七話

森から抜けた小さな魔物ーー物語からなぞらえてゴブリンと呼称される化け物達は、脇目も振らず真っ直ぐ街を目指した。

建物の壁が一種の城壁の代わりとなっている。だけど、そんなこと魔物達には関係ない。

ただ通りやすいという理由だけで詰め所を抜け、大きな街道を通って動くモノを探す。見つけ次第、本能に従って破壊活動を行うだけだ。

詰め所にいた警備兵達は魔物を確認するや直ぐに警鐘を鳴らした。

しかし、鳴らしている警備兵達も魔物達が森から出てくるのは初めての事例だった。訓練通りに身体は動いたが、脳は混乱と困惑に満ちている。なら街の住民達が困惑半分、誤報半分に思ってしまうのは推して知るべしである。

何があったのかと見に来る者まで現れる始末だ。警鐘を鳴らした警備兵が慌てて避難を呼びかけるが、全ては遅かった。

あちこちで悲鳴が上がる。見たこともない邪悪で悍ましい姿は、例え小柄な体躯だとしても恐怖せずにはいられない。

そこにいた者全員が逃げ始めるが、統制の取れていない避難は更に混乱を誘う。押されて転ぶ者、元々足が弱い者、誰かとはぐれてしまい立ち止まる者。数人の警備兵だけではどうしようもなかった。

一匹のゴブリンが転倒していた女性に追い付いた。片手には森で拾ったのか太い木の棒。まるで御伽噺に出てくる棍棒を持った異形そのものが、今まさに女性に振り下ろそうとしていた。

近くにいた男性が急いで助け起こそうとするが間に合わない。きたる衝撃に覚悟して二人揃って固く目を瞑った。

その時、星が瞬く空から星が飛んできた。

いや、それは星などではなかった。

光の矢が、放物線を描いて飛来し、寸分違わずゴブリンの眉間を撃ち抜いた。

反動でゴブリンが後ろに倒れる。その音を聞いて二人は恐る恐る目を開けると、そこには額に穴が空いて絶命したゴブリンが横たわっていた。やがてボロボロと身体が崩れ始め、塵となって消えていった。


「ちょっとちょっと……何でこんなことに、なっている、の!?」


若い子供の声が悲鳴の間から微かに聞こえてくる。同時に先程と同じ魔法で作られた矢が一斉に、複数のゴブリンを刺し貫いていった。

かなり遠くから少年ーーコリンが両手を突き出していた。逃げてくる住民を鬱陶しそうに避けながら次々と連射していた。


「むぅ、ここまで混乱するとは……普段からもっと避難訓練を取り入れるべきだった」


次いで聞こえてきた声は、市民達にとって聞き覚えのあるものだった。

話しながら声の主ーーバノン警備兵第一隊長は、魔物の群れの中に飛び込み、一刀のもとに二匹のゴブリンを斬り伏せていた。

バノンの背後を狙おうと複数のゴブリンが仕掛け始める。しかしその前に氷の槍が勢いよく射出され、バノンの後ろにいたゴブリンが一掃された。

闇夜でも分かるほど褐色の肌と白金の髪を持った青年ーーロイドが無言で槍を大量に生成して高速で撃ち出した。詰め所を通り抜けたばかりのゴブリン達が為す術もなく掃討されていく。

詰め所から街の中にいた魔物はあっという間に全て倒された。だけど、三人の瞳はまだ詰め所の向こうーー森の方を向いている。

ゆっくりとだがぞろぞろと、小型な魔物や獣型の魔物が街を目指しているのが見えた。

うへぇとコリンが小さなぼやきを漏らす。


「そういう問題?避難訓練もそうだけど、もっと魔物の驚異を教えた方がいいんじゃないの?」

「確かに、一理あるな。……しかし、森から魔物が出たことなど今まで一度もなかったのだ。生まれて二十七年、魔物が王国に出た話など聞いたこともない」

「「えっ!?」」


ロイドとコリンが思わず魔物から目を離してバノンを凝視してしまった。


「む、どうしたのだ?」

「…………いや、何でもない」

「うん、気にしないで」


ロイドとコリンは即座に返したが内心は魔物の出現以上に驚いていた。

と言うか、見た目は四十代に見える凄まじい形相のオッサンだと思っていたとは口が裂けても言えない。

気を取り直すようにコリンがそれで、と話を続けた。


「確かに僕も生まれてから魔物が出たとは聞いたことないね。原因はあると思うんだけど、何か分かるかい?」

「…………あそこから魔物が出ているように見えるのだが、あの場所に何かあるのだろうか?」

「へ?……何処?」

「あそこだ。木が一本倒壊している」

「……この暗い中、あんな遠くが良く見えるね。木が倒れてるって何処?」

「もう少し左側だ。今もまた、魔物が出てきた。……狭いのか何やら窮屈そうに出てくるな」


コリンとバノンの会話を聞きながらロイドも森の出入り口付近を見る。

夜目が利くロイドには確かに見えた。横倒しになった木を跨いで魔物が後から後から沸いて出てきている。

バノンの言った通り、あそこしか通れないのか森の奥では複数の魔物の影が見えるのに、出てくる時は滑稽なほど一列になって順番ずつ外に出てきていた。大型の魔物も出てき始めたが、まるで潜るように這って出てきている。

ふと、ロイドは違和感が頭の中をよぎった。

不思議に思い、何か忘れているのかと頭の中を探るが、直ぐにレティの言葉がフラッシュバックした。


ーー考えられるのは森の木を切り倒して穴が空いた、とかかな。私の魔法は影だから木の影が無くなると一時的にそこだけ効果が無くなっているのかも。


「あっ」『アッ』


間抜けな声がロイドの口から漏れたが、同時に頭の中にも響いてきた間抜けな思念を聞いて、慌ててその方向に振り向く。

いつの間にか、そこにはラフィにレティ、そしてマースがいた。

話を聞いていたのだろう、ラフィが一発で分かるくらい呆けた表情をしていた。

そしてレティは何故かラフィの背中に掴まりながらも自力で立っていた。ローブが見事なほど土でドロドロに汚れているが、まさかここまで歩いてきたのか。

マースに目を向けると、荒く肩で息をしながら申し訳なさそうに両手を顔の前に合わせていた。マースの服も泥に汚れているところを見ると、どうやらレティを担いだままコケたらしい。

そして人に頼ることを基本しないレティは、ここまでラフィの背を支えにしてやって来たというのか。……マースは後でシメる。

けれど今はそれどころではなかった。

ロイドの馬鹿みたいな声にバノンとコリンの視線が集中している。何か知っているのかと無言で促していた。


「……聞いた話だが、あの倒れた木が原因だ。森の木を無闇に切り倒すと、ああやって結果に穴が空いてしまうらしい」

「それ、初めて聞くけど何処からの情報?」


コリンの尤もな質問にロイドは口籠る。が、意外にもコリンは興味が無いのかまぁいいけど、と肩を竦めた。


「今はどうでもいいや。取り敢えず、何かが原因で木が倒れてしまって、そこから魔物が溢れてるんだろ?なら対処法を考えないと」

「それもそうだが、それよりもあの出てきた魔物をどうにかせねば。街にまた入られて被害が出ては困る」

「うーん、そうだけど……どうする?結構な魔物の数が出てきてるよ?今はここを目指してきてるけど、散らばったら厄介だよ?」

「…………なら、ここは俺が何とかしよう」


そう言ってロイドは前に進み出した。詰め所を抜け、街の外側に一歩踏み出す。


「何とかって……何するのさ?」


コリンの疑問にロイドは答えない。両手に魔力を集中させて溜めていく。


「おいオッサン、ここから森までの距離はどれくらいなんだ?」

「む?……彼我の距離は凡そ六百メートルほどか……それがどうしたのだ?」

「いや、途中で足りなくなったら困るからな」

「……君、もしかして……」


コリンは何かを察したのか驚きで顔が強張っていた。正気か、とありありと出ている。


「幅は、五メートルもあれば戦闘に支障はないよな?」

「問題はないが……貴殿は一体、何をするつもりだ?」


ロイドは最早答えなかった。意識を極限まで集中させる。

ダンッ、と両手を地面に叩き付けた。魔力を一気に放出させる。

バキキキキッ、と突如、氷の壁が地面からの生えた。

そのまま一瞬にして森の端まで繋がって生えていく。森の端に立っていた木も一部凍らせてから止まった。

ロイドの言った通り幅五メートル、高さ三メートルの壁が街から森に向けて一直線に出来上がった。

街に向かっていた魔物の内、何体かは下から生えてきた氷の壁に串刺しにされ、または氷漬けにされていた。

一部始終を見ていたコリンは顔が完全に引き攣っていた。うーわーと棒読みで声を漏らしている。

バノンもまた驚きに瞠目していた。誰が想像しただろうか。刹那の間に魔物を阻む壁が作れようなどと。

ロイドは足元をふらつかせながら立ち上がった。魔力量はまだ問題ないが、体力が追い付かなくなってきた。


「おい、コリンと言ったか?壁の外に何体か残った。片付けてくれ」

「……っ、無茶言う、ねっ!」


文句を言いながらも、コリンは即座に空に向けて光の矢を放った。放物線を描いた矢は壁の向こうに消えていき、遅れて悲鳴や倒れる音が連続して響いた。


「……お見事」


バノンが小さく称賛の声を上げた。

ロイドも耳を澄ませて確認する。壁の外からは何も聞こえてこなかった。と言うか、バノンは一体どうやって分かったのだろう。本当に、凄まじいと言うか謎の多い人間だった。


「……で、後はあれを全部倒すの?僕、そろそろ疲れてきたんだけど」

「全部倒すのが目標ではないぞ。貴殿が言ったのだ、対処法を考えて何とか森から魔物が出ないようにせぬと」


うへぇとコリンが情けない声を漏らす。だけど、本当に体力には自信がなかった。

それはロイドやバノンにも言えることだった。

全員が全員、こういう事態は全く想定していなかったのだ。それぞれ捕まえれば終わると思っていたから余力なんて殆ど残っていない。

それでも、ここを防衛しないとバノンの言った通り、街には被害が出るだろう。それだけは避けたい。

責任の一旦があるロイドにとっては尚更だった。森から出る時になぎ倒した木が、まさかこんな結果を招くとは。森を管理しているレティにも後で謝らないといけない。

ロイドはふらつき始めた頭を必至に振り払いながら、魔物の大群に目を向ける。

急にできた異常な氷の壁に驚異を抱いたのか、進軍速度が上がっていた。先頭を歩いていたゴブリンは既に四分の三以上近付いてきている。

と、ゴブリンを追い抜き走ってくる複数の影があった。森で最後に見掛けた、狼に似た魔物の群れだった。狼とは違う、口を閉じてもはみ出るだろう長い牙を剥き出しにして凄まじい勢いで向かってきた。

迎撃しようとロイドは手をかざす。

しかし、それより先にバノンが瞬時に前に出て、一振りで二体の魔物を斬り捨てた。そしてそのまま返す刃で同じように二体を斬り飛ばしていく。


「……貴殿らは少し休んでいるがよかろう。ここは私が引き受ける。街を守る者として、ここで義務を果たそう」


そう言いながらバノンは特攻していった。向かってくる狼の群れの中に飛び込み流麗な動作で次々と薙ぎ倒していく。


「……いや、無理があるだろ」

「……いや、無理でしょそれ」


ロイドとコリンが思わずといったように同時に突っ込んだ。そしてそれぞれ光の矢と氷の槍を生成、バノンの間隙を縫って飛来して魔物を吹き飛ばしていく。

バノンの動きを見ていると、確かに放っておいてもいいだろうと一瞬思ったが、地面を踏みしめる足が強張っているのをロイドは聞き逃さなかった。コリンも二度、バノンと戦ったことがあるから何となくいつもより精彩を欠いていることに気付いていた。

コリンはまた光の矢を空に向けて発射していた。空中で反転した矢は森から出てきたオークと呼ばれる大型の魔物の眉間に次々と命中し爆発していく。疲れているとぼやいていたが、その精度は未だ衰えていない。倒木も見えない視力でどうやって狙いを定めているのか知らないが。

コリンが遠くを集中的に狙い出したため、ロイドは本数を増やして射出していく。コリンほどの正確さはないからバノンに当たらないように大きく隙間がある。それでも大量の槍がバノンに近付く前に貫いていく。

残った余りの数体はバノンが手早く屠っていく。後ろに通さないために流れるような動作で無駄なく一刀両断していた。

三人の動きはバラバラだが、詰め所より後ろには一切敵が入ってこなかった。

避難を誘導していた、または集まって加勢に加わろうとしていた警備兵が、立ち止まって事の成り行きを見ていた。

彼等だけではない。先程まで逃げ惑っていた人達が、足を止めて振り向き、戦う三人の勇姿を瞳に映していた。

森から出てくる数より、魔物が倒れていく数が圧倒的だった。傍目には魔物の全滅は時間の問題に感じられた。

だが戦っている者達は違う。少しずつだがそれぞれの顔に焦燥が募ってきていた。

疲労の問題もあるが、何より魔物の流出を防ぐ案が全く浮かんでこないのだ。魔物が森からどんどん溢れ続けている限り、いずれジリ貧になる。圧倒的に不利な状況だった。

ロイドは特に、後先考えずに大量の槍を発射させていた。

木を倒した責任の問題もあるが、変異種だけあって魔力だけは膨大な量を誇っている。持久力さえ持てば長時間魔法戦も行えるくらいだ。

指を鳴らして頭上から周囲に瞬く間に槍を作り出しては撃ち出していく。脱力感が全身を覆い始めたが、構わずに次の槍を作り出そうと準備を整える。

と、何かに服の裾を引っ張られる感覚があった。

驚いて顔だけ振り向く。横目で見ればいつの間にかレティがラフィを伴ってロイドの直ぐ後ろまで来ていた。


「あ、の……ロイさ、……」


満足に喋ることもできないのか、掠れた声にはさっきより更に弱々しくなっていた。

ラフィにしがみついた手も、地面に立つ足もガクガクと震えている。恐怖というよりも、消耗が激しすぎて力が入らないのだろう。

それでもレティは自力でここまで歩いて来たらしい。青白い顔はここにいる誰よりも真っ先に倒れそうだが、力の無い瞳からは必死に何かを訴えていた。


「……どうした?危ないから下がってろ」

「ロ、さ……も、り……わ、たし……」


レティが言葉を紡ぐが要領が全く得ない。一語話すにも気力を振り絞っているみたいだが、中々言葉が続かない。

出来れば聞いてやりたいが、手を止める暇はなかった。

コリンの魔法の矢の本数が少しずつ減ってきている。命中率も下がってきたみたいで一撃必殺とはいかなくなっていた。

バノンは相変わらず一撃で倒しているが、それは小型に限った話だ。大型相手だと複数回、刃を叩き込んでいた。二体、三体と増えれば苦戦は免れないだろう。

幸い大型はバノンよりも体格が大きいため、顔面を狙えばロイドの槍で退けられる。逆に言えばロイドが手を止めてしまうと、バノンに攻撃が集中されてしまう状況だった。

後ろを気にしつつも新たな槍を射出させていく。

レティが言い募ろうと口を開くが、空気が震えるばかりで声は殆ど出ていなかった。


『レティ、ガ、森ニ行ク、ト』


焦れたのか、ラフィが思念でロイドに伝えてきた。

意味が分からず、こんな状況下にも関わらずロイドはパチパチと瞬きを繰り返してレティを見ていたが、内容が頭に浸透していくにつれて咄嗟には?と口に出てしまった。


「森に、だと?」

「えっ!?何の話?」


聞き咎めたのかコリンが大声で問うてくる。その声が聞こえたのか、バノンも一瞬だけ後ろを振り返っていた。


「森が、どうかしたのっ?」

「いや…………彼女を、森に連れて行く」

「はぁ?正気?あんな中をどうやって行くのさっ」


コリンの言う通り、じわじわと数が増えてきていた。大型が森を抜ける時は一体ずつだったが、股の下からまたぞろ小型の大群が先に抜けてきたのだ。

中には粘体の生物ーースライムも現れ始めた。剣では応戦できないと考えたコリンは先ず真っ先にスライムを仕留めているが、その分ゴブリンやオーガなどは後回しになりつつある。

みっちりとまでは言わないが、結構な密度で前進していた。


「ものスッゴイことを言うねっ。そもそも君、あそこまで歩ける元気、あるのっ?」


言われたレティは氷の壁の向こうに目を向けた。

全身が震えながらも身を前に出そうと真っ白になった手に力を込める。ラフィが心配そうに振り仰いでいた。

行く気だと察知したロイドは止めようとレティの腕を掴もうとした。


「待て、もし行くなら俺が「僕が行きますっ!!」」

「……え、きゃっ」


レティの身体が突然宙を浮き、誰かに運ばれていく。ロイドの手が空を切った。

レティを抱き抱えた人物ーーマースはゼイゼイと喘ぎながらもスピードを緩めることなくバノンの前に飛び出し、魔物の群れの中に突っ込んでいった。


「はぁ?馬鹿なの!?」

「馬鹿がっ」

「馬鹿者め!」


全員の心が一つになった瞬間だった。ロイドもコリンも標的を変え、瞬時にマースの周りにいた魔物に向けて魔法を放った。

魔法の援護が無くなったバノンは、歯を食い縛りながらも縦横無尽に駆け回りながら魔物を薙ぎ払っていく。トドメは度外視しているが、詰め所には未だ一匹たりとも入り込んではいなかった。


「ひぇーっ!」


魔物に囲まれ、マースが情けない悲鳴を上げながら走っていた。が、元々バノンに連れ回されて誰よりも最初に疲労に達していた男だ。精神力を振り絞っても限度がある。

案の定、マースの足がもつれ、レティ諸共地面に倒れてしまった。

ロイドも走り出し、かなりの速度で疾走するが間に合わない。槍を作り出してはマースとレティを狙い定めている魔物を片っ端から串刺しにしていくが、大型の魔物が邪魔で小型の魔物を処理し切れていない。


「っ、ラフィ、頼むっ!」

『クソッ』


ロイドが言い終わるか終わらない間にラフィが飛び出した。戦闘には期待できないが、唯一あの獣だけが今尚機敏に動き回れる。恐るべきスタミナだった。

マースがあたふたしながらも何とかレティを抱き寄せていた。けれど最早持ち上げる力も残っていないみたいだった。


「マースッ、レティを落とすなよっ」

「……へっ?」


ロイドの大声に驚いて振り向いたマースは、狼型の獣が近付きながら口を大きく開いているのを目にして短い絶叫を上げた。


「わっ、わっ、わぁっ!」

『煩イゾ、小僧ッ!』


マースには届かないが、ラフィの苛ついた思念がロイドの頭に入り込んできた。

ラフィはそのままマースの後ろの襟首を咥え、そのまま高く跳躍した。


「うわっ、あーーーっ!」


マースの絶叫がそのまま後方に流れていく。

ラフィは一度の跳躍で氷の壁を使い、跳ねた四肢は大型の魔物の頭を踏みつけ、更に高く跳んで魔物の頭上を飛び越えた。

レティ相手だけなら絶対やらなかっただろうが、マースがしっかりとレティを抱き締めているので、ラフィは遠慮容赦なく乱暴に振り回しながら飛び跳ねている。

その様子を見ながら、ロイドもまた駆け出した。氷の槍を作り出し、ラフィの障害になりそうな魔物に向けて発射していく。


「ここは任せたぞっ」

「へぇ?あ、はぁ?そんな無茶なっ」


ラフィと違い、地面を走っているロイドの四方は既に魔物だらけだった。道程の半分以上は掻い潜って進んだため完全に囲まれている。

魔法は優先してラフィの行く先を狙い続けた。間近に迫ってきた魔物は抜いた剣を握り締め、横に薙いでいく。

ラフィは既に森にまで到達しかかっていた。後数メートルもすれば森の出入り口ーー一番近い木に近付ける。

その時だった。

歩みの遅いスライムの一匹が高く飛び跳ね、ラフィに直撃した。

ギャウッ、とラフィは短い悲鳴を上げながらも、巻き込まれないように慌ててマースの襟を離した。そのままスライムに飲み込まれていく。


「くそっ」


ロイドは手を突き出しスライムを氷漬けにし、手を握り込んで粉々に砕いた。

中のラフィはスライムの体液でベトベトになっていたが、顔を上げたところを見ると何とか無事みたいだ。

だが、ロイドに一瞬とはいえ隙が生じてしまった。

四方八方から魔物が好機とばかりに襲い掛かる。鋭い爪で、牙で、何処かから拾った混紡や石で。

氷の壁を作って防御しようにも間に合いそうになかった。


「……コリン殿っ!」

「あぁもうっ、そっちは任せたよ第一隊長さんっ」


バノンとコリンの叫びがロイドに耳に届いたと同時に薄紫の防護魔法が周囲を覆った。ガァンというやかましい打撃音がロイドの鼓膜を震わせる。

間一髪助かったロイドはしかし、近くの魔物ではなく、ラフィに放り出された人影を見ていた。

空高く舞っていた二人は、転がりながら地面に落ちていった。

限界をとっくに迎えていた上に、ラフィに曲芸な機動を取られて完全に力が抜け落ちたのだろう。いとも簡単にレティを手放していた。

泥だらけになりながらレティは転がっていった。一本の木の根にぶつかり、ようやく動きが止まった。

腕の支えだけで顔を上げた少女は、自分のいる位置と、ロイドの状況をつぶさに確認した。

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