四話
レティと一緒に適当に街をぶらついて歩いた。ベンチを見つけた後は座りながら菓子を半分食べて飲み物を飲む。
会話らしい会話はあったとは言い難いが、それでも有意義な時間だったと思う。
ただロイドにとって揚げ菓子がかなり甘過ぎたのは誤算だった。彼女に食べさせてみたいと思って買ったのは良いのだが、危うく胸焼けしそうだった。珈琲が無ければ残りの半分も食べるなぞ絶対に無理だっただろう。
普段から好んで甘い物を食べていた訳では無かったので、自分がそこまで甘いものが得意ではなかったことに自覚がなかった。
次からは気をつけようと心に留めておく。レティとの昼食のことを考えて手を出したはいいが、ロイドが先に撃沈する羽目になりそうだった。そんな阿呆な理由で帰宅するとか、絶対にしたくない。
とにかく、甘い揚げ菓子を口に放り込んで珈琲で流し込んだ後、レティと一緒に当初の買い出しに向かうことになった。
レティは相変わらず、必要なものだけをさっさと買ってしまって味気なく終わってしまう。ロイドが買い食いや散歩など言わなければとっくの昔に森まで戻っているはずだ。
一応、多めに買い足すように口出しはした。前回よりも買った荷物は少ないが、それでも今回は林檎やオレンジなどの果物も大きい紙袋に一緒に入っている。
ロイドはそれを右手で軽々と抱えていた。左手はレティの手を繋いでいる。因みに菓子の入った袋とコップはベンチの近くにあったゴミ箱にきちんと捨てた。
菓子や飲み物を持っていた時は無理だったが、朝からレティと手を繋げてロイドの機嫌はすこぶる良い。もしかしたら離していた方が良いのかもしれないが、もしもの時に引き寄せられると判断したのも理由の一つだが……我ながら苦しい言い訳だと、心の内で苦笑を漏らしてしまう。
手を繋がれたレティは、先程からチラチラとロイドの荷物を見ている。まだロイドが荷物を持っていることに納得がいっていないみたいだ。重い荷物は適材適所で任せてしまえば良いのに、彼女はこういう時、ロイドを決して頼ろうとはしない。
まだまだ彼女との距離間に残念な気持ちになるが、まあいずれ縮まれば良いと思い直すことにする。それまでは自分の好きにさせてもらうだけだ。
太陽の位置からそろそろ昼食時で、あちこちの飲食店からはいい匂いが立ち込めてくる。胸焼けする菓子を食べたとはいえ、ロイドもそろそろ小腹が空いてきた。
買い物を終えてからは気紛れに足を運んでいたが、段々と見覚えのある建物が見えてきた。
一度入ったことのある店だ。新しい店に入るのも悪くはないが、味は保証されているから入っても問題ない。店主も気のいい男性だった。
レティに聞いてみるかと口を開こうとした時ーー、
突然、鬱陶しい視線とは違う、ハッキリとした気配が真後ろから飛んできた。
ロイドは咄嗟にレティの手を離して左手を気配に向けて振るった。
ギンッ、と鋭い音が街中に木霊する。
ロイドが振りながら生成した氷の刃と、相手が薙いだ銀色に反射する剣の刃がぶつかり合っていた。
遅れてレティから小さな悲鳴が聞こえてくる。
紙袋を投げ捨ててレティを引き寄せようと瞬時に考えていたが、唐突に相手の鋭い気配が消え失せたことと、見覚えのある顔を認めて何とか思い留まった。
「うむ、完璧である。よくぞ迎撃できたものだ」
「…………何のつもりだ?……バノン隊長」
ロイドが静かに怒りを向けて問い質すも、向こうは気にした様子もなく爽やかな笑顔で受け流していた。相変わらずの強面だが。
「何、隙があるように見えたので少し、な。しかし大したものだ」
「……少し?」その少しで万が一レティに怪我でもしたらどうしてくれるのか。
沸々と怒りが込み上げてくるロイドを余所に、バノンはもう一度キン、と氷の刃を叩いてから己の剣を下げた。
ふむ、と呟く。
「しかし、この刃では私に当たっても切れ味は悪いのではないか?」
「……放っておけ。テメエの剣こそ、切れ味が良くないように見えるぞ」
「む、良くぞ見抜いたな。これは訓練用の剣でな。我々警備兵が世話になっているドミニク刀匠が作ってくれた私専用のだ。切れ味は全く無いが見た目は本物とそう変わりない。折れにくいのも特徴だ」
そうやって剣を掲げて見せてくる。一見して鋭そうな剣だが、ロイドの視力で見れば切っ先や刃が丸みを帯びている。このオッサンが振れば斬れてしまいそうな気がするが、一般人の場合だと確かに切断は無理だろう。
「そんなもので警備は務まるのか?」
「何、ちゃんと本物の剣も持ち歩いている」
ほれ、と今度は腰の辺りを示されれば、二つの鞘がベルトに留められていた。
何で偽物まで持ち歩いているんだと思っていたら、偽の剣を仕舞いながらバノンはニヤリと獰猛に笑った。
「前までは訓練以外では持ち歩いていなかったのだがな。最近弛んどる奴がいたからテストを兼ねて強襲して回っている。その中で私の攻撃を一度で受け止めたのは貴殿が初めてだ」
要するに巡回している警備兵の背後を日常的に襲って回っているということか。しかも突然に問答無用で。
何故そこにロイドまで巻き込まれるのか分からないが、レティ以外誰も悲鳴や騒ぎを起こしていない理由が分かった。
見慣れた光景なのか、通り過ぎる住人達は何事もなかったかのように見ていた。中には関心したように拍手を送ってくる者もいる。凄い、とかよく防げたな、とか言われている辺り、どうもロイドが褒められているらしい。
只でさえ変異種の外見で目立つのに、その上余興で注目が集まるのは本当に止めて欲しい。ロイドは氷の刃を消しながら盛大に溜息をついた。
「一応、俺は一般人だぞ。いきなり仕掛けてくるのは勘弁してくれ」
「うむ。だが、用心に越したことはない。……貴殿のことを気に入らぬ輩もいるしな」
チラリとバノンがあらぬ方向に目を向ける。その視線の先を知ってロイドも目を細めた。
「なんだ、テメエも気付いていたのか」
「……あからさまでは無いが不愉快な視線だ。いつからだ?」
「さあな」
気付いたのは街に来て直ぐだったが、その後も気配は消えたり出てきたりを繰り返している。
煩わしいから始末してしまおうかとも考えたが、距離がかなり遠いし近付いてくる感じもしない。逃げ切れるようにしているためか、常に一定の間隔が空いていた。
ロイドとバノンの視線を察知したのか、向こうにあった気配がスッと消失した。
「む、居なくなったか」
「そりゃそんだけ敵意を向ければあっちだって気付くだろ」
「仕方がない。貴殿も朝、テイラー隊長から聞いているだろ。アラゴンという奴や残党のことを。捕物を強行したのは良いが、残り半分がどうしても見つからないのだ。大人しくなって街が活気づくのは良いことだが、病巣は全部取り除くに限る」
確かにバノンの言うことは一理ある。一理あるが、
「そんだけ恐い面をして闊歩していれば、向こうも出るに出られないだろうよ」
思わず口に出して突っ込んでいた。
むぅ、とバノンは唸るがそれが余計に恐ろしい形相になっていることに本人は気付いていないのだろうか。
「……どうだろう。向こうが何か訳あって貴殿らを監視しているのであれば、しばらく同行させてくれないか?」
「却下だ」
ロイドは即答する。何が悲しくてオッサンと一緒に飯を食べなければいけない。
ロイドが真顔で切り捨てたのを見て、バノンは一瞬だけ呆けた顔をした。
だがその後、ずっと黙っているレティを一瞥すると納得したように頷いた。
「そうか、忘れていた。貴殿らは確かデート中だったな。いや、邪魔をして申し訳なかった」
デートという爆弾にロイドの身体と思考が一気にフリーズした。よりにもよって一番デートという単語が似合わない男から発せられる威力は絶大だった。
「申し訳ない。確か……レティ嬢であったな。無粋な申し出であったことをお詫びする」
突然話を振られたレティはえ、と小さく呟いた。
「それでは邪魔者はこれで失礼する。何かあった時は屯所に来てくれ。きっと力になろう」
「あ、はい……ありがとう御座います」
レティが何とか返すのを満足気に見た後、未だに再起動できずにいるロイドの肩をポンと叩いた。
顔を寄せて小声で話し掛ける。
「貴殿のことだから大丈夫だとは思うが油断はするな。奴等は平気で他人を巻き込む。特に……アラゴンと二人の魔法使いには気を付けろ」
魔法使いという言葉にロイドの思考はようやく回転を始める。訝しげにバノンを見ると彼は苦笑したように頬を歪めた。
「私が負けた二人だ。一人は背後だったから顔は見れなかったが、もう一人の見た目は少年だ。ゆめゆめ不覚を取るなよ」
それだけ言うとバノンは片手を上げて立ち去っていった。かなり向こうに同じ制服姿の警備兵が見える。隊長がズンズンと歩きながら二振りの剣の内、一本を抜くのが見えた。次はあの警備兵が標的らしい。
その後ろ姿をロイドは呆れながら、レティはポカンとしながら二人で見送った。
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