六話
その部屋はとても広く、十人どころかその倍の人数がいても問題ないほどの面積があった。
だけど様々な調度品が邪魔をして、見た目以上に手狭に感じる。更に言えば、一つ一つの調度品が高級品なのにも関わらずゴテゴテしており、アラゴンさえ悪趣味と思うぐらいだった。
その調度品も今は幾つか割れたり壊れたりして床に散らばっている。
高級品なのだから、一つにつき質素な家庭なら一年は優に暮らせる程度の値段はある。それを惜しげもなく苛立ちに任せて壊している人物がいた。本館から少し離れた所にある別館の主だ。
バリー・ヒュース・ル・エルゼレン。
この辺り一帯を治める辺境伯の三男坊であり、アラゴン達の雇い主だ。
今この部屋にはアラゴンと雇い主と合わせて二十名程度。本来なら総勢約四十名もいるはずだったのに、半分近くの人員が復活した警備兵第一隊長様の華々しい活躍により囚われる結果となった。
それが気に入らないバリーは今も近くの花瓶を壁に投げつけている。
勿体ないなと思いはするが止めはしない。いつものことなので放っておく。残った部下達も冷め切った目で雇い主を見ていた。
バリーはそういう男だと全員が理解しているからだ。
短絡的で癇癪持ち。本当に貴族の者なのかと疑いたくなるくらいに知性と教養がアラゴン達と同程度。おまけに策士を気取って滅茶苦茶な命令をしては自滅するを繰り返すくらいにオツムも残念ときている。
アラゴン達を集めた理由も爵位を乗っ取るためだと聞いた時は心の底から爆笑してしまった。他の連中もそうだろう。もう少し頭を使えば他にも色々あるだろうに、よりによって暴力で下剋上を狙うなど下策としか言いようがない。
ならば、何故こんな男に付き従っているのかというと、アラゴン達も同じ穴の狢だからだ。
目の前の男を見ていたら少しはマシな部類だと錯覚しそうになるが、ここにいる殆どの人間は犯罪を繰り返した結果、辺境まで逃げてきたクズの集まりだ。
王国は国土が狭い。あちこちで悪事を繰り返せば指名手配の一つや二つは回っていく。いくら地方の警備兵達が弱いといっても数で押し切られたら逃げるしか仕方がない。そうやってどんどん逃亡を続ける内に辿り着いたのがこの街、ル・エルゼだった。
後は山脈を超えて帝国か連合国に行くしか道がない。
だが、帝国は国土が広大だが兵士の練度も王国の比ではなく、屈強な傭兵に鍛えられた衛兵に騎士に警察。アラゴン程度では王国よりも簡単に捕まるのは目に見えている。逆の連合国は部族の集まりで構成されていて余所者は全く歓迎されず、余程の手土産が無いと野垂れ死ぬ運命しかない。
だから殆どの逃げ切った悪党はこの街に流れ込んでくる。表向きは広く豊かな街に見えるが、ちょっと裏路地に行けば貧民がゴロゴロいるし物乞いや摺りを生業とする者も少なからずいる。王都よりも少ないが娼館だって存在している。ここ十数年、細々と商人が通って発展した街だが整備が追い付いていない証拠だった。
更に追加の駄目出しに、数年以上東の帝国の動きがキナ臭いことこの上ない。ここの領主と跡継ぎの長男は定期的に国境の砦に赴き偵察に向かっている。ワザワザ領主様直々に向かうのはそれだけ情勢が逼迫している証拠だし、数で負ける兵達の士気を下げないために顔を出しているのだ。ここ半月も国境に滞在しているので不在だ。去年と同じであればもう二週間は戻らないだろう。
内政は今、次男のベニーが動かしているらしい。らしい、というのは本人を直接見た人間が殆どいないためだ。
生来の病弱らしい。バリー曰く仕事の大部分はベッドの上で行っているらしく、ここ数年の激務でベッドから出られないそうだ。……まあ、忙しい原因の一部は確実にバリーやアラゴン達の治安についてだろうが。
そんな訳で、アラゴン達悪党にとってバリーという男は小物だが窮地を救ってくれた主とも言える。あとほんの僅かでもカリスマ性でもあればいいのだが、今も高価な皿を投げ付けている蛮行を見ると無理な相談だなと半分諦めている。
「それで、ボス。あの商人はどうしますか?」
「殺せ」
悪党の一人が尋ねた質問にバリーは即答する。ほらまた来たと全員が思ったが、口に出すことはない。
あの商人というのは、高い効果の回復薬を扱っていた男のことだ。何年も前からかなりの効果の回復薬を安く買ってはバリーに高く売りつけていた。
しかし、昨日その回復薬が別の所に卸されたとの情報が入ってきた。しかもよりにもよって警備兵の所だ。その男を脅して吐かせると、どうやらいつもとは違う人物が回復薬を持ってきて、安すぎる値段を理由に売ってくれなかったそうだ。
その人物の特徴を聞き出すと、アラゴンが会ったことのあるあの変異種と同じだった。
何故このタイミングで、と思う。アラゴンとその部下二名をあっさりと倒した氷使いの変異種が、どうして回復薬を持っているのかも疑問だった。因みに警備兵に捕まっていたはずのアラゴンがどうしてこの部屋にいるのかと言うと、バリーが高い金を払って早々に釈放させてくれたお陰だ。そういう所だけは気前が良いし、臍を噛んで悔しがる警備兵達は愉快だった。だがアラゴンが倒れた瞬間逃げた二人はまだ牢にいる。弱者は要らないというバリーの判断らしいが、折角の戦力を潰してしまう辺り底の浅さが見えてしまう。警備兵第一隊長が復帰したことで裏金もできなくなってしまった。
「クソッ。あの男、今まで贔屓してやったと言うのに」
そう言いながらバリーが更に手近の調度品に手を出す。が、予想より重かったのだろう。持ち上げようとして逆に身体のバランスを崩していた。
それに余計に気を悪くしたバリーはその調度品を蹴りつけていた。
「ボス。あの男を殺すのは別に構わないが、回復薬はこれからどうするんだ?」
「その変異種を捉えて作らせばいいだろ」
「いやそりゃ無理ですって」
もうこの雇い主はアラゴンが負けたのを忘れているらしい。直接的な暴力ではアラゴンがこの中で一番だ。それがあっさりと敗れたのだから無理な相談である。
「全員でかかればいいだろうが。回復薬はまだあるだろ」
「そうは言ってもねぇ」
確かにあの回復薬があればどんな深手を負っても治るが、意識を失ってしまえば意味がない。それにまだあると言っても、買い付けている数と使用した数、残りの数が合っていないことをアラゴンは知っている。
無くなった回復薬が何処に行ったのかは、三男坊如きがコレクションできる範疇を超えているインテリアの数々を見れば一目瞭然だった。
「ならば」バリーの声がより一層険悪になる。
「もう一人、商人に売っていた女がいただろ。あれを人質にすればいいだろうが」
「まあ確かに」悪い手ではない。
「だけどボス。本当にあの変異種が回復薬を作っているのですかい?俺はてっきりその女が作ってるのかと思ってましたが」
別の男が声を上げた。
それがアラゴン達も気になるところだった。
今の今まで黒いローブを着た女が商人の所まで行って売っていた。大分後になって気付いたが、アラゴンが面白半分に刺そうと思っていた女がそれだった。
それが突然ポッと出の変異種が現れて自分が作ったと商人に宣ったそうだ。
「変異種だからあれ程の効果の回復薬を作ったんだろ。大方、稼ぎが少ないのに業を煮やして出てきたに違いない」
バリーの言葉は一応、筋は通る。あの時、女は禄に抵抗せずアラゴンに刺されかけた。高性能の回復薬を作れるということは魔力が無いと始まらない。女が魔法使いならば魔法の一つや二つくらいアラゴンに向けても良かったはずだ。
変異種は本来人から嫌われる人種だ。今まで隠れていたと言われても頷ける話ではある。アラゴンと相対した時もフードを被っていたが、堂々としていたから開き直っていたのか。
「まあ、女が危ないと飛び出してくるくらいには親密なんだろうな。人質、てのも悪くないか」
誰かが独り言のように呟く。だけど、
「それを差っ引いてもかなり骨が折れるぞ。変異種なんて出来れば正面からヤり合いたくねぇな」
「……ねえ。それ、僕が相手もしていいかな?」
突然この場では場違いなほど高い声が響いた。
全員が声の発生源の方へ向く。そこには、これまた場違いな少年が壁際に佇んでいた。
見た目は十代前半から中頃くらい。まだまだあどけない顔立ちをしている。柔らかそうな薄い茶髪に紅茶色の目が、興味津々といった様子で手を上げていた。
アラゴンがお、と言った感じで片眉を上げる。
「何だコリン。気になるか」
「うん。バノン警備兵第一隊長とどっちが強いか試してもいい?」
「ああ、いい「煩い黙っていろ」」
アラゴンとコリンという少年の話に水を差したのはバリーだった。
「お前は第一隊長にすら勝てなかっただろうが。余計なことをしようとするな」
「その通り。私がいなければ既にお前はここにはいなかった」
更に追従したのは根暗、としか言いようがないどんよりとした雰囲気の男だった。
病気的な程に白い肌に地毛なのか染めているのか白に近い灰色。同じ灰色の瞳もどんよりしていて病人のように見える。フーナルと呼ばれる魔法使いだ。
「私の魔法が無ければお前如きは既に死んでいた。小童は引っ込んでろ」
「そうだコリン。同じ魔法使いだか何だか知らんが遊びじゃないんだ。これ以上失敗を重ねるようなら解雇するぞ」
フーナルとバリーが同時にコリンを罵倒する。そしてそのままどうやってその女を捕まえるのか、また変異種をどうやって従わせるのかの相談に戻っていった。
アラゴンとコリンは顔を見合わせて小さく苦笑しあう。これ以上雇い主に反論する気はないが、また一つ検討の余地がある策が潰されたのだ。嗤うしかない。
無害な子供に見えるコリンこそ、この中で一番の実力者だと言うのに。
アラゴンは自分で認めるほど下種で低俗な悪党だが、人を見る目はそれなりにある。バノン第一隊長が相手だとアラゴンですら手も足も出ない。その中で唯一、コリンだけが互角に渡り合っていた。
今でも覚えている。勝負の行く末が分からず手に汗握る戦いだった中、興奮して見物していたというのにフーナルが横槍を入れたせいで興醒めしてしまったのを。
まあバリーにとって強者との戦いなぞどうでも良いのだろう。最終的に爵位を乗っ取るのが目的であってバノンや変異種がいくら強くてもただの通過点にしか過ぎない。……その強者と相対するために回復薬が必要だから、強者を相手するという矛盾に果たして雇い主は気付いているのだろうか。おまけに爵位簒奪にはバノンは邪魔な存在になる。もう一度バノンと戦わないといけないのにフーナルの戦法が通用するとは到底思えなかったが、ここで意見を言っても機嫌を損ねるだけなので黙っている。
「よし、なら次にあの女を見つけたら捕えろ。そしてあの変異種を引っ張り出してこい」
アラゴンが思考に耽っている間に方針は決まったらしい。
やれやれどうなることやらと気楽に考えながら、肩を竦めて了解の意を示した。
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