第2話 クソレビュアーと美少女作家(下)

「……はい? う、嬉しい……」


 俺の呆けた呟きを聞いた綾上の顔が、途端朱色に染まった。

 ……普段澄ましているけど、こういう表情だとめっちゃ可愛く見えて、思わずドキリとしてしま……じゃ、なくって!


「いやいや、今のは『はい? 何を言ってるんですかあなたは?』の意であり、告白の返事というわけではないというか、端的に言ってマジで何言ってんの綾上?」


 とりあえず訳が分からなかった。

 ……そう。


「え、何? え? 作者なの? ……本人なの? 綾上が三鈴彩花なの!?」


 まずは、何よりもそこだ! 

 大人しくて美人なクラスメイトが、実は小説家でその秘密をなぜか打ち明けてくれた? 

 ……俺は妄想と現実の区別はついてるつもりだたったんだが、どうやら手遅れみたいですね。


「うん、そう言っているでしょ」


 どこか不服そうに唇を尖らせる綾上。

 一体どこまで本気なのだろうか?

 澄ました表情でこちらを見る綾上を、俺はしばし見つめることしかできない。


「そ、そんなに見つめられると、恥ずかしいんだけど……」


 俺の視線を受けて、照れたように横を向く綾上。


「ご、ごめん」


 俺は一言謝罪する。

 確かに、まじまじと見すぎていたかもしれない。

 俺の謝罪を受けてから、綾上は再びこちらを向いた。

 未だ、頬は朱色に染まってはいたので、まだ恥ずかしいらしい。

 気を取り直したかのように、彼女はポンと掌を打ってから、言う。


「ちなみにね、ペンネームは名前のもじりなの! 「あやかみ すず」を「み」の前で区切って、苗字と名前をひっくり返すと……」


「あっ! みすず あやかになるのか……」


 めっちゃわかりやすい由来だった!


「そう! でも、これだけじゃ証拠として不十分? それなら、契約内容に関係のないところだったら、担当編集とのメールのやり取りも見せられるけど?」


「……いや、そこまでしなくて良いよ。なんか、作者って方が自然な気がしてきたし」


 俺のレビューを暗唱したり、普段はアウトオブ眼中な同級生にわざわざ感想を聞きに来たりしたのにも理由があったのだと。


 作者自身なのだ、と。


 そういう理由でならば、このいかれた状況でもなんとか納得できるように思う。


 問題はもう一つのほうだ。


「あのさ」


「うん?」


 首を傾げて相槌を打つ綾上。

 その仕草が可愛らしく、思わず言葉に詰まりそうになるが……。


「ご存知の通り、俺は綾上のデビュー作をネットで叩いた」


「うん。私、君のレビューを読んで結構傷つきました」


 弱々しく笑う綾上。

 うぐぅ、と胸が苦しくなる。

 え、綾上ってそんな弱ったような表情するの?

 なんか俺、めっちゃ罪悪感にさいなまれてるんだけど!?


「……で、だよ。そんな自分の大切な作品を叩きまくった憎きアンチクショウに対して、綾上はなんて言った?」


「私と結婚を前提に付き合ってください」


「なんでだよっ!?」


 理解不能だった。

 そこは普通、「よくも叩いてくれたな」とかの恨み言をぶつけるべきところだろう。

 ……あと、何気に求めてくる関係性が進んでるのが怖い。


「なんでって、言われたら……そうだなぁ」


 人差し指をこめかみにあてて、考えるそぶりを見せる綾上。


「私のデビュー作って、けっこう評判悪いの。知ってるよね?」


「ああ。まあ」


 発売から二週間ほどが経過し、既に何人もの読者が彼女のデビュー作を読み終わっている。

 その結果として、彼女の作品は通販サイトで感想を付けた7割のカスタマーから☆1もしくは2が付けられた。

 あと、何気に今気づいたけど、綾上って結構エゴサするタイプの作家なのね。


「『単純につまらない』『キャラの心情が理解できない』……色んな批評があったんだけど、私は読者がどうしてそういう風に思ったのか、わからなかったの」


 普通はそうだろう。

 小説を読むのにはエネルギーが必要だ。

 そして、たった数行だとしても、感想を書いてネットにあげるって行為は、それ以上の負担がかかる。

 良きにしろ悪しきにしろ、よっぽど感情を動かされなければそこまでは普通できない。

 だから、親切丁寧かつ詳細なレビューをネットにあげる、なんてする人間は……ほとんどいない。


「でもね、君の……もとべぇのレビューを見て、私は震えたの。具体的にどこが受け入れられなかったのかを解説してから『面白くなかった』って書いてくれていたでしょ?」


「ああ、俺はクソ作品を叩くことに誇りを持っているし、使命感を抱いている。半端なことはできないからね」


 俺は自信をもって応える。

 ぶっちゃけ、どこに出しても恥ずかしくない出来のレビューだと自負している。


 どこに出しても俺のレビュー自体叩かれてしまうのが悲しかったりもするけど……。


 クスリ、と柔らかく微笑む綾上。

 ……批判に自信を持つことはそんなにおかしなことだったのだろうか? 俺は首を傾げ、続く言葉を待つ。


「私は、きっと傲慢だったの。自分の作品に対して一番真剣に向き合っているのは自分なんだって思ってた」


 弱々しい声音だけど、言葉はすらすらと紡がれる。


「だけど、あなたのレビューを見て、私と同じくらいひたむきに、まっすぐに作品と接してくれる人がいるんだって思って」


 紅潮した頬。言葉を重ねるごとに、瞳の輝きが増していた。


「もしかしたら、私よりもずっと真剣に向き合ってくれていたのかも、ってくらい思えてしまって。すごくうれしかったの」


 すごく、救われたの。

 そんな呟きが、耳に届いた。


「そんなもとべぇさんを、これ以上ないくらい、素敵な人だと思ったの」


 目が合う。

 熱を帯びた視線。

 俺はどうにも気まずくなって、目をそらした。


「だから……どんな人なのか、会ってみたかった。話をしてみたかった。そして、ちゃんと気持ちを伝えたいと思ったの」


 フッ、と浅く息を吸い込んだ綾上。 


「ありがとう。あなたのおかげで、私は自分の未熟さを見つめることができました」


 そして、小さく頭を下げた。

 俺は彼女になんと言ったものかわからずに、無言のまま呆然としていた。


「だから……」


 頭を上げ、俺へと視線を向けた綾上。


「私と結婚してください」


「それはおかしいからっ!!!!」


 俺はこれまでのふわっとした空気を払いのけるほど大きな声を上げてツッコミを入れた。


「わ、わかっているわ! 私は16歳以上だから法的に結婚が問題なくても、君は18歳未満だから結婚ができ――」


「そうじゃなくて! それ以前の問題だろうが!?」


「ええ……じゃぁ、何が問題っていうの?」


 心底「何言ってるの、この人?」といった表情の綾上。

 それ、俺が言いたいから。

 もうね、前言撤回。

 この作者の気持ちは、俺には一切わかりません!


「まず、綾上が俺を好きになる理由がわからない! 普通、自分の作品を叩かれたら怒るだろ? 叩いた奴を嫌いになるだろ!?」


 綾上は俺の言葉を聞いて、ポン、と掌を叩いた。


「あ、そういうこと!」


「うん、そういうこと。なにか特別な理由があったら、教えてほしいんだけど」


 うーん、と少しだけ恥ずかしそうにしてから、綾上は悩ましげに口を開いた。


「創作っていうのは、作者の全部をさらけ出しているようなものだと思うの。そして、君は それを真剣に向き合って、隅から隅まで余すことなく堪能してくれた。その後に、自らのうちに迸る青い情熱までぶつけてくれた」


 法悦の表情の綾上。

 ……何言ってんだこいつ。

 俺は素直にそう思った。


「だからね……君は私の全部を堪能した責任をとる義務があると思うの」


「その理屈で言うと、綾上は全国的に隅から隅までさらけ出すビッチになってしまうと思うんだけど」


「ビッチだとしても、処女ビッチだからセーフだと思うの!」


 俺はその言葉にびっくりした。

 綾上、可愛いけどそういう経験ないのか。

 ……い、いや! 深く考えるな、気まずくなる!


「あ……い、今のは忘れて!」


 顔を両手で覆い隠して、震える声で告げる綾上。


「あ、うん。忘れます……」


「と、とにかく。さっきも説明した通り! 私は、私の小説を真剣に読んでくれた君に。誰よりも本と真剣に向かい合う君に、恋をしてしまったのです」


 まだ顔が赤いままの綾上。

 まっすぐに見つめられながらそんなことを言われると、こちらまで照れくさくなってしまう。


「で、でも! 俺は綾上のことほとんど知らないし、綾上だって俺のことを全然知らない!」


「私は君の創作に向き合う姿勢を知っている。君は私の作品を知っている。作者と読者が関わるのに、これ以上なにが必要だというの!?」


「作者と読者じゃなくて、男と女の話じゃなかったのか!?」


「ふ、ふぇぇ」


「なんでそこで照れるっ!?」


「改めて言われると、ちょっと恥ずかしくなっちゃった……」


 何言ってんだこいつ。

 何度目かもわからないけど、俺はその言葉を飲み込んだ。


「……そもそも、俺みたいな冴えない地味なのと付き合って良いのか、綾上は?」


「地味だけど、ぶっちゃけ素材は良いというか……普通にカッコいいと思うけど」


「なにそれ、普通に照れる」


 俺は一瞬素で反応してしまった。


「それ以上に。……創作に対する誠実さは、実際に会って本物だってわかったから。私にとっては、それが一番大切なことだから!」


「いやいや! たった10分くらい話しただけで、どうして実際に会って、創作に対する誠実さなんかがわかるって言うの? おかしくない!?」


「だって、知っていたもの。君が、いつもこのお店で小説を読んでいたことを。本当に熱心に小説を読んでいた。読み終わったら一生懸命スマホやパソコンで何かを書いていて。それがもとべぇとしてレビューを書いていたのだと知って。ネットのもとべぇと、目の前にいる君が結びついて……創作に対する誠実さが、わかったんだよ」


 ……アウトオブ眼中なのだろうと思っていたのに。

 いつの間にか、俺のことを見ていたのか。


「君が一生懸命に小説を読むのを知っていたから。私は自分の作品をいつか君に読んでもらいたいなって、思ってたんだよ?」


 照れくさそうにそう続けた綾上の表情は、変な言い方かもしれないけど……何だかすごく女の子っぽかった。


「……私に、告白の返事を聞かせてください」


 綾上が声を振り絞って言った。

 俺はもう、彼女の気持ちをただの戯言だと無視することができなくなっていた。

 それくらい、彼女の真剣さが伝わってきた。


 だから俺は、ちゃんと綾上のことを考える。


 綾上の言動は、ぶっちゃけハチャメチャでついていけない。

 ……だけど、スタイルや顔は抜群に良い。

 それに、趣味が読書。

 その上自分で執筆までするなんて、正直言って、かなり興味もある。

 インドア趣味同士、意外と上手くいくかもしれない。


 何よりも、叩かれるだけだった俺のレビューを、全面的に肯定してくれた。

 正直に言って、嬉しくないわけがない。

 ていうか、めっちゃ嬉しい。


 オタク趣味に青春を費やすだけだったけど、それもここで卒業なのかもしれない……。

 これからは、可愛い彼女と楽しい放課後を過ごすことになるのかもしれない。


 ……そう思うと、俺の返事は自然と決まった。


 じっとこちらを見つめる綾上。

 俺はまっすぐに彼女を見返してから、口を開いた。










「お断りします」


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