二話

いきなり籠を持って行かれて呆気に取られているレティを放って、ロイさんはさっさと進みだしてしまった。

慌てて後を追いかける。と言ってもロイさんの歩調はとてもゆっくりとしていて直ぐに横に並べた。お互いが無言で歩いてく。

丁度街まで半分ぐらいは進んだかなと思う地点で、ロイさんが徐に口を開いた。


「ところで、レティはこの街に何か用事があるのか?」

「薬を売るのです。回復薬は結構な値段で売れるので」


それで生計を立てている。というかそれでしか生計を立てれなかった。

手先が器用だった師匠であれば、他にも手芸など色々作っては売っていたからそれなりに豊かだったが、レティが覚える前に亡くなってしまったので回復薬だけが貴重な収入源だった。


「…………なら、そこまで持って行こう」

「えっ?」


反射的に声に出てしまう。

てっきり街に着いたらそこで別れると勝手に考えていたのだ。任務と言っていたし、これ以上レティに構っていてもロイさんにとって何のメリットも無い。

先程から驚いてばかりだと自分に呆れそうになるが、唐突にロイさんが足を止めたので遅れて止まったレティは後ろを振り向いた。

そこには、とても複雑な顔をしたロイさんがレティを見ていた。

何か悪いことをした気分になる。表情はさっきまでと余り差はないのに、気のせいか瞳の奥には悲しみか諦観みたいな感情が湛えられていた。


「どう、しましたか?」

「いや…………やはり俺といるのは問題か?」

「……は?」


意味が分からなくて間抜けな返事をしてしまった。


「どういうことでしょうか?」

「俺の肌や髪はお前とは違うからな。目立つし良い気分ではないだろう」


ロイさんが説明してくれるが、どうにも要領を得ない。


「それは、ええっと。……ロイさんと私の肌の色や髪の色が違う話ですよね?」

「あぁ」

「そして、ロイさんの肌や髪の色で私が嫌な気持ちになる、と?」

「…………ああ」


ロイさんが重々しく頷いたから意味は合っているのだろうが、理解できずレティは首を傾げてしまう。


「どうしてですか?」

「……は?」

「ロイさんの肌が私と違うのは最初から知っていました。髪の色も……だけど、どうしてロイさんと一緒にいるからって私が嫌な気持ちになるのですか?」

「…………いや、だってお前」

「不思議です。だって、肌が違ってもロイさんはロイさんで私は私ですし、髪の色は綺麗だと思っていました」


意外に変な所を気にしているのだな、と思った。

けれど、言ったことは本当だ。

もしかしたら肌の色の差にレティの想像もつかない違いがあるのかもしれないが、今は気にする必要も無い。

髪の色も同様だ。燭台に照らされた白金色は炎の揺らぎに色を変えてとても神秘的だった。

もし肌や髪に秘密があるのだとしたら、レティも魔法について黙ったままなのだからお互い様だ。

ロイさんはさっき魔法を使うにあたって素直に目を閉じてくれていた。

ならレティだって、ロイさんの秘密の一つや二つぐらい見ないフリくらいは簡単にできる。

レティの言葉に固まったまま微動だにしていなかったロイさんに気付かず、逆に問い掛けた。


「だから、私は気にしません。……それより、ロイさんは大丈夫なのですか?」

「…………何がだ?」

「先程言っていた任務について、です。森から出たら報告に行くと言っていたではないですか」

「ああ、それは問題ない」


拍子抜けするほどアッサリとロイさんは首肯した。


「そうなんですか?でも、良く分からないですけど、お仕事って早くしないといけないのではないのですか?」

「普通ならな。だが俺は期限を切られていない。それに……」

「それに?」

「……俺は東の帝国出身だ」

「へっ?…………あっ!」


そうだ。すっかり失念していたが、ロイさんが何処から来たのかを全く聞こうとしていなかった。

レティにとって森の外にある街と言えば北の王国にあるここと、自分が昔住んでいた街くらいだった。しかもその内の一つには全く足を運んでいないから必然的に北の王国しか頭になかった。

自分の馬鹿さ加減に呆れ返ってしまう。が、こんな所で立ち止まっていても時間が勿体ない。

ペコリと頭を下げて謝罪する。


「すみません。関係ない所に連れて来てしまって…………直ぐにお送りしますので森まで戻って下さい」


ロイさんにとっては意味不明なことを言っているだろうが、ここでは魔法を使えないレティにとって森まで戻って貰わないといけない。幸いなことに、まだ半分の距離しか来ていないから戻るのは容易だ。

慌てて戻ろうと顔を上げると、直ぐ近くにロイさんの紺碧の瞳と思いっ切り視線が合った。

何でこんなに近いの?と驚愕していると、ロイさんがかぶりを振った。


「急いでいないと言っただろ。それにさっさとこれを届けてしまうぞ」


籠を持ち上げてユラユラ揺らしてくる。さっきからずっと持っていてくれたものだ。決して軽くないそれを持たせっぱなしにしていたことに気付いて、レティは余計に慌ててしまう。


「わ、私も別に直ぐに売りに行く必要がないので、先にロイさんを」送ります。そう言おうとしたらお腹からクゥーと音が鳴った。


ーーへっ?


何でこのタイミングで、と思った。咄嗟にお腹の辺りを触る。普段なら空腹を感じても鳴ることは滅多にないのに。

レティの声よりもお腹の虫の方が音が大きかったらしい。ロイさんが何度か瞬きを繰り返していたが、やがてゆっくりと眉間に皴が刻まれていく。


「……取り敢えず早くこれを売りに行くぞ。その後、何処かで軽く食べるか」


何だか物凄く怒った顔に変貌したが、そう言うとロイさんのずっと止まっていた足が再び動き出した。

有無を言わせない態度に最初と同様レティは置いていかれた形になるが、歩調はやっぱりゆっくりだ。追いかけるとロイさんの背中に簡単に辿り着いた。

森から来た時は隣に並んだが、恥ずかしいやらどうして怖い顔になったのか分からなくて、街に着くまではロイさんの後ろに隠れるように付いて行った。

だから気付かなかった。

ロイさんが困ったような、そして何故か嬉しそうな、何とも言えない複雑な表情に変化していたことに。

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