第6話 美少女作家とお弁当
昼休み。
俺は綾上より少しタイミングをずらして、弁当箱を手に図書準備室へと向かった。
どうやら綾上は図書委員で、鍵の管理を先生から任されているようだ。
綾上は、図書準備室を開けるために先に向かっている。
廊下を歩き、階段を上り、校舎を移動して、到着。
図書室奥にある、図書準備室の扉をノックすると「いいよー」という間延びした声が聞こえた。
俺は扉を開いて部屋の中に入ると、綾上が椅子に座って、にこやかに笑っていた。
「いらっしゃい」
「おう」
周囲には誰もいない、二人だけの空間だ。
「他の図書委員は、来ないのか?」
「うん。いつも私はここでお昼食べているんだけど、誰も来たことないよ。あ、でも念のため、内側から鍵かけておいた方が良いかもねっ」
「そうだな」
俺は言われるがままに内側から鍵を掛けて、椅子に座った。
「運命だねっ!」
そして、二人だけの空間で。
綾上は文脈を無視して、何の前触れもなく、目を輝かせながら言った。
「これまたいきなりだな。席替えのことだよな? たまたまだろ」
「たまたま、偶然。そういう意図せず起こった出来事を、人は【運命】と言うんだよ? だから、私と君が隣り合うのも、恋人になるのも、【運命】なんだよ!」
「席が隣り合っても、恋人にはならないよ」
「えぇ!? それじゃ……い、いきなり夫婦!?」
はわー、と両手で真っ赤になった顔を隠す綾上。
「ごめん三鈴彩花先生。日本語わかりますか?」
まさかプロの作家先生がここまで日本語に不自由していたとは。
俺は絶句してしまう。
「私今、君と隣の席になった嬉しさで、馬鹿になってます♡」
本当に馬鹿になってるよなんだよこいつドキッとするから早く正気に戻ってくんないかな。
俺は気恥ずかしさのあまり黙り込み、馬鹿になった綾上も、顔を真っ赤にしてくねくねしている。
えぇ、なにこれ。めっちゃ恥ずかしい。
「と、とりあえず気を取り直して。弁当食うか!」
「う、うん、そうだね!」
気恥ずかしい空気を振り払うように言ってから、俺は弁当箱を取り出す。
綾上も同じように弁当を開いた。
「私、最近自分の弁当を作ってきてるんだよー!」
綾上の弁当を見ると、彩の豊かな美味しそうなおかずと、小さめのおにぎりが二つ。
とても美味そうだが、これだけで足りるのだろうか? と心配になる量だった。
「へー、そうなんだ。なんつーか、すごいな」
俺はもちろん母ちゃんに弁当を作ってもらっている。
いつもサンキュー母ちゃん、と普段は言えないお礼の言葉を心中で告げる。
「ありがとっ。ちなみに、今日作ったおかずの中じゃ、唐揚げが自信作です」
言いながら、お箸で唐揚げをつまみ上げた。
「はい、あーん♡」
そして、俺に向かって唐揚げを差し出した綾上。
「え、うん。あーん」
差し出されたおかずの唐揚げを、俺はそのまま口にした。
下味が良くついていて、冷めてもとても美味しい唐揚げだ。
「美味しいかな?」
「うん、美味いな。綾上って、料理上手なんだな」
「えへへ、君に褒められたくて、最近頑張ってましたっ!」
可愛らしく、はにかんだ笑顔を浮かべる綾上。
なんだよそれ、嬉し恥ずかしいんだけど。
そう思いつつ、俺は自分の弁当に箸を伸ばして……気づく。
「……あれ、ちょっと待って。なにいまの!?」
なんだったの、今の自然な流れの「はい、あーん♡」は!?
あまりにも自然で、回避が間に合わなかったぞ!?
「ふふ、ツッコミ遅いよ」
蠱惑的に微笑みを浮かべる綾上は、とても満足そうだった。
「くそう、不意を突かれた」
「嫌だった?」
少し不安そうな表情で問いかける綾上。
しかし……嫌ではなかった。
なんだかんだ男子高校生的には「可愛い女の子の手作り料理を食べさせてもらう」というのは、憧れのシチュエーションなのだ。
とは、もちろん口には出さないのだが。
無言のまま黙々と弁当を食べ進める俺を見て、何かを感じ取ったのだろう。
「これも取材になったかな。ありがとっ」
目を細めて笑う綾上が、お礼を言ってきた。
「……そりゃよかった」
取材、か。
作家の取材に役立てたのなら、光栄だ、うん。
そう思いつつ、俺はいつもと変わらない安心できる味の弁当をパクつく。
そのいつも通りの味が、乱れ切ってしまった俺の心に、少しばかりの平常心を取り戻してくれた。
本日二度目の、サンキュー母ちゃん。
心からの感謝を捧げます……。
「あっ!」
なぜだか声を上げた綾上。
「ん、何?」
当然、何事かと問いかける。
俺の顔を見て、頬を真っ赤に染めた綾上は言った。
「……お箸。間接キス、だ」
……このタイミングで間接キスに照れちゃうんかーい!!
俺の鋭いツッコミは、しかし残念なことに口から放たれることはなかった。
「う、うん。……そだね」
俺もなんだか恥ずかしくて、小さく返答するのが限界だった。
何とも言えない空気の中、俺たちは二人そろって赤面し、黙々と弁当を食すすめる。
そして、真っ赤になりつつも、ちらりと時折こちらを窺う綾上を視界の端に入れながら、俺は思うのだった。
――母ちゃん。
今日の卵焼き、いつもより甘くない? と。
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