第42章 雪解け② 子から親へ

 その晩、歳三の住まいに、伊庭と春日、りょう、鉄之助、銀之助が集った。

「え〜!これ、良蔵が作ったのか?大丈夫かな……」

鉄之助が言った。りょうはムッとして、

「それ、どういう意味だよ!?いいよ、鉄には食べさせてやらないから!」

鉄之助の椀を下げようとするりょうに、伊庭が、

「良さん、そんな意地の悪いことしないの。鉄さんも謝りなさいよ。一生懸命作ったんだから……」

とふたりを諭した。りょうは顔を赤くし、鉄之助は、

「ごめん」

と謝った。歳三は黙って微笑み、春日は苦笑い、銀之助は大笑いをしていた。

「さあ、いただこうか」

伊庭の声で、皆、椀に箸をつけた。

「おっ」

「あっ」

「わ……!」

と声があがった。りょうが心配そうな顔をしていると、銀之助が、

「おいしいよ、良蔵!これ、会津でみんなで食べたやつだね!」

と言った。歳三が椀を置いて、

「『こづゆ』か……」

と言った。

「うまいよ、良さん。初めて作ったとは思えない」

伊庭に誉められて、りょうはやっと、ほっとした。

「うん、うまい」

と言ったのは、鉄之助だ。

「鉄ったら……さっきは酷いこと言っていたくせに」

「だから、悪かったって……」

鉄之助が頭を掻いたので、皆笑った。

「会津の郷土料理だろう?誰に教えてもらったんだい?」

春日が聞いた。

「時尾さんが、会津を出るときに、作り方を書いたものを渡してくれたんだ。それを万屋さんの賄いのおばあさんに見せて、揃えられるものだけ、揃えてもらって、おばあさんに教えてもらって……」

りょうは話した。歳三が、

「まあ、食えるものが出来て、よかったな」

と言ったので、皆、また笑った。りょうは、歳三がそう言いながらも、全部食べてくれたことが嬉しかった。


 なごやかな夕食だった。春日も、銀之助が一生懸命食べる様子を、微笑みながら見ていた。食事のあと、囲炉裏を囲んで談話していた時、

「新政府軍の上陸は、どこになりそうか?歳さん、幹部はどう見てる?」

伊庭が聞いた。その場の空気が緊張したことは、小姓達にもわかった。

「判断しかねている」

歳三は言った。ということは、歳三の考えと、上層部の考えに食い違いがある、ということだ。


 歳三は、松前を攻めたときに、かなり北まで松前藩兵を追った。最後に松前の船が出たのは、江差の北、熊石くまいしだった。歳三は、そこに船が着ける、ということが気になっていたのだ。榎本始め、上層部は、江差沖で開陽丸が座礁したことで、大きな軍艦が入れないのは新政府軍も周知しているのだから、そちら側からの上陸はないと判断していた。自分達が上陸した鷲ノ木から、松前にかけての海岸線の警備を重視したのだ。


 「どこから来たって、松前で俺たちが食い止めるさ、なあ、春日どの」

伊庭は言った。

「ああ、まかせろ」

と春日が言った。

馬之丞うまのすけを探して江差に行ったとき、小さな漁船は出たり入ったりしていましたよ」

と言ったのは鉄之助だ。銀之助も、

「沖合いの島の近くで、たくさん魚が獲れるって、漁師さんが言ってた。春になるともっと北から、イカを獲る船も出るって」

と言った。それを聞いた伊庭は笑った。

「まさか、新政府軍のような大所帯が漁船で襲撃か?ありえない」

しかし、歳三は笑わなかった。鉄之助や銀之助の何気ない言葉に、危機感を感じたのだ。

「漁船でなくても、小型の船に分乗してくれば、浅瀬に乗り上げることなく上陸できるかもしれない。熊石に上陸も可能だということだ」

歳三が言うと、春日が、

「江差には、見張りも置くし、小舟なら一度に上陸できる人数は限られるでしょう。陸から迎え撃つことができます。ですが、そこより北に兵をく余力は、多分……我々にはありません」

と言った。春日の言葉の意味は、歳三にもわかっていた。今までの戦で、何人も兵を失っている。補給のできる新政府軍と違って、旧幕府軍の人数は限られていた。遊撃隊も陸軍隊も、ギリギリの人数で守備についていたのだ。


 それきり、その話は終いになった。しかし、やがて、この歳三の心配は、現実となる。


 その夜、厠にたった鉄之助は、伊庭と出くわした。

「す、すいません」

鉄之助は謝った。伊庭は、鉄之助をじっと見て言った。

「鉄さん、お前さん、沖田さんに似ているんだな。さっき見ていて、そう思ったよ」

鉄之助は驚いて、

「俺が沖田先生に?そんなこと言われたの初めてです……」

と言うと、伊庭は、

「歳さんにとって、良さんと同じくらい、鉄さんも大切なんだ。鉄さん、あのふたりを頼むよ」

と笑って部屋に戻った。

(俺が、沖田先生と似ている……?もしもこの先、沖田先生のかわりになれるなら……俺は……)

鉄之助は、想像したことが恥ずかしくなって、思わず頭を左右に振った。


 翌日、りょうと鉄之助は、銀之助のすすり泣く声に気づいて、部屋の方をうかがった。聞き耳を立てていると、歳三と春日が、銀之助に養子縁組を解消する話を伝えていた。話を聞いているうちに、我慢ができなくなったりょうは、襖を開けた。

「土方先生も、春日さんも酷い!!銀之助がどれだけ春日さんを慕っているのか知っているくせに!」

勿論、歳三には怒鳴られた。

「良蔵、おめぇには関係ねぇ話だ。口を出すな!」

だが、銀之助の話を他人事ひとごとと思えないりょうは、歳三に食って掛かった。

「いつもいつも、僕たちに、自分のことは自分で守れって言ってるじゃないですか!それなのに、銀を守るためだって、銀から一番大切なものを奪おうとするんですか!?」

「なんだと!?」

歳三がりょうを睨んだ。

「春日さんの子供になって、銀がどんなに喜んでいたか、鉄も僕も知ってる!兄上達と別れて寂しかった銀にとって、春日さんは大切な家族になったんだ!」

りょうの言葉に、春日は言った。

「良蔵くん、君の気持ちはありがたい。しかし、私に何かあれば、私の子となった銀に、どんな災いがかかるかと思うと、こうするしかないのだ」

すると、りょうは言った。

「自分だけが守る立場に立っていると思うなんて、親の勝手な考えです!子供だって、親を守れるんだ!一緒に生き、一緒に死ぬことができれば本望だって思っているんだ!守りたい、離されるより側にいたいって!」

それは、銀之助のため、というより、りょうの心の叫びであった。それを聞いた歳三は、一瞬、言葉を返せなかった。


 「もういいよ、良蔵、ありがとう。僕は先生たちの言うとおりにします。でも、僕の気持ちは変わりません。春日さんを僕の義父上ちちうえと思って、これからもお仕えします。思うだけなら許してくださいますよね、春日さん……」

銀之助は言った。

「銀之助……もし、戦が終わって平和になったら……」

言いかけた春日の肩を、歳三がぐっと掴んだ。

「春日どの、守るあてのねぇ約束は、するんじゃねぇ」

そう言われて、春日は黙ってしまった。銀之助は、いたたまれなかったのか、外に走り出ていった。

「銀!」

鉄之助が追いかけた。りょうはふたりに向かって言った。

「子供だって、いつまでも『子供』じゃありません!おふたりはわかっていない!」

りょうも銀之助を追って外に出ていった。


 門のところに、銀之助は立っていた。りょうが追いついたとき、銀之助が言った。

「雪なんて、解けなければいいのに……ずっと白い方が、綺麗だよな……」

鉄之助も、りょうも、頷いた。


 その日、伊庭八郎と、春日左衛門は、松前に戻っていった。


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