4章:主導権は誰

一話

商店街で買い物を済ませ森を目指していると、いつの間にか日暮れ近くになっていた。

ロイドは思いの他買い物を楽しんでいたことに、自分でも少なからず驚いていた。苦労する場面も多々あったのに、充実していたと感じていることに苦笑さえしていた。






苦労というのは、レティが本当に必要最低限の物しか買おうとしなかったことだ。

レティの今までの発言、行動。どれを取っても危うくて聞いているだけでハラハラしそうになる。世間知らず、という言葉がずっと脳裏にこびりついていた。

それが買い出しの時も発揮された。

折角様々な商品が安く売っている通りなのに、レティは日持ちのする硬いパンと数種類の野菜を買って終わったのだ。彼女一人だけならとっくに帰路に着けただろう。

だけどそれはロイドが止めた。


「……おい」

「……はい?」

「それだけか?」

「それだけ、とは?」

「それだけしか買わないのか?」


ロイドが静かに突っ込むとレティはキョトンとした顔をした。相変わらず乏しい表情だが、分からないと思っているのはロイドには分かった。


「野菜はそれだけしか買わないのか?」

「え、はい。畑にも幾つか育てていますから」

「……余り植えていないように見えたが。もう少し色々買っても早々傷まないと思うぞ」

「そうなんですか?ならもう少し何か買います」

「それと、」

「??」

「卵とか肉とか、魚とかも買っていけ」

「え……でもそれって、流石に日持ちしないです」

「卵はそうだが塩漬けした燻製肉や干した魚なら多少なら大丈夫だ」


普段どんなの食べてるんだと言いたかったが、レティの細い腕を思い出して止めた。見た通りの食生活だったのだろう。


「お前の家、貯蔵庫はあるか?」

「はい。そんなに広くないですが半地下に」

「ならそこに保存すればいい」

「分かりました」

「あと……」

「はい?」

「調味料はあるか?」

「塩ならあります。少しなら畑や森からも香草が取れます」

「そうか。ついでに砂糖も買っていくか」

「砂糖、ですか?」

「ああ」

「でも私、使い方が分からないです」

「ジャムは?」

「木の実で作ったことあります」

「その時に使えばいい。……分量は俺も知らないが。ついでにお茶にも使える」

「そうなんですか?……でも、これ以上買うと嵩張るのですが」

「……俺もいるんだぞ?一人で持とうとするな」


「へ?」


でもと続けられる前にレティの持っていた紙袋を掻っ攫った。


「これくらい何とも無い。だから、今言ったのを買いにいくぞ」


そう言ってロイドはスタスタと先に歩いた。

普段ロイドは多く喋るほうではないし、レティもどちらかと言うと口数が少ないほうだ。

他愛のない会話、という訳ではないが二人でこんなに会話するのは初めてだし、思ったよりも楽しく感じた。

ただ、紙袋を持ったためにレティの手を握れなくなったことが、何となく残念だった。






そうして両手一杯に紙袋を抱えて商店街を後にした。重い物は全部ロイドが引き受けていたが、それでもヨロヨロと歩くレティを見て少しだけ罪悪感が湧いた。

だけどまあ、今回だけだと思い直す。普段からちょくちょく買っていればこんな大荷物にはならないだろう。

森に辿り着いた時には夕陽は山脈に隠れて足元が暗くなってきた。反対の山脈からは星が瞬き始めている。

森の一本の木の下でレティの足が止まった。朝来た時と同じ木だ。

レティがロイドをチラリと見遣る。察してロイドは穏やかに言った。


「また、目を瞑っておこうか?」


その言葉にレティはキョトンとしていたが、目を細めて小さく被りを振った。


「いいえ、大丈夫です。……私の魔法、見ますか?」


相変わらず抑揚の少ない声だが、微かに緊張が孕んでいるのにロイドは気付いた。

魔女、とレティは告白してくれた。変異種のロイドと同じ、人から忌避される存在だと。

おまけにロイドは今朝、魔女の討伐任務で魔の森に来たことを告げている。打ち明けるのに相当な勇気がいっただろう。


「構わないのか?」


本当なら知らない振り見ない振りをするのが一番良いのだろうが、何となくレティの秘密を知りたいと思ってしまい、ついつい口に出してしまった。

あとちょっと気遣いくらいできないのかと己に突っ込みを入れてしまったが、レティは既に覚悟を決めていたのだろう。コクリと頷いた。


「じゃあ、いきますね」


レティがそう言うと、彼女の足元の色が変わっていくのが見えた。

それは彼女の影。闇が支配しつつあるため濃くなっていた影がそれよりも暗い黒に変色していく。

そしてその範囲は一気にロイドの足元まで広がった。レティとロイドの足元を中心に肩幅以上まで黒い影が広がったと思うとーー。

フッと、視界が暗転した。

目眩を起こしたかのように目の前が一瞬だけ黒くなり、朝に感じた浮遊感が身体を覆った。

だけどそれは本当に刹那の時間。直ぐに景色が目に飛び込んで来たが、そこに山脈や見え辛くなっていた小さなル・エルゼの街並みが綺麗さっぱり消えていた。

目に映るのは見覚えのある広大な湖。空と同じ暗い色を湛えて星を微かに反射させている。そして場違いな石橋と、その後ろにある木造建ての家屋。

ロイドは声も無く周りを見渡していた。その間に、闇よりも濃い黒の影が音もなく霧散していくのが見える。レティの足元まで消えていき、やがていつもの暗い影だけが残された。

レティが静かに、ロイドを見つめているのに気付いた。

彼女は何も言わず、窺うような恐れているような、そんな感じでジッとロイドを見上げて凝視している。

朝、レティが隠していた理由を思い知った。これはロイドとは比にならないほど高度で凄まじく、そしてーー人間から見ると悍ましい魔法だった。帝国にいる、あの四姫衆よりも更に数段上だと思われた。

だが、驚きこそあれロイドにはそれ以上思うところはなかった。ただ一点だけ、気になることがあった。


「……なるほど。だからあの時、魔法を使わなかったのだな?」


朝の事件の時だ。ナイフで刺そうとしたあの男ーーアラゴンと言う奴はレティの直ぐ側にいた。

あの距離なら逃げるなり、アラゴンを違う場所に移動させるなり出来たはずだ。衆人環視を気にして躊躇ったのだとしても、ロイドが間に合わなければ大変なことになっていたのだ。

予想外の問い掛けだったのだろう。レティはパチパチさせていた。


「え、あ。……それだけですか?」

「ん?それだけ、とは?」

「魔法のことについて……」

「あぁ……一瞬で移動するとは、流石に驚いた」

「それで……?」

「……それで?それだけだが」


今度こそレティは固まってしまった。

その態度でロイドは理解した。

レティは自分の魔法で、ロイドも恐れ嫌悪するのだと思い込んでいたのだ。

レティとロイドでは魔法の属性が全く異なる。ロイドの属性は氷で、レティはそれを綺麗だと口にしていた。

逆に考えれば、レティは己の魔法を綺麗だとは思っていない、ということだ。

朝のことといい、街での状況といい、レティがひた隠しにしているのは容易に想像できた。

それをロイドが無遠慮に訊いたのだ。レティが驚いたのも無理もなかった。


「そうか……要らぬことを聞いたな。すまない」


ロイドは頭を下げた。紙袋を持っているせいで中途半端になってしまったが。


「え……あっ、違うんです大丈夫です。……街ではその…………魔法は使えないんです」

「……使えない?」

「はい。無理をすれば出来ますが、私は森でしか魔法を使えません」


その言葉に次はロイドが目を瞬かせた。

そんな話は聞いたことなかった。何か条件でもあるのか、それとも制約でもあるのかーー絶大な威力の代わりに限定される魔法なんて流石にそれは昔話が過ぎる。

レティの言葉少ない説明ではこれ以上は分かりようがない。話している間も周囲はどんどん暗闇に包まれている。

ロイドは幸いにして夜目が利く方だが、ストーブや燭台だけで何かするとなるとレティの目に負担が掛かるだろう。


「そろそろ入らないか?これ以上暗くなると何もできなくなる」


ロイドがそう促すとレティはコクリと頷いた。先導し、扉を開けてくれる。

後から室内に入るとレティと同じ林檎の香りがフワリと鼻をくすぐった。

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