第5話 美少女作家と席替え
綾上と相合傘をして帰った翌日。
何事もなかったように、いつも通りの登校風景が終わり、今は朝のSHRの時間だ。
クラス担任の女教師(20代後半、独身。最近の口癖は「結婚したい……」)が教壇に立ち、そして宣言した。
「おーおはよう。それじゃ今日は席替えするぞー」
このクラスでは数か月に一度、席替えが行われる。
今日がちょうどその日だったようだ。
「おー、やった!」
「お前とはここでお別れだな、せいせいするぜ」
「また近くの席が良いねー」
クラスの連中が騒ぎだした。
無理もない、日々の変化の少ない高校生活において、席替えとは一つの大きなイベントなのだ。
このイベントでは、誰もがみんな気になるあいつの隣の席を狙っているというわけだ。
多分。
がしかし、俺に限って言えば、今回の席替えは乗り気ではない。
まず、窓際の後ろから二番目という現在の席位置に、大きな不満がない。
そして、周囲の連中との人間関係も、特別仲が良いわけではないが、悪いというほどもない。
もし、今よりも好条件の席位置があるとすれば、窓際一番後ろの席だけ。
都合よく引き当てられるわけもないだろうしなぁ、と俺は嘆息した。
浮かれたクラスメイト達を辟易しながら俺は眺めるのだが、一人様子がおかしい奴がいた。
――綾上だ。
彼女は俺の方へと視線を向けている。
なぜだか、神妙な表情だった。
目が合うと、力強く頷いた綾上。
そして、ぐっと拳を握りしめた。
……なんか気合入ってるな。たかが席替えなのに。
俺はのんびりそんなことを考えながら、くじ引きに備えるのだった。
☆
「うわー、一番前かよ、最悪だー」
「やった、また席近くだね」
「よろしくー」
くじ引きの結果に、当たり前だが満足した者、そうでない者がいた。
誰もが思う通りにはいかない。
俺たちは、席替えを通じて、社会の理不尽さへの耐性を身に付けるのだろう。
多分。
ちなみに俺はというと……この席替えの結果に満足だった。
俺は見事に窓際の最後尾、創作でよく登場する所謂主人公席のくじを引くことができたのだ。
ウキウキで最後尾に机を動かし、未だのろのろと机を移動させるクラスメイト達へと視線を向け、高みの見物と決め込む。
周囲には誰がくるだろうか?
基本的に誰でも関係ないか。
そんなに親しくしている奴はいないし……綾上とも学校ではあまりしゃべらないし。
と、考えているのがフラグだったのか?
「あっ……」
思わず俺は、呆けた表情で感嘆の声を漏らしてしまった。
満足そうな表情の綾上が、俺の隣に机を移動させてきたのだ。
綾上はというと、にやにや笑いながら、口元をもにょもにょさせている。
……とてもうれしそうだ。
「よしっ」
嬉しそうに、小さくつぶやいたのが聞こえた。
ついでに、右手で控えめなガッツポーズもしている。
よしっ、とか言っちゃたよこいつ……。
周囲の他の連中に、不審に思われていないか俺はビクビクするものの、特に気にしている奴はいないようだ。
ほっと一息吐く。
改めて確認してみると、周囲のクラスメイト達も、大方席の移動を終わらせていた。
「そしたら、授業の準備しておけよー」
担任の女教師も、その様子を見て満足し、そう言い残して教室を後にした。
クラスの連中は、新しく近くになった席の奴らで談笑したり、離れ離れになった仲良しグループと合流したり、いつもより騒がしかった。
……俺には関係ないけど。
さて、優秀な俺は次の授業の準備でもしておこう。
そう思っていると、不意に机の上に、几帳面に折りたたまれたメモが置かれた。
それを置いたのは、隣の席の女。綾上だ。
俺は綾上を一瞥する。
すると彼女は『メモを開いて読んでみて』とジェスチャーしてきた。
何のつもりだろうか、と思いつつ開いて内容に目を落とす。
『一緒にお昼が食べたいです。お昼は、図書準備室に集合しませんか??』
メモには、綺麗な文字でそう書かれていた。
一緒にお昼ご飯?
なんつーか、ベタなお誘いだな、と思った。
しかし、昼ご飯、か。
俺はゆっくりと一人で食べるのが好きなんだよなぁ……。
やれやれ、どうやって断ろうか、と考えつつ、俺はメモにペンを走らせて、文字を書き加える。
『了解』
……た、たまには誰かとお昼を食べるのも悪くはないよなっ
綾上の机の上にそっとメモを置くと、彼女はさっとそれを広げて読んだ。
途端、顔を真っ赤に染めつつほころばせる。
ちらちらこちらに視線を送ってきた。
互いの視線が合い、綾上は声に出さずに唇を動かしてきた。
た・の・し・み・だ・ね
……俺はその隣人の様子を見て、前言撤回を心中でする。
今回の席替えの結果に、俺は大変不満だ。
これから先、綾上の隣のこの席で。
ちゃんと授業に集中することができるのだろうか、と。
そう思ったからだ。
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