四話

夕食は滞りなく終わったが、レティは慌てて食器を洗いに流しに向かった。

頼れと言ったのに罪悪感か何か分からないが、レティは率先して動いてしまう質らしい。

まあ、その性格が悪いとは思わない。他人がやって当然と考える輩も少なからずいることを知っているロイドにとっては、寧ろ好感を覚える。

と、いうかそう思うことにした。

さっきどさくさに紛れて好きにやらせてもらうと宣言した。なら後は勝手にさせてもらうだけだ。

お茶の準備をしようがそれはロイドの好きにさせてもらう範疇だ。レティはチラチラと気にしている風だったが、知らない振りをして彼女の見様見真似でポットに茶葉を入れていく。

自分がこんなにも世話を焼こうと思ったのは初めてだ。僅か数日の間にどうも世間知らずの少女に情でも移ったらしい。悪い気分では無いが。

レティの片付けが終わる頃にはお茶もできていた。二人して飲む。が、林檎に似た香りがせず味も薄かった。彼女が淹れていた時を思い出しながら淹れたというのに、以外と難しいらしい。

レティはというと文句も言わずにお茶を啜っている。時々、窓の外を確認しているのが目に入った。

最後の一口を飲み終わると、レティはカップを置いて鼠色のローブを纏っていた。


「今晩も森に行くのか?」

「え、うん」

「そうか」


それだけ確認するとロイドもマントを取りにクローゼットに向かう。

ついでに剣も持ってきて準備していると、レティはキョトンとしていた。


「ロイさんは、何処かへ?」

「あぁ。お前と一緒にな」


それだけを堂々と言うと、レティの不思議そうな顔が一転して目を見開いてロイドを凝視してきた。


「え、何で?」

「何でって、森だろ?」

「そう、だけど……」

「森は危ないからな」

「……それで?」

「それで?それだけだ」


レティの脳内に盛大にはてなマークが踊っているのが容易に読み取れた。


「でもロイさん、別に森に用事はないよね?」

「あぁ……だが暇だしな。気にするな」


そう言っている間にロイドの支度も全部終わってしまった。

レティの側に寄ると、彼女にしては珍しく狼狽が少しだけ表情に出ていた。口を開いたり閉じたりして何て言おうか迷っている素振りがまた珍しい。


「ところで、レティは何の用事なんだ?」


ただ万が一ロイドが行けない理由があるのであれば辞退するつもりだった。危険な森の中だが、レティが秘密にしたいというのなら無理に行く気はない。


「日課、だよ」

「何の?」

「……魔物狩り」

「…………は?」


レティの口から思い掛けない言葉を聞いて、今度はロイドの目が点になった。

魔物を狩る?レティが?

一瞬冗談かと思った。この小柄な少女が魔物をバッサバッサと斬り捨てる姿などとても想像できない。

しかし、


「……それが日課、なのか?」

「え、そうだよ」

「毎日か?」

「うん」

「……狩る理由は?」

「師匠に言われたの。毎日二十体くらいは倒しておかないと、均衡が持たないって」

「どういうことだ?」急にレティの師匠が出てきたことで事態が重くなったような気がする。


レティは訥々と説明してくれたが簡単に言うとこういうことらしい。

曰く、森の出入り口には常に魔物を逃さない結界が張られているが、魔物は毎日増え続けているため淘汰しないと森から溢れてしまうこと。ロイドは知らなかったが、魔物とは人間の負の感情から生まれているらしいこと。魔の森はその感情が溜まりやすく、故に魔物が増えることがあっても減ることはまず無いこと。浄化の湖は元来魔物を浄化するためにあるが、範囲が狭過ぎること。なので前は師匠が、今はレティが魔物を駆除していること。


「……なるほど」


レティが日課にしている理由は分かった。だが、分からないことも幾つかある。


「その、魔物を出さない結界とは何だ?」

「今の結界は私だよ」

「……あ?どういう意味だ」


ロイドがそう問い掛けるとレティは無言で、おもむろにローブの下のシャツのボタンを外し始めた。


「なっ!?おいっ」ロイドは慌てた。いきなり服を脱ぎ始めて驚かない方がおかしい。真面目な話をしているはずなのに一気に赤面する。


けれどレティが胸元を開くと赤面しながらもロイドは目を見開いた。

レティの意外と女性らしい膨らみがある左胸。心臓がある肌には奇妙な模様が彫り込まれていた。


「この入れ墨が、浄化の湖と直結しているの。だから、森の中の影は全部、私の魔法の影響にあるの」


どうやらレティが言うには数年前に師匠の手によって施されたらしい。浄化の湖にレティの魔法が流れていき、森全体に魔法効果が及んでいるそうだ。

そんなおとぎ話なことができるのかと疑問に思うが、レティが昨日の夜、街で魔法が使えないと言った言葉にも納得できた。

言い換えれば、レティの魔法は魔物を逃さないために常時発動状態なのだ。どれほどの魔力が必要なのか見当もつかないが、ずっと垂れ流しているのなら影響外の街などで行使すれば魔力どころか生命力まで消耗してしまう。もしかしたらレティがガリガリに痩せているのも、食生活だけでなく魔力の消費も理由なのかもしれない。


「そうか、分かった。……分かったからボタンを閉じろ」


言われて素直にレティは元に戻していった。説明するために脱いだのだろうが、男相手に無頓着すぎる。ロイドの方が未だに顔の熱が冷めなかった。入れ墨の下の膨らみを思い出しそうになって慌てて煩悩を消し去る。が、意外と消えてくれない。


「……そうだもう一つ。最近帝国側では森から魔物の出現頻度が上がっていた。理由は分かるか?」


何とか違う方向に意識をやらないと、と思い咄嗟に口に出したが、レティは首を傾げて考えるようにうーんと唸った。


「分からないけど、考えられるのは森の木を切り倒して穴が空いた、とかかな。私の魔法は影だから、木の影が無くなると一時的にそこだけ効果が無くなっているのかも」


その言葉に聞かなければよかったと、ロイドの心の底から後悔した。

余りにも原因が帝国の自業自得すぎて。

もう何年も帝国はセン・リオーネ王国を狙って進軍を計画しているが、山脈と魔の森に邪魔されて思うようにいっていない。山脈から進行する計画が推されているが、道が細い上に王国も黙って待っている訳ではないので、山脈の道筋には幾つもの防衛線が敷かれている。おまけに冬が近付くと雪と氷という天然の要塞まで立ちはだかり、帝国は小競り合いすらせず撤退する羽目になっている。

そのため、次の案に上がるのが森に道を作る計画だった。木を伐採して最短距離に道を作って進行する計画だが、工事を進める度に魔物が出現し、近隣住民にも少なくない被害が及ぶのでこちらも何度も頓挫している。森の近くに住む者達にとってははた迷惑この上ない。

この数年、帝国の大臣連中が焦って森の木を何度も切り開く工事を推し進めていたから、それは魔物の頻度も上がるだろう。魔女のせいだ何だと討伐に向かえと言われたロイドとしては馬鹿馬鹿しすぎる。

寧ろ魔物を森の外に出さないように日々頑張っているレティの方がよっぽど清廉に感じた。


「……どうしたの?ロイさん。もしかして魔物が外に出たせいでロイさんにも迷惑を?」

「……何でそうなる。違うから気にするな」


何でそこで自分を責める発言をするのかと思わなくもないが、そこもまあレティらしいと言えばらしいので頭を軽く叩いた。大丈夫だ、と言外に込めて。

頭を触られることに慣れていないのか、レティはまた頭を抑えて驚いた気配を漂わせていた。

その様子にロイドは内心で微笑を漏らした。

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