを見ている!


 俺はその視線に耐えかねて、言う。


「分かった、一緒にいこうか」


 まぁ、頼られてしまったら仕方ないな、と頬を掻きつつ思う。


「うん、ありがとっ!」


 満面の笑みを浮かべる綾上を見ると、やはり悪い気はしなかった。




 放課後。

 書店にて真っ先に新刊を購入した俺は、ライト文芸の棚を見ている綾上の元へと向かう。


 澄ました表情の綾上が、本棚に視線を向けるその様は、文学少女といった雰囲気だ。

 とても画になる。

 ……やっぱ、美少女なんだよなぁ。俺のことになるとなぜか致命的にポンコツになるけど。


「どうだ、市場調査は」


 俺が声をかけると、綾上は振り返った。

 ……どういうわけか、沈痛な面持ちだった。


「どうしたんだ?」


 気になって問いかけると、弱々しい声で綾上は応じる。


「無かったの……」


「は? 何が?」


「私のデビュー作、出版社の棚に置いてなかった」


 がっくりと肩を落としながら、悲しそうな表情を浮かべて言う綾上。


「……ああ、売れたんじゃないか? 完売だ、良かったじゃん」


「売れていたにしても、補充はしないって判断されたのかな? そもそも、出版社にまとめて返本されちゃったのかな? あれ、……もしかして入荷自体してなかったり?」


 暗い表情で、綾上は呟き続ける。

 っべー、三鈴先生が暗黒面に落ちちゃったよ。めんどくせー……。


「そういえば綾上って、ラノベとか読むのか?」


「え、うん。ライト文芸の方をメインに読んでいるけど、ライトノベルも読むよ」


「そっか。良かったらどんなのが好きなのか、教えてくれよ」


 俺はとりあえず話題を逸らすために、綾上に問いかけた。


「え? ……知りたい?」


「お、おう? 知りたいぞ」


「……も、もー! しょうがないなー♡ そっかー、君はそんなに私のことが知りたいのかー、そっかー。……ウフフ♡」


 幸せそうにニヤケ面を晒す綾上。

 俺は綾上にラノベの好みを聞いただけなのに、どうしてそうなるのだろうか?


 謎ではあるものの、暗黒面から復活したようだったので、俺としては良かった。


 二人でラノベ棚の前に移動してから、綾上の好きなラノベを教えてもらうことに。


「えっと、ジャンル的にはラブコメが多いかな。現代でも、ファンタジーでも良いんだけど」


 そして手に取ったのは、数年前にアニメ化された泣ける系のファンタジーラブコメと、もう10年くらい前の作品である、少年少女の切ない青春を描いた学園ラブコメを手に取った。


「特に、この2作品が好きで、デビュー作にも影響を受けてる、かな」


「あー、俺もその2作品、好きなんだよなー」


 そういえば三鈴彩花著『奇跡』を読んだ時も、その2つから影響受けてんだろうなーと感じたシーンやキャラクターがいたな、と思い出す。


 そうしていると、綾上が嬉しそうな表情をした。


「わ、そうなんだ! こっちのヒロインが、最後周囲の反対を押し切って主人公と一緒になろうとするところ、私すっごく好きなんだー!」


「ああ、あそこはなんというか……キュンとするよな! それと、もう一作の主人公。ヒロインに対する届かない想いが、かなり共感出来て、すげー泣いた!」


「あ、そこ! 私も泣いたよ、最終巻から一つ前のシーンでしょ!? すごく素敵な主人公だよね!」


 俺と綾上はお互いにその作品の感想を、立ったまま語り合う。


 あのラノベはどうか?

 それも読んだけど、こっちも好き!

 あ、それめっちゃ泣ける奴―!


 ……綾上の読むラノベ、結構俺も読んで好きになった作品が多く、かなり盛り上がった。


「その作品は、主人公がすげーかっこよくってさ! 俺が中学生の時にそれ読んでたら、絶対真似して黒歴史決定だったわ、助かったわー!」


 俺が熱心にラノベの感想を語っていると、


「えへへ……」


 不意に、綾上が惚けた様子で、笑った。


「え、……どうした?」


 もしかして、必死にしゃべりすぎて引かれたのだろうか? 一瞬そんな心配をして焦るも、杞憂だったことが綾上の一言で判明する。


「私、こういう風に誰かと小説の感想を言い合ったりしたことがなかったから。……すっごく楽しいな、って思ったの」


「ああ、なるほど、そういうことか」


 綾上、友達いない系女子だしな。

 じゃあ、仕方ないな。


 そんなことを思いつつ、優しい視線を綾上に向けていると、


「私たち、やっぱり恋人同士になったら、すっごく楽しいと思うの。お互い読書が好きだし、こうやって話をしてたら楽しいし、デートに行く場所だって、趣味が合いそうだし」


 大胆にも、ラノベの平台の前で俺に好意を伝えてきた。

 幸いにも平台前にいるのは俺たち二人だけだったので、他のお客さんに怨念の篭った視線を向けられることはなかった。


 隣から俺を上目遣いで見る綾上と、視線を合わせてから、言う。


「……そういう風に好意を持ってもらえるのは、本当に嬉しい。だけど、悪い。やっぱり俺が『読者(クソレビュアー)』で、綾上が『作者』である限り。俺は気持ちに応えることができない」


 綾上が次回作を出版し、俺がそれを読んだとき。

『恋人』という外的要因のせいで、作品をフラットに評価できなくなってしまうのが嫌だ。


 そんなの関係ないだろ、と思う人もいるかもしれない。

 でも、少なくとも俺には無理だ。


 正直、俺はかなり情に絆されやすい。

 頭からその要因を排除して作品を読むのは、きっと難しい。


 俺は、真摯に作品を読みたい。

 誠実に創作と向き合いたい。


 だから、どうしても。


 綾上が、『三鈴彩花』として活動するというのなら。

 俺が、クソレビュアーの『もとべぇ』として活動するためにも――。


 彼女と恋人になることは、できないのだ。


 それが、俺が綾上の告白を断り続ける理由なのだ。


「……君のそういうところが、私は好きなんだよ」


 優しく微笑む綾上は、「それでもね」と、続けて言った。


 そして、さっと俺に身を寄せる。

 背伸びをして、内緒話でもするように俺の耳元に顔を近づけてから、彼女は囁いた。


「いつか、絶対。……君を振り向かせてみせるからねっ」


 一歩身を引いてから、いつもの視線の高さに戻った綾上。

 彼女は真っ赤になりつつも、まっすぐに俺を見上げていた。


 その大きな瞳に吸い込まれるような錯覚をするのだが……。


 いかんいかん、と俺は首を振って正気を取り戻す。

 危ねー、今のは流石に惚れるところだったわー。


 ……うっかり攻略されないように、気をしっかり持たなければ。



 そう決心した俺は、こちらに向かって微笑みかける綾上を直視できないまま――。


「……そ、そっか」


 と、一言応じるのが精一杯だった。

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