七話
長いような短いような時間。お互い無言でカップの中の液体を飲んでいたが、やがて空になった後、ロイさんは徐に訊いてきた。
「……これからの予定は?」
「え、これからですか?」レティは特に考えていなかったから聞き返してしまった。
元々レティはロイさんを送り届けるためにこの街に来たのだ。回復薬はついでだったし、色々巻き込まれたけど当初の予定は変わっていない。
「ロイさんを送っていきますが。……でも、すみません。送るには一度、森に戻らないと無理です」
レティの魔法は森に限定されている。その気になれば森の外でも使えないこともないが、魔力だけでなく体力も大きく削れるので出来れば避けたい。
レティの返答に、ロイさんは何故か居心地が悪そうにそっぽを向いた。一体どうしたのだろうか。
「……送る必要は無くなった。しばらくはここに滞在しようと思う」
予想外のロイさんの発言にレティは目を見開いて固まってしまった。
別にロイさんのことはロイさんが決めることだから異存も何もないのだが、いきなり決めたわけではないだろう。何か考えがあるのか。
もしかしてレティが魔女だからだろうか。任務を遂行するつもりなのか。
レティがロイさんについてあれこれと考えているとロイさんがで、と促してきた。
「それで、他に用事はないのか?」
「用事、ですか。…………そうですね、少し買い物を」
家にはもうパンは無いし、畑以外の野菜も悪くなってきている。それに量も少ないから買い足しが必要だ。
「いつもより、多めに買ったほうが良いですよね?二人だと多分直ぐに無くなってしまいそうですし」
「…………は?」
「へ?」
ロイさんの間の抜けた返事にレティも釣られて変な声を上げてしまった。何か変なことを言っただろうか。
「……待て。どうしてそうなる?」
「どうして、て。ロイさんしばらくこの街に居るんですよね?」
「ああ」
「何処で寝るんですか?」
「何処、って普通に考えて宿だろうな」
「それって、お金が掛かるのでは?」
「金ならある」
「でも、少しの間でしたら私の家でもいいのでは?」
「……お前、分かって言っているのか?」
何を?とレティは首を傾げる。
レティの仕草を見てロイさんは何かを悟ったのだろう。盛大に息を吐いてから絞り出すようにゆっくりと口を開いた。
「見ての通り俺は変異種だ。…………それに、男、だぞ」
男、が強調されているような気がしたが意味は全然分からなかった。
でも、変異種はレティも知っているし理由が分かった。
変異種と魔女は忌み嫌われる存在。常人では理解出来ない魔力量。悍ましい魔法。昔から忌避され差別され、時には殺されることまである居てはならない者。
ロイさんが変異種だと知ったのは助けてくれた時だ。レティと少年を刺そうとした男が言って初めて知った。
見ての通り、ということは肌か髪が変異種の証だったのだろう。ロイさんはずっと気にしていたから多分間違っていないはずだ。
「……そっか。ロイさんって変異種だったんですね」
無意識に声に出していた。それを聞いたロイさんの瞳の奥が悲しみと諦観に染まりだすのも目に入らなかった。
でもーー。
「ロイさん」
変異種と告白するにはとても勇気がいったことだろう。誰からも嫌われるのに衆人環視の中で魔法を行使するのは覚悟がいったはずだ。
だから、レティも、
「私も…………私は、魔女です」
正直に言った。ロイさん以外にも人はいるから後半は声が小さくなって、何とも情けなくなってしまったけど。
レティの告白にロイさんが驚愕に身を強張らせた。
「だから、大丈夫です。しばらく居てくれても問題ありません」
「……お前。それを、俺に言っても良いのか?」
任務のことを指しているのだろうか。ついさっき戻らないと言ってはいたが、対象者が分かれば遂行する必要が出るのだろうか。
「私が魔女だと……やっぱり、討伐しないといけないですか?」
「いや、そういうことじゃない」
ではどういうことなのか。意味が今一つ理解できずに首を傾げる。
「……俺が、吹聴して回るとか考えなかったのか?」
「ロイさんはそんなことする人ではないです」
重々しいロイさんとは対称的に、レティはあっけらかんと返した。
言いふらすようなことをする人が、レティが最初の魔法を使っていた時点で素直に目を瞑ってくれるはずがない。
速攻で切り返されて、ロイさんは珍しく瞠目していた。
それよりも、レティは別のことが気になった。
「……魔女の私と、一緒にいるのは嫌ですか?」
レティの魔法は、見た目が悍ましく恐ろしい。魔法を目撃した誰もが口を揃えていたから、多分ロイさんも目にすれば同じ感想を抱くだろう。
魔力の量よりも、扱う魔法でレティは魔女と位置づけられた。嫌われる要素は大きい。
だが、ロイさんは即答した。
「そんな訳ないだろ」
気持ち良いと思えるくらい、キッパリとした口調だった。
まだレティの魔法を見たことがないとはいえ、断言するロイさんに知らず肩の力が抜けていった。
「だったら、大丈夫です。家にいても問題ないです」
「あのな……」
ロイさんがまた渋い表情になった。
「…………さっきも言ったが、俺は一応、男だぞ」
「はい、聞きました」
「……俺は一目で変異種だとバレる。変異種といると、どんな悪評を立てられるか分からんぞ」
「それは別に、魔女の私と変わりありません」この街ではまだ魔法を披露したことはないが、使えば絶対に街に行けなくなるのはレティの方が高い。
「それに…………」
「……それに?」
「ロイさんの魔法、とても綺麗でした。氷の色、ロイさんの瞳の色みたいで」
ロイさんの瞳の色、という言葉に何故かロイさんは手を顔にやったが、構わず続けた。
「ロイさんが変異種でもロイさんはロイさんです。何も変わらないです」
そう。籠を持ってくれたり、助けてくれたり、ケーキを分けてくれたり。
見た目は確かに少し恐い、かもしれない。表情は余り変わらないし変わっても厳しい表情ばかりだ。
それでも内面は優しいと思う。もしかしたら世話焼きなのかもしれない。
「…………変異種に嫌悪感はないのか?」
最後の抵抗とばかりに顔を隠しながらロイさんが呟いた。
だからレティは答えた。
「それを言うなら私も魔女です。嫌悪感、ありますか?」
「いや……」
「なら、お互い様ですね」
表情はロイさんに負けず劣らず全く変わらない無表情だ。感情が面に出ない分、能面と言い替えてもいい。声も起伏がないから平坦そのものだ。
しかし、彼ーーロイドからすれば薄い緑色の瞳が、おっとりと悪戯っぽく輝いているように見えた。
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