第3話 美少女作家と映画館
「断ったはずなんだけど……」
「ん? なんのことかな?」
上機嫌に笑みを浮かべる綾上。
俺たちは今、映画館で隣り合って座っている。
ライト文芸小説が原作の映画を観に来ているのだ。
「俺さ、綾上の告白はちゃんと断ったよね? なのに、なんでこうして一緒に出かける誘いをしてきたんだ?」
「……確かにプロポーズは断られてしまったけど。あれってつまりは『まずは結婚を前提にお付き合いから』って、言うことでしょう?」
「違うよ」
「ええ!? 違うの!? じゃ、じゃあ。なんで今こうして私との映画館デートに付き合ってくれているの!??」
目を見開き、驚愕をあらわにする綾上。なんでそこまで驚くの?
なんだったら、その綾上の反応に俺の方が驚いた。
「……情けないけど。俺って友達いないから、誰かに遊びに誘われたのが普通にうれしくってついてきただけなんだ」
俺は理由を説明するのが恥ずかしくて、うつむきがちに告げたのだった。
「大丈夫、君には今も友達はいないから!」
そんな俺に謎の追い打ちをかける綾上!
「何も大丈夫じゃない気がするんだけど?」
思わずイラっとしてしまい、険の篭った声で言う。
「大丈夫! だって、君には友達はいないけど、私という可愛い彼女が……いいえ、お嫁さんがいるんだから! 勝ち組じゃない!」
顔を近づける綾上。
超至近距離でそう宣言してから、自分の発言がちょっとあれなことに気づいてしまったのだろう。
赤面して顔をぷいと背けたのた。
……綾上って俺が思っていたよりもずいぶんとアホなんだな、と思った。
「ごめんなさい。君とデートができて、はしゃいじゃったみたい……」
身をすくめて反省の意を表明する綾上。
「……いや、いいよ。俺も憎まれ口は叩くけど、ちゃんと楽しみだから」
俺の言葉に、さらに顔を赤く染めた綾上。
口元をふにゃふにゃさせつつ、
「そっか……じゃあ、結婚する?」
と、首を傾げつつ言った。
「それはおかしいと思う」
俺が言うと、「ちぇー」っと、言って舌をだして反応をした。
そして、唐突に俺を上目遣いにのぞき込んできた。
「どした?」
ていうかやっぱり近い。
映画館で隣同士だから仕方ないのだろうが、めっちゃ美人な綾上とこの距離っていうのは、どうにも落ち着かない。
「なんだかさ、映画ってドキドキしない?」
「そうか? ドキドキっていうよりも、俺はワクワクするかな」
「あっ、そっか……」
何かに気づいたような綾上の声が聞こえた。
「ん? 何が『そっか』なんだ?」
俺が問いかけると、綾上が悪戯っぽく笑ってから言う。
「映画を観に来たからじゃなくってさ。……君が隣にいるから、ドキドキするんだ」
そして、俺の手に、彼女の冷たい手が重なった。
「……はい?」
「こうしたら……君も、ドキドキしてくれるかな?」
甘い声音で告げる綾上。
蠱惑的な視線を受けて、俺の脳は考えることを一瞬やめた。
数秒後。
「落ち着け、綾上! これは恋人同士のする奴だ! ただのクラスメイトの男女がするようなことではない、だからこの手を離すんだ!!」
俺は抗議しつつ、彼女の手から逃れようとする。
だが、綾上は一生懸命にこちらの手を握りしめているせいで、中々それができない。
「ち、違くないから! 恋人同士だったら……」
綾上は器用に、自分の指と俺の指を絡めて、手を握ってきた。
――所謂、恋人つなぎだった。
「こういう風に、手を繋ぐものだし!」
そう言ってから、俺の肩にこつん、と頭を乗せてきた。
……やっぱこれ違うわ。
俺はそう思い、改めて彼女の手を振り払おうと思ったのだが、時すでに遅し。
周囲は暗くなり始めていた。そして、スクリーンを見る。
映画泥棒さんのシーンはいつの間にか過ぎ去り、映画本編の上映が始まろうとしていた。
流石にもう、騒ぎ立てるのは憚られる。
「……はぁ」と、一つ大きなため息を吐いてから、俺は割り切って、映画を観ることに集中しようとするのだけど。
――繋いだ手から伝わる体温と、間近に感じる彼女の息遣いに、俺はドキドキしすぎて。
映画の内容が、半分も頭に入らないのだった。
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