七話

レティとは店で待ち合わせることになった。

店主に場所を聞いてから別れる。男性は快く応じ、女性も付き合うからとレティと同行してくれるらしい。

レティは最後まで渋っていた。というか、まだ納得いっていないようである。

どうにも彼女は他人の厚意に慣れていないみたいだ。まあ、ロイドも人の事はこれぽっちも言えないが。

レティが教えてくれた店までは、ずっと残っていた若い警備兵が案内を買って出てくれた。正直要らないと思ったが、ここで突っぱねるとレティと同じことをしているなと内心苦笑してしまった。


「そうか。宜しく頼む」


簡潔に応えると警備兵は快活に笑った。名前はマースと言うらしい。薄い茶色の髪と、同じ色の瞳はクリクリとしてパッと見だと若くみえる。

道すがらマースは人懐っこく聞いてもないのに街について、色々と教えてくれた。

この街の名前はル・エルゼ。上から数えて四番目に栄えている。左右に山脈、南に森があるから縦に長いのが特徴。東と西の山脈を通って商人が中継地点として利用するので交易もそれなりに発展している、などなど。

そして先程の男達。辺境伯の三男が囲っている手下共で、常日頃から問題を起こし続け、住民の鬱憤がかなり溜まっていた。そこでロイドがボコボコにしてくれて皆が感謝している、らしい。

黙って聞いていたが、そんな単純なことでと流石に呆れた。


「そんだけ溜まっていたならとっとと捕まえればよかっただろ」

「それがですね……この街一番の剣士だった第一隊長もやられてしまいまして、まだ怪我が治りきっていなくて療養されているんですよ」

「……あれでか?」そんなに強くなかったぞ、とは言えそうにない。

「いえアイツではなく、もう一人にです。アラゴンって奴はその次くらいの強さだったはずです。更に恥ずかしながらそれ以上の戦力は東の山脈……国境にですね。どうしても回しておかないと。帝国がいつ攻めてくるか分からない以上どうしても強い戦力は王都か国境に配備されてしまいまして」

「……あぁ、なるほど」


納得のいく話だ。帝国がちょっかいを出そうとするのなら守備を厚くするのは仕方がない。


「そういう訳でいつもいつも白昼堂々と現行犯なのに捕まえられなくて。先程はテイラー隊長までやられてしまった時は本当にどうしようかと思いました」


因みにさっきは朝から女性を無理矢理連れて行かされそうになり、必死で抵抗した結果面倒になったアラゴンがナイフで脅し、庇った子供が怪我を負ってしまったのだそうだ。

何でそこでレティまでいたのか不思議に思っていると、どうやら子供が更に反抗したせいで止めを刺されそうになり、そこでレティが飛び出して庇ったのだそうだ。

聞いていて頭痛がしてきた。ロイドは思わずこめかみを抑える。

お人好しにも程がある。ロイドがあと一歩遅かったら刺されていたのは確実だ。


「ロイドさんとレティ、さん?ってお知り合いなんですよね?」

「……まぁ、そうかな」曖昧に頷く。


知り合いという単語にハッキリと肯定していいものが判断に迷う。ロイドは殆ど寝ていたから彼女をきっちりと認識したのは今朝のことだし、そもそもロイドは変異種。知り合いだと言われれば彼女に汚点が残ってしまう可能性がある。……検問所でのことを、この男に話していいものか迷ってしまう。

悩み始めるロイドに気付かず、マースは笑顔を深くしていた。


「そうなんですか。実は、検問所の当番で時折見かけてはいたんですが、いつも一人で歩いていたから知りませんでした。森の方からやってくるから魔女じゃないかなんて噂もあったぐらいですよ」


ーー魔女。

マースの発言にいよいよロイドの頭が痛くなってきた。

噂にでも魔女なんて言われた日には待ち受けているのは迫害だ。良くて国に保護と言う名の利用だが、悪ければ殺されることだって有り得るというのに。


「でも、魔女だなんてやっぱりただの噂だったんですね。あの人、子供を守ろうとした時も魔法を使う素振りも見せなかったですし。それにロイドさんの魔法は凄かったです。私、魔法は初めて見ました」

「……そうか。魔法使いは、やはり全員?」

「そうですね。やっぱり殆ど王都に召し抱えられてしまいますね。それに我が国では魔法使いは少ないです。聞いたところによると百人もいないはずです。女性魔法使いに至っては今はいないそうですよ」

「そんなにか……」


これにはロイドも驚いた。

魔法使いが生まれてくる確率は高くないと言っても少なすぎである。隣の帝国の魔法大隊と比較して桁が丸々違う。


「なら、変異種や魔女は……」

「いないはずです。私もロイドさんが初めて見ましたから」

「そうか」


変異種と魔女。それは規格外の魔力量、または悍ましい魔法を使う者の総称。一人で戦術を覆せる化け物。

男性よりも魔力を持って生まれにくい女性は、男性よりも高く魔力量を持っているだけで魔女扱いされる。

比較的魔力を持って生まれやすい男性は、何故か高過ぎる魔力を秘めていると表面上に現れやすい。ロイドの肌や髪の色しかり。比較的隠しやすいのが目の色や痣などだろうか。時には角があるだの額にもう一つ目があるだのと荒唐無稽な話まである。

どちらにせよ、魔力の無い者にしてみたら得体の知れない恐怖の存在であることには変わりない。今でこそ迫害や白眼視ぐらいで済んでいるが、一昔前には生まれれば間引きされ、育っても見つかり次第処刑されていたそうだ。

二百年前くらいのとある事件から魔女狩りすら横行し、歴史に刻まれている。

変異種という単語に気不味くなったのか、マースが話題を変えていく。


「でもロイドさんは凄いです。魔法のこともそうだしあんな凄い効果の回復薬を作るなんて」

「………………は?」


今こいつは何て言った?

回復薬を作る?誰が?俺が?

何でそうなる。何処からその誤解がきた。


「え、だってその回復薬は魔法で作ったやつですよね?普通の薬ではあんな効果聞いたこともないですし」


マースの不思議そうな顔に、ああそうかと一応合点がいった。

傷が瞬時に治る回復薬は魔力を持つ者が作って初めて効果が出来上がる。一般に市井で出回っている薬は打ち身や擦り傷程度、そして直ぐに治るわけがない。

魔力量が高いであろう変異種であるロイドが作ったからこそだと思われても仕方がないことだ。

仕方がないが、誤解を解くべきか否かロイドは返答に困った。

本当はレティが作った回復薬だ。だけどそれを言うと先程の魔女の件を蒸し返してしまう。

上手い言葉が出てこず、どう言えば誤解が解けるか考えていたらマースからあ、と言ってある一点を指差していた。


「ここです、青い看板の店は。この店の隣の細道が裏路地に繋がっています」


見ればいつの間にか目的地に近付いていた。青い看板の店は衣料店らしく、様々な服や少しだけ小物が見て取れた。

マースが先に路地裏に入っていく。勘違いを修正できぬまま取り残されたロイドは溜息を一つついて後に続いた。

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