第11話 闇の支配する国

11. 闇の支配する国



 シンが助けて欲しいと言うと、ヴォルフガングは不思議そうな顔をした。

「というと?」

ヴォルフガングはシンに聞き返した。

「あの、いくつか質問があるので教えてもらいたいのですが。まずここはどこですか?そして、今は何時くらいなんでしょうか?鍾乳洞を抜けたらここに来ていたんです」

「ショウニュウドウというのは何のことか分からんが、ここはゴール帝国の領地の森の中だ。それで時間は俺が意識を失ってどれくらい経ったかだが・・・」

「今は午後2時くらいでしょうか」

 妹のイリスの方が時間を教えてくれた。

「あの・・・この辺りは午後2時というのは、こんなに暗いのですか?」

 シンは改めて空を眺めた。太陽は見えないし、月や星のような光源があるわけでもない。それなのに、真っ暗闇とまではいかないが、かなり暗く、少し紫がかったような暗さが広がっている。辺りはどことなく濃い煙のようなものが世界全体が覆っていて、月明りの夜にもやがかかっているような明るさしか感じられない。

 すると、ヴォルフガングが答えた。

「この辺りは20年ほど前から闇の支配者であるゴールの支配下で、その影響でずっと闇にしはいされたままなんだよ。太陽の光はもう20年見ていない」

「20年も闇の世界なんですか?」

「ああ。だが夜になればもっと暗くなるので、この闇に慣れてしまった私たちはこのくらいの明るさが、午後なんだと慣れてしまっている。もちろんここは森の中だから余計に暗いというのはあるがな。しかし、ということはシン殿のいた所は日の光が差し込んでいるのか?」

「はい、日本から来ました。ちょっとした気分転換で訪れた鍾乳洞にいたら、突然地震が起こって、気づいたらこの近くの洞窟から出て来ていたのです」


「なるほど・・・」

 ヴォルフガングと名乗ったこの人はしばらく考え込んでいる。

「そうすると、噂の「転移門」と呼ばれるゲートをくぐって来たのかもしれんなぁ。そんな話は噂話しなんだと思っていたのだが。昔から、この世界にはゲートと呼ばれるところがあって、そこから違う場所の洞窟に移動できるという言い伝えがあるんだよ。ひょっとすると、シン殿はそのゲートをくぐってここに来たのかもしれん」

「ゲートですか・・・。それで、お二人はこれからご自分たちの町に戻られるのでしょうか?よかったら、私も連れて行っていただけないでしょうか?このままここにいると何やら得体のしれない生き物に襲われそうで安心できないんです」


 二人は顔を見合わせながらしばらく考え込んでいる。

 ヴォルフガングはしばらくして考えをまとめたのか、シンの方に顔を向けて話し始めた。

「実は、私はもともとゴール帝国の人間ではない。ラインハルト王国の人間だ。ところが、20年前の戦争で、ラインハルトは闇の支配者ゴールに敗れてしまい、ゴールはその支配地を広げ続けている。20年前戦いに敗れた我が国ラインハルトの国王は突然行方不明になってしまわれたのだ。それと同時にこの世界は闇に支配されて、その影響なのか新しい竜が発見されることもなくなった。だが悪いことばかりでもなくてな。新しい竜を得られなくなったためにゴール帝国の侵略も、ラインハルト城までで止まったのだ」

「その後、ヴォルフガングさんはゴール帝国から逃げなかったんですか?」

「ああ、残念ながら逃げられなかった。何度も逃げ出そうと思ったのだがな。私は以前、軍人だったので、昔から国王に仕えていた仲間たちと、この妹が一緒に生活している。それで、もし誰かがゴール帝国の支配から逃げだせば代わりに仲間が殺されるんだ。今となっては、その仲間も一人だけになったがな」

「人質ということですか?」

「そういうことになるな。今は国に古き友であるリュウガを残してきている」

「そうなんですか・・・」

「今は行商人ということで何とかこの地で生きている。しかし、一週間以内に300リットルの油を買い付けることになっていたんだが、その油をこの通りダメにしてしまった。それで、もう一度隣の国のブルックス城まで戻って油を買い付けて来なくてはならん。だが、そのための金がないのだ。油300リットルと言えば、金貨3枚はする。しかし、そんな大金は簡単には準備できん。シン殿は、ゴールの支配するラインハルトに行くよりは、ブルックスが中立の国ヴァルトラーンの領内なので、そこまで連れて行ってやることはできるぞ」

「分かりました。それではそのお金、私に用意させてください。ちょうど洞窟で金貨を手に入れたばかりです。その価値もよく分かりませんが、連れて行っていただくお礼にお支払いします」

「何?洞窟で金貨を見つけただと? シン殿、すまぬが、その金貨とやらを見せてもらえんかな」

 シンはバックパックの中から金貨の入った皮袋を取り出して、その一枚をヴォルフガングに見せた。

「これは確かにラインハルトで発行された共通金貨で間違いない」

「共通金貨?」

「ああ、この辺りのゴール帝国、それに隣の中立国のヴァルトラーン、その向こうにあるレオール共和国、もっと広い地域でも使えるかもしれんが、俺の知る限りではそれらの国々で使える共通金貨で間違いない。ただ少し古いものなので両替が必要になるな」


 その説明を聞いて、シンはもう一つの小箱に入った大きめのメダルを見せてみることにした。

「あの・・・それではこれはどういったものなのでしょうか?」

 シンは小箱に入った大きな金のメダルを見せた。

「これは!シン殿。これはどこで手に入れられた?」

「近くの洞窟です。これはどういったものなのでしょう?」

「ああ、これは我がラインハルト王国の大金貨だ。この刻まれた竜の紋章は間違いない。これ一枚で金貨100枚の価値があると言われている。これは、特別な者にだけ与えられる貴重なものなのだ。この大金貨一つあれば竜を手に入れることができるとさえ言われている」

「ということは、ヴォルフガングさんの竜も、大金貨一枚分の価値ということですか?」

「ああ、まぁそういうことになるかもなぁ。ハハハハ。だがな、俺が言っている竜は翼の生えたいわゆる翼竜のことで、それこそがまさにドラゴンの中のドラゴン。大きさは20メートル級、一頭いれば一国を手にすることができるとも言われている。だが、その翼竜も、この20年姿を現してはいない。俺の竜よりもっと小さな馬程度の大きさの地竜でさえ、この20年の間に一頭も発見されてはいない。だから、冒険者たちは必死になって金をため、みな地竜を手に入れるために血眼になって働いているのさ。もっとも金があっても。その肝心の竜がどこにもいないんだからどうしようもないがな。それで、この20年の間に、もっとも今では小さな地竜一頭でさえ大金貨1枚と言われるようになっているほどだ」

「兄の友人のリュウガさんは、ワイバーンに乗っているお方です。それで、ゴール帝国は兄と、リュウガさんの竜を警戒して、他の国に寝返らないようにと誓約書を書かせて、こうして国の仕事をさせているのです。兄が外に出る時は、リュウガさんが監視され、リュウガさんが外に出る時には、兄に監視がつくという具合です。それで、城を出る時は一週間以内に国に戻らないと、リュウガさんの身に危険が及ぶのです。そして、その期限があと3日と迫っているのです」

「そんな・・・なんてひどい・・・」

「まあ、大丈夫だ。シン殿がお金を貸してくれるというのであれば、今から戻れば3日後までには十分間に合う。では、シン殿、まずは荷台を直すのを手伝っていただけるかな」


 シンはヴォルフガングと共に倒れた荷台を起こす作業に取り掛かった。



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