五話

話が大分逸れてしまったが、レティの日課の理由は分かった。ロイドとしては付いて行かない理由がないし、レティは私の仕事だからロイさんはゆっくり休んでと言われても、はいそうですかと頷くつもりも毛頭なかった。


「でも、もしもロイさんに何かあったら……」


レティは未だに渋っていた。危険な所に彼女自身が赴くというのに、真っ先にロイドの身の心配をしていた。


「問題ない。一応、ここまで来れる程度の力はある」

「でも……来てもロイさんはどうするの?」

「見学するだけだ」手伝うと言えばレティは遠慮するからいけしゃあしゃあと嘘をつく。


それでも尚もレティは悩んでいたみたいだが、時間が差し迫っているのだろう。諦めたように小さく息を吐いていた。


「じゃあそろそろ向かうね」


そう言うなり彼女の足元の色が一瞬で暗い闇色に染まった。刹那の時間でロイドの足元まで伸びた影を確認すると、以前感じた浮遊感が身体を襲った。

辺りを認識すると、そこは既に屋内ではなかった。

足元も覚束ないほど真っ暗闇の中。木々の匂いがするから森の中だとは分かるが、どの方向にレティの家があるのか皆目見当もつかなかった。


「……ここはどの辺りだ?」

「家から凡そ数キロ先。まだこの辺に魔物は出ないはずだよ」


徐々に目が慣れてきてボンヤリとレティの姿形が捉えられた。夜目が利くとは言え、流石に星も月も届かない暗黒の中では慣れるのに時間が掛かる。

周りの景色も見えてきたが、日中と比較すれば視界がかなり悪い。こんな中でレティはいつも魔物を狩っているのかと思うと、純粋に尊敬の念が込み上げてくる。


「ここから魔物を探すのか?」

「待ってその前に。……ラフィ」


レティが小さく呼ぶとロイドとレティの後ろからガサッと大きく草が揺れる音がした。

音のした方へ向くと、果たしてあの大きい灰色狼が赤い瞳を爛々とさせて駆け寄ってきた。

が、途中で急ブレーキを掛けてレティとロイドから数メートルの距離で立ち止まる。


「?……どうしたの?」


レティが尋ねるが、ラフィは嫌そうな顔を隠しもせずロイドを睨んでいる。


ーーこの犬。相変わらず人間臭いな。


ともすればレティよりも圧倒的に感情表現が豊かだ。犬の癖に。

ロイドも負けじと冷徹にラフィを見下してやる。

その時、脳内に直接、微かだがハッキリと声が響いた。


『ナニ、シ、ニキタ……コゾウ』


何処かで聞いた覚えのある硬質な声だったが、直ぐに今朝聞いたのだと思い出した。

ロイドは知らずラフィに目を凝らした。この音の正体は目の前のコイツからなのかと。

だが、それ以上の声は聞こえてこなかった。レティがラフィを呼んだからだ。


「ラフィ、今日はロイさんも一緒に行くよ。今日も宜しくね」


ラフィはクゥーンと甘えたように鳴いている。身をレティに擦り寄せて頭を撫でてもらっている。

ロイドは訳も分からずムッとしたが、レティがロイドに振り向いたので気持ちを切り替えた。


「もう一度飛ぶからロイさんもラフィももう少し寄って」

「……了解した」


ロイドが一歩近付く。ラフィが嫌そうに見てきたが無視して更に一歩踏み出すと、レティが魔法を発動させた。また一瞬だけ目の前が暗転した。

開けた視界は先程と殆ど景色が変わっていなかった。多少木々の位置が違うな、ということだけで、もしもレティと逸れたら迷うのは間違いなかった。


「どこに移動したんだ?」


一応聞いておく。大体の位置を把握しておけば迷っても外に出るかレティの家を目指すか判断材料にはなる。……レティの家となると相当な難易度だが。


「ここは森の中でも東側。あと数キロも歩けば森から出られると思う」

「……何でまたそんな位置に?」

「うん、ロイさんの話を聞いて、もう少し満遍なくした方がいいのかな、と思って。最近は、あんまり遠くに行かなかったから」


ロイドの帝国での話を聞いて、少しでも森の外に出さないように早速動こうと考えたらしい。見ず知らずの人間のためにどれだけ気を回すんだ。

やはり帝国のことは言わなければ良かったとかなり後悔した。と、


『レティ、ニ……ナニヲフ、キコンダ?』


またもや硬い音声が脳内に直に響いてきた。直感でラフィの方を見る。

ラフィは最早射殺す勢いでロイドに敵意を見せている。余計なことを言いやがったなと、目が口以上に物語っていた。


「……なあ」

「うん?」

「いや、……何でもない」

「……そう?」


レティが不思議そうにロイドを見ていたが、ラフィが頭を押し付けてきたので考えるのを止めたらしい。行こうかと呟いて先導して歩いていく。

続いて歩き出そうとしたロイドをラフィがギロリとまた鋭い視線を向けてきた。


『フザケタコト、ヲイウナ、ヨ。コノアオニサイ、ノワカゾウガ』

「……………………意味、被ってるぞ」


思わず小さく突っ込んでしまった。

まさか通じているとは露ほども思っていなかったらしい。ラフィが驚愕に目を瞠ってロイドを凝視していた。


『……ナッ、キサマッ!?』

「おい、レティ」無視してレティに声を掛ける。

「……ん?何?」

「お前、動物の言葉って分かるか?」

「……どうしたの、急に?」

「いや、ラフィと仲良いから犬相手でも言葉が通じてるのかと思ってな」

「何言ってるの。ラフィのことは好きだけど、動物とか犬とか言葉を交わすのは無理だよ」


レティは断言した。

好き、というレティの言葉にロイドも原因不明のダメージを多少は受けたが、それ以上にショックを受けたラフィを見てざまあみろと内心ほくそ笑んだ。

動物か、犬か、コミュニケーションか。多分全部だろうがかなり打ちのめされたようだ。

衝撃の余り固まってしまったラフィを特に気にせずレティは先に進んでいく。遅れて歩いていたロイドはラフィの横に並び、コツンと頭を叩いてやった。因みに拳骨で。


「残念だったな」

『……!キサマ、ワザトカッ!?』


強烈な思念がロイドの頭に叩きつけてくる。見てみると、ラフィが物凄い形相でロイドを睨みつけていた。周囲への配慮か唸り声こそ出していないが牙を剥き出しにしている。


「人を青二才と侮ったテメエが悪い」

『オノレッ……!』


堪えきれずガァッと吠えた。

聞き咎めたレティが顔だけ後ろを向いてラフィと、窘めた。


「ロイさんを威嚇したら駄目だよ。あと、魔物が気付いて襲って来たら危ないよ」


魔物のことよりも真っ先にロイドに対する態度について叱られたことでラフィはより一層落ち込んでしまったみたいだった。憐れなくらい尻尾が垂れ下がっている。

流石に畜生相手にムキになりすぎたか。また背を向けて歩き出したレティを目で追い掛けながらもう一度ラフィの頭を小突く。


『……コンドハナンダ?』


相当キているらしい。頭に響く思念体もかなり弱々しかった。


「一つ聞くが、テメエの役目は何だ?」


一瞬言われた意味が分からなかったらしい。ラフィが犬らしからぬポカンとした表情でロイドを見ていたが、やがて理解するとワフッと一声吠えた。


『マモノガ、イナイトキ。レティ、ノモトマデ、マモノヲヨブ。ソレガオ、レノヤクメ、ダ』


要するに牧羊犬と言うことか。


「なるほど。……もう一つ、テメエは魔物を倒せるのか?」

『……タンタイナラ』

「そうか」


あの、鹿を運んできた力なら余裕そうに思えたが、対多数となると無勢なのだろう。


「……あぁ、最後にもう一つ」

『……ナンダ?』

「テメエはレティの好物を知っているか?」

『……キサマ、ケンカヲウッテイルノカ?』


それを言うならラフィの方が先に仕掛けてきたような気がするが、華麗に流すことにした。


「レティが怒っても機嫌を直す好物だ。知っていても損はないだろ?」

『……ナル、ホド……?』

「聞いてやるからしばらくはお互い協力しないか?」

『ドウイウ、コトダ?』

「あいつの負担を減らす。テメエもあいつが弱ると困るだろ?」

『フム……』


納得しているのかしていないのか、イマイチ弱い思念が飛んでくるが気にせずレティに話し掛けた。


「おい、レティ。お前、好物とかあるか?」

「…………へ?……好物?」

「あぁ。好きな食べ物とか」

「いきなり言われても……」


腕を組んでレティは唸りだした。癖である小さな頭も傾げて必死に考えている。

普段の食生活を省みたら無いかもしれないとロイドとラフィが目を合わせると、ようやく何かを考えついたのかポンと手を合わせた。


「あ、胡桃がすき、かも?」


最後の疑問形が気になるところだが取り敢えず聞き出せた。


「でも、何でいきなり?」

「気にするな。少し気になっただけだ」

「そうなの?」


不思議そうにロイドを見てくるが、追及せずに歩みを再開させる。

ロイドとラフィも遅れて歩き出した。


「……だ、そうだ」

『ムウ……コンドサッソク、サガスカ』


そんな思念がロイドに届き、スリッと小さくロイドの手に鼻を擦り寄せてきた。


『カンシャスル』

「いや、構わない」

『シカタガナイ。スコシダケナラ、キサマノハナシニ、ノロウ』

「それは助かる」


残念ながら今の季節に胡桃は無いがな、と心中で思ったが口には出さなかった。あと半年は待たないと落ちてやしないだろう。……店には売っている可能性はあるが。

半分はラフィと和解のための口実だが、もう半分はラフィをに使ったのは内緒だった。

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